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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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心の師匠をご案内して歩く信濃山城ツアー (後編)  

◆我々中世城郭ファンを魅了して止まない中信濃を代表する山城たち (続き)◆

「らんまるさん、僕はね、この趣味におけるマチュアのトップを目指して行こうと思っているんだ・・」

初対面でアオ師匠を信濃の山城にご案内した時に、そんな言葉を聞いた。

当時も今も色々な中世城郭に関する様々な研究会や同好会が存在する。中には、ある種の独自の権威を持ち排他的な性格を持つ集合体も存在する。どこかのスポーツ団体の組織にありがちな上層部への権力集中とか、会長の絶対権威とか・・(笑)

「この人なら、出来るんだろうなきっと。 おれもそれに続こう!」 (←初心者が何を言うか・・笑)

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アオ師匠の自費出版の冊子。縄張図とか鳥瞰図が描けて時代考証が考察できないとかなり厳しいが、師匠はなんなくクリアーかと。

さてさて、我らが次に向かったのは筑北村の「安坂城」(あさかじょう)


【安坂城】 (あさかじょう)

この城の詳細は古い記事で恐縮ですが⇒安坂城を参照願います。

小生が初めてこの城を訪問したのは2011年。

こんな辺鄙な土地の名もなき山の頂きとその周囲にこれほどの見事な遺構が残る事に戦慄を覚えた。

「やるか、やられるか・・・」 ここは紛れもなく戦国時代に中信濃の火種となった場所であり最大の緊張を強いられた場所でもある。

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安坂神社から息を切らして尾根を登ると、最初に現れるのは古墳の石室を破壊して削平された郭。

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「岩盤堀切を愛でる会」推奨の岩盤堀切(笑)

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主郭を全周する石積み。此のドクトリンは麻績古城と共通しているのが分かる。

この城、北向きの防御の指向性から考えると、麻績城に対して築かれた青柳城の支城という位置付けであろうか。
搦め手は四阿山経由で青柳城に逃げられるし、逆に青柳城からの援軍は人知れず尾根伝いに派遣できる。

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本郭に建つ重厚な石碑。周囲の石積は古墳の石室を破壊し転用したもので、巨大な天井石も防御用の衝立として使われた。

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主郭の大堀切側の切岸にも石積みが確認出来る。

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身の毛もよだつ主郭背後の大堀切の堀底。しっかりと竪堀として両サイドに落ちている。

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主郭を周回する南側の石積。

主郭背後は四連続の大堀切で断ち切られていて、臨戦態勢である。
長野県町村誌には、「小笠原貞慶家臣の安藤某の城」と伝わるが、詳細は不明である。

麻績城の攻防戦における小笠原貞慶の拠点の一つであったと思われるが、麻績城落城時にはこの城においても双方の争奪戦が繰り広げられたと思われるが、どうであろうか。

「アオ師匠曰く、殺気と緊迫感を感じる・・・」

≪安坂城≫ (あさかじょう 城山) 

標高:856.0m 比高215.0m(安坂神社より)
築城年代:不明
築城・居住者:安藤氏?
場所:東筑摩郡筑北村安坂
攻城日:2011年12月18日 再訪:2019年11月23日
見どころ:石積み、大堀切跡、古墳を利用した曲輪など
お勧め度:★★★★★(満点)
城跡までの所要時間:30分


Ⓢは駐車場所(道路脇に路駐)。Ⓖは獣フェンス。開けたら閉めよう。レ点は主郭。途中で道が消えるが尾根伝いに行けば大丈夫。


【黒丸城】 (くろまるじょう)

この城の詳細は⇒黒丸城2リテイクをご参照ください。

小生がリテイク記事を取材した時は、城址で松林の松くい虫の駆除対策が実施されていたこともあり、かなり鮮明な城跡の細部まで見る事が出来たが、あれから5年の月日の経過は藪化するに充分な年月でもあった・・・。

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郭2と本郭の接続部分の壁ともいうべき切岸は今も健在。

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十数年前、この説明板が見たくて無謀な突撃を繰り返して玉砕した日々・・(笑)

小生の山城探訪のルーツは確かに「松尾古城」なのだが、その後知った宮坂武男氏も絶賛する青木村の「黒丸城を見たい・・・」

当時はスマホなんてモチロンないので、頼るのは国土地理院の地図コピーと地元民への聞き込みのみ・・・(笑)

二度目の玉砕のあと、とぼとぼと林道を還りながらふとカーブミラーの奥に何か見えた。それこそが、黒丸城の搦め手の四連の堀切だったのだ。

神様がしょうーもないヤツだからそのしつこさに負けて教えてくれた・・と今でも信じている。

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主郭背後の大堀切。

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背後の山は「子檀嶺岳」(こまゆみだけ)。この山頂も山城である。

いかんせん城跡は荒れ放題で藪が酷くてL字堀や竪堀も満足に見られる状態では無かったが、百戦錬磨のアオ師匠はこの城の立地条件の重要性に気が付いていた。さすがである。

≪黒丸城≫ (くろまるじょう 朝倉但馬守城・城山)

標高:735m 比高170m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小県郡青木村当郷
攻城日:2015年2月11日
お勧め度:★★★★★ (満点) 宮坂武男先生も大絶賛!
城跡までの所要時間:20分
駐車場:当郷公民館の駐車場借用。

≪黒丸城≫ (くろまるじょう 朝倉但馬守城・城山)

標高:735m 比高170m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小県郡青木村当郷
攻城日:2015年2月11日 再々訪問:2019年11月23日
お勧め度:★★★★★ (満点) 宮坂武男先生も大絶賛!
城跡までの所要時間:20分
駐車場:当郷公民館の駐車場借用。


Ⓢは当郷公民館。ここに止めさせてもらおう。Ⓖは尾根先への入口。レ点は黒丸城の本郭。
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Posted on 2019/11/30 Sat. 20:34 [edit]

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