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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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戸石城 リテイク③(水の手とその周辺)  

◆戸石城の水の手(井戸跡)を初めて見た◆

みなさま、年末年始は如何お過ごしでしたでしょうか?

12月にまとまった雪が降らなかった事もあり、twitterのTLを見ると年末から正月三が日は「城納め」と「城初め」に遠征されるかたも多くお見受けして、羨ましい限りでした。

小生はひたすら食っちゃ寝の堕落した正月・・・・んーん、体重計に乗るのが怖い、お餅怖い、日本酒怖い・・・・(笑)

で、今回ご案内するのは戸石城シリーズ第三弾でございますw

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水の手への登城口から見た本城と戸石城の尾根。こうして見れば結構高さあるなあー。

戸石城水の手
ざっくりと描いた水の手周辺。

水の手登城口へは、前回記事の内小屋編で記載した最後の稲荷社経由で登ると分かり易い。
大手登城口をスルーしてそのまま松代街道を歩くのもありだが、物見台を経由したほうが面白いと思う。

物見台の尾根筋を登ると大手口からの松代街道に合流する。その道脇には祠があり、小さいながらも堀切を持つ砦のようだ。

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断崖で削られているが、往時は東側にもう少し広かったのだろうか?

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祠の背後の堀切。小さいが薬研堀のようだ。

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薬研堀に続く堀形。松代街道により改変される前は物見台の続きの搦め手筋の防御遺構と見て取れるがどうか?

前回の記事でも触れたが、内小屋の遺構が必ずしも戸石城の最終形と繋がりがあるとは断定できない。
内小屋が城館の中心だった初期の時代には、内小屋を取り囲むように簡易的な物見や砦が置かれ、その後桝形城などが増築されたとみるべきであろうか。

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内小屋からの街道との分岐点。わざわざ城内を街道が通過するのはあり得ないので、松代街道は江戸時代以降の開通だよね。

●戸石城の水の手について

恥ずかしながら、戸石城の水の手訪問は今回は初である。井戸のある場所はともかく、沢水の流れる谷筋の両サイドに平場が数段にわたって段郭的に展開しているさまは、耕作地化された事を差し引いても桝形城の全面の防御遺構の名残りのように思えてならない。

あくまでも推定の域を出ないが村上時代の戸石城は、内小屋・水の手郭群・桝形城に米山城を加えた構成で、本城には加工された郭など無かったように思うが、どうであろうか。

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分岐点の看板絵図。地元伊勢山集落の古老は代々「枡形城」を「本城」と呼んでいる。村上時代の名残りらしいが。

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水の手登城ルートで最初に現れる広大な削平地。(55×24)既に休耕地のようである。

少し進むと「立入禁止」の看板から少し上に登ると「⇐登山路」と描かれた誘導看板がある。そこから尾根伝いに登るルートは「真田の隠し道」と呼ばれ、有事の際に真田昌幸がこの道を登り枡形城へ入城したと伝わる。

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今回はパスしてしまったが、昌幸になった気分で登るのも面白いかと・・(笑)

等高線を並行に移動する感じで登城路を進むと竪堀のような沢があり、この両サイドに段郭が展開している事に気が付く。
地元の説明冊子では、ここも沢水に困らない立地条件なので、この辺りに真田統治時代の家臣団の屋敷があったのでは?と推定している。

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水の染み出る沢は天然の竪堀としての効果も持ち合わせたと思われる。

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内小屋方面へ落ちる沢。途中で井戸のある沢と合流している。ここが戸石城の水の手であり、この城の生命線である。

沢を渡った東側の斜面にも数段の段郭が展開し、その中で一番広い郭の東隅に井戸がある。
ここが戸石城の水の手と呼ばれる場所でl、恥ずかしながら小生も今回初めて訪問した次第である・・・(汗)

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耕作による改変は否めないが、二条の水源を伴う沢に挟まれたこの場所がいわゆる「水の手曲輪」と呼ばれる所以であろう。

井戸跡を示す誘導看板が無かったので、仕方なく適当に探すと、案外あっけなく発見出来た・・(笑)
この時期だから発見できたが、夏場は難しいと思われる位置にある。登城路脇に誘導看板が欲しいと思う。

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内山城のような石組みの井戸を期待していたが、見事に裏切られた・・・。

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なんと、井戸ではなく、湧水と書いてある(笑)

最近ハッと思ったのだが、山城の楽しみ方の主流が「縄張」の技巧ばかりに目が向けられていないか?と。
「馬出」「折れ」「虎口」「導線」「狭間」・・・

籠城戦になった場合の基本的な懸案事項にももっと着眼すべきではないのか・・・「水の確保」、「落城した場合の逃げ道の確保」
そして後詰めの城(砦)の配置は何処?「女、子供、老人の避難場所の確保」・・・

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戸石城が難航不落を誇れたのは、天然の地形も縄張もさることながら、水の手の確保と防御構造の賜物であろうと思う。

次回の掲載予定は、「戸石城の本城」。

≪戸石城 水の手とその周辺≫ 

標高:700m 比高:60m(陽泰寺より)
築城年代:不明
築城・居住者:村上氏、真田氏
場所:上田市上野
攻城日:2019年12月22日 
お勧め度:★★★★☆ ここを知らずして信濃の山城は語れない
内小屋までの所要時間:15分
見どころ:井戸跡、郭、砦跡など
駐車場:有り(陽泰寺の駐車場借用)
参考資料:伊勢山自治会・砥石伊の会「いせやま で未来につなげたいこと」(2019年3月 砥石伊の会ガイド部


㋹点は井戸跡。Ⓢは竪堀状の沢。Ⓖは砦跡。

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水の手と本城の連絡路。
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Posted on 2020/01/07 Tue. 22:17 [edit]

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