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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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仙仁城 (須坂市仁礼仙仁)  

◆大笹街道を監視した在地土豪の砦か◆

「一年の計は元旦にあり」などというが、正月故の自分ルールを策定してしまう傾向があるのも確かである・・・(汗)

が、昨年12月から始めた週二日の断酒と夕食の断食は継続中である。自分でもその確固たる信念には感心しきり・・・(笑)

今回ご案内するのは、須坂地区では未踏査・未公表だった仙仁城(せんにじょう)である。

仙仁城 (3)
登り口は国道406号線沿いにある仙仁温泉岩の湯の南側のバスの回転場の脇にある延命地蔵から遊歩道に入る。

仙仁城 (4)
遊歩道を10分ほど歩くと「鉄塔No.60」への分岐の標柱があるので、そこから保安道を20分ほどひたすら登る。

【立地】

菅平高原を裾野に持つ根子岳(2207m)を源流とする仙仁川と宇原川が合流する場所の南の山頂(907m)に位置する。北側の仁礼の方から見ると丁度谷中に聳えていて、亀倉の地区まで見通すことが出来る。北方1.4kmには城山城があり、少し離れて米子城、更には明覚山の雨引城も視野に入る。生き方は、仙仁温泉南にある遊歩道経由で途中からNo.60の鉄塔の保安道を辿る。途中倒木等で道が荒れて迷いそうになるので注意。

仙仁城 (6)
心細さと戦いながらようやくNo.60の鉄塔に到着。ここまで25分ぐらい。麓から見ると近そうなんだけどバイパスは長い・・・。

仙仁城 (11)
鉄塔から遺構のある頂上までは「心臓破りの切岸」を這い上る。もー、息絶え絶え・・・この尾根の斜面に堀切は要らない・・(汗)

仙仁城 (12)
ちゃんと石段と鳥居がある。とにかく祠が見えて嬉しかった・・・(笑)

【城主・城歴】

はっきりした事は分からないが、南北朝争乱後にこの辺りを所領としていた仙仁衆に関りのある砦ではないかと推測されている。
仙仁温泉岩の湯の駐車場から旅館入口の間の橋の下にある遊歩道脇に立つ須坂市の説明板によると、

「仙仁氏は、南北朝争乱の後、信濃国高井郡仙仁山に発祥した清和源氏の流れをくむ半農半武士の一族です。戦国時代の川中島合戦の際には、北信濃の群小武士団の一つとして武田方につきました。仙仁氏の率いる仙仁衆は「新衆」として、軍役上の職制の表面には浮上することなく、架橋、陣地道路、砦の建設、敵手には、城累、河川、堤の破壊挑発行為、謀略、隠密、伝令など陰の存在として活躍しました。常に真田氏と密着して行動し、縦横に活躍した真田氏の奇略の影に、仙仁の谷で養われた先祖伝来の生活を活かした仙仁氏の存在があったといえます。
天正十年、武田氏滅亡後、井上氏の勧告を受けて、長年の敵であった上杉景勝に仕官を許され、以後上杉家に臣従しました。」

仙仁氏説明板①
仙仁温泉岩の湯の駐車場から旅館入口の間の橋の下にある遊歩道脇に立つ説明板。(ていぴす氏の発見で、写真もお借りしました。あたしゃ見学するのも忘れました・・・汗)

仙仁城見取図①
単郭の物見あるいは烽火台だが、独立峰にあるのでしっかり堀切を備えているのには驚く。

仙仁城 (14)
主郭に建つ祠の祭神は中央が風大神、左が三宝大荒神、右が福大神の三社。地元の方に大事にされているようだ。

仙仁城 (19)
15×21の三角形の削平された主郭。

【城跡】

山頂は15×12mほどの三角形の平地で鉄塔の保安道から北西尾根を登り詰めた所に鳥居があり小祠が鎮座している。北西尾根は急斜面で堀切は無い。山頂の主郭の狭さの割には、北東尾根に二条、南尾根に一条のしっかりした堀切があるには驚く。主郭の西側には簡単な段郭が置かれ簡単な縄張であるが、物見や狼煙台とすれば充分すぎる防御構造である。
西の保科の霜台城との連携、南の真田領との連携手段として中継の狼煙台が置かれたはずで、今後の発見が待たれる。

仙仁城 (21)
南尾根の搦め手方面は鞍部までの傾斜も結構キツイので上巾7mの堀切一条で遮断している。(堀切㋐)

仙仁城 (23)
堀切㋐の断面。

仙仁城 (25)
堀切㋐の南側は削平された平地が確認出来る。

仙仁城 (28)
南尾根の鞍部から見上げた堀切㋐と主郭方面。

北東尾根は比較的傾斜が緩いせいか、念入りに堀切二条(㋑と㋒)を穿ち警戒している。
「こんな山の斜面に登る奴なんていないでしょ!」と思うかもしれないが、生活道路は全て山道だったと往時の方々にとっては直登など造作もない事だったと思われる。

仙仁城 (29)
北東尾根の堀切㋑の断面(上巾5m)

仙仁城 (44)
北杜尾尾根の堀切㋑(上巾5m)

仙仁城 (45)
本郭の切岸斜面から撮影した堀切㋑。

仙仁城 (35)
北東尾根の二条目の堀切㋒(上巾6m)

仙仁城 (38)
堀切㋒の断面図。

残念ながら城跡からの眺望は周囲の雑木林に邪魔されて芳しくない。60番鉄塔の脇から見える風景をお勧めしたい。

仙仁城 (10)
鉄塔脇からの風景。北方面には亀倉町、その背後に米子城、そしてさらに奥に明覚山(雨引城)が良く見える。

この砦が仙仁口において、上州方面への交通の要衝として、また小県郡の真田領との往来に関しての監視を担った重要な砦であった事は想像に難くない。真田の配下として忍びの役割を果たしたと伝わる仙仁衆、その実態の解明が待たれる。
(平山先生、出番ですよ!!・・・笑)

仙仁城 (43)
北東尾根から見た頂上方面。


≪仙仁城≫ (せにじょう 城山) 

標高:907m 比高:217m (仙仁温泉より)
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:須坂市仁礼仙仁山
攻城日:2020年12月2日 単独訪問
お勧め度:★★☆☆☆
難易度:A(SS・S・A・B・C・Dの6段階のランク分け) 
城跡までの所要時間:30分
駐車場:無し
見どころ:堀切など
注意事項:経験の浅い方は単独では不可。
参考文献:須坂市の現地説明板及び「信濃の山城と館⑧」P292参照。
付近の城址:城山城、源太入城など
Special Thanks:ていぴす様(登り場所のご教示と説明板の写真及び設置場所の情報提供)

仙仁城地図3
城の場所と城跡までのルート。

仙仁城遠景①
麓の仙仁集落から見た仙仁城

仙仁城遠景②
集落入り口の西側から見た仙仁城の遠景。かなり険しい独立峰に築かれた砦だという事がお分かりいただけるでしょうか。

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Posted on 2021/01/20 Wed. 18:03 [edit]

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