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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0328

王城 (上伊那郡辰野町大城山)  

◆竜ヶ崎城と共に伊那谷の北を固めた山城◆

最近真面目に記事を更新している自分に驚く・・・ブロ友の美濃の久太郎さんにもお褒めいただいた・・・・(笑)

といっても、今週末は上伊那に進軍予定だったが、天候が芳しくないし賞味期限の切れそうな未掲載の案件処理に時間を回す事になった次第。

今回ご案内するのは、麓の竜ヶ崎城と共に伊那谷の北を抑える「王城(大城)」。

大城(辰野町) (6)
標高1,029mに位置する城跡からのロケーションは、この砦の役割を納得するに充分であろう。

【立地】

王城は上伊那郡辰野町の北、町を見下ろす大城山の頂上にある。伊那谷の北端の天龍川と横川が合流するところで、伊那谷の真正面に当たるために、ここから天龍川の谷筋が一望に出来るばかりか、横川の谷や諏訪方面など視野は広い。竜ヶ崎城は目の下の指呼の先にありその詰城とも考えられ関係は深い。

大城(辰野町) (45)
主郭(60×12)。公園化に伴い改変を受けているがそのおかげで絶景が広がる。

大城見取図①
主郭に段郭を巡らせた砦で、西尾根に明確な堀切が確認出来る。

【城主・城歴】

伝承なく詳細は不明だが、小笠原氏は元々下伊那の竜西を本拠地とした一族なので、府中に進出した際に、伊那谷との連絡拠点として辰野は重要視され、砦や狼煙台が置かれたものと推定されている。
天文十四年、藤沢頼親の守る福与城を包囲した武田信玄に対して小笠原長時は竜ヶ崎城に後詰めに入るも、板垣信方に急襲され、城を捨てて府中に逃げ帰ってしまい、抵抗を続けた福与城も孤立無援となり人質を差し出し和議を請い開城、城は焼き討ちされた。竜ヶ崎城の自落と共に王城も落ち、武田の支配下になったものと思われる。

大城(辰野町) (44)
残念ながら城に関する標柱とか説明板は無い。

大城(辰野町) (43)
南側の段郭から本郭を見上げる。切岸になっているのが分かる。

大城(辰野町) (11)
主郭から南に一段下がった段郭。最近まで反射板が建っていたようだが、撤去された。

大城(辰野町) (16)
南斜面には竪堀状の遺構が残る。

大城(辰野町) (34)
主郭の北側の帯郭は西側へ向けて横堀状となっている。

大城(辰野町) (2)
上の写真を西側より撮影。


【城跡】

公園化や電波塔、パラグライダーの発射台等が作られ大きく改変を受けてしまっているが、60×12の頂部の平場を主郭として周囲に段郭(腰郭)を置き、西の尾根に二条の堀切を穿った砦である。北側の平場や駐車場付近には充分小屋掛けが出来そうな広さがある。
北の尾根伝いの道は塩尻峠合戦が行われた勝弦峠に通じるので、小笠原方の戦略的拠点として麓の竜ヶ崎城と共に重要視されたことが伺える。

大城(辰野町) (30)
西尾根のV字の堀切の位置。

大城(辰野町) (25)
V字堀切の主郭側の断面。

大城(辰野町) (29)
西側尾根の電波塔の奥にある二条目の堀切。

大城(辰野町) (39)
主郭北東の尾根先にも小さな郭があり、三笠山・三宝荒神・刀利天宮の石碑がある。砦の遺構だろうか。

大城(辰野町) (8)

大城(辰野町) (10)

この砦、その立地条件と抜群の眺望ゆえ、反射板や電波塔、はたまたパラグライダーの基地などが作られてしまい、往時の遺構はどこまでなのかを判断するには難しいが、守護小笠原氏が防衛拠点として重要視した想いは、この場所に立つと分かる。


≪王城≫ (おうじょう 大城)

標高:1028.6m 比高:280m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:上伊那郡辰野町大城山
攻城日:2016年4月24日
お勧め度:★★☆☆☆
難易度:D(SS・S・A・B・C・Dの6段階のランク分け)
城跡までの所要時間:自動車で約20分 ※すれ違い困難なので要注意 駐車場:有るが、RV車でないと城跡まで入れない。手前の道路脇に路駐して歩きましょう。
見どころ:眺望、横堀など
注意事項:大城スカイラインという名前の道路だがダートな林道。乗用車は厳しいので軽自動車で。4WDでなくとも登る。
参考文献:「信濃の山城と館⑤ 上伊那編 宮坂武男著」 「定本 伊那谷の城」
付近の城址:竜ヶ崎城、丸山秋葉砦、荒神山陣場、羽場城など


Ⓢは林道入口。結構狭いので注意。RV車以外は最終の登りが轍で通行困難。Ⓖあたりで路駐しましょう。
大城山の南東から登山道もあるようです。健脚の方はチャレンジしてみましょう。小生は遠慮しときます(笑)

20140328222422723[1]
竜ヶ崎城の主郭から見た王城。結構ヤバイ高さだよね・・(汗)
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Posted on 2020/03/28 Sat. 14:42 [edit]

CM: 2
TB: 0

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コメント

ロケの良い城はそれだけでも気分がいいですね。

どんな精力剤を服用されてみえるかは知りませんが素晴らしい執筆意欲です。自分にも今度紹介してください・・(笑)。
今回も伊那リゾートからの城ですね、あのおいしい中華料理の「王城」・・。もうボケるのも苦しくなってきました。潮時かもしれません・・。

なるほどこのロケーションの良さの訳はパラグライダーのカタパルトがあるわけですね!どうでしょう?・・らんまるさんも如何ですか?
「らんまる、いきま~す!!」ってカッコいいと思うんですけど、「飛びながら鳥瞰図を描くニュータイプ城郭研究野郎」は全国に名を轟かすチャンスだと思います。・・ダメですか、そうですか。

最近私の方が支離滅裂コメントになるつつありますね。反省反省。
しかしこの写真で見る感じではそれほど遺構破壊されずに最低限の原型は残っている感じを受けますね。この程度の規模で「大城」といってしまう呼称では小笠原氏初期の城の姿が残っているとも考えられませんか?
そういう意味では原点を見ているような気がしました。

あ、そういえばコメントの最後になってしまいましたが、私4月18日(天気次第では翌19日)に小笠原城郭を学習見学したいと思い松本市の林城並びに林小城、あと埴原城あたりに行こうかと計画中です。
ま、コロナの影響次第で計画変更を強いられるかもしれませんが、間道を使ってでも行きたいなと思っております(そんな道ねえよ・・)。
脚力に余裕があれば桐原城や山家城にも行ってみたいのですがさすがに欲張りかもしれませんね。

また近くなったら連絡させていただきます。
城は世界を救う、コロナを城で吹き飛ばしましょう!って何言ってる??

あ、コメント返信はめんどかったら流し目で結構ですよ。クスっとでも笑っていただければ私充分ですから。

久太郎 #- | URL | 2020/03/28 20:31 * edit *

Re: 久太郎様へ

「もう、チョッと何言ってんだかわかんない・・・」(笑)

エナジー系飲料は昔から飲みませんネ。家人はリポDとかオロナミンCとか飲んでますが、小生のエネルギー源(なんか宇宙戦艦ヤマトの波動砲か?)は焼酎ロックで檸檬果汁少々割り(ガク割りとも違う)でしょうか(笑)
が、毎晩飲み過ぎてブログ記載中に意識不明の重体となり、朝方書きかけのブログが掲載されているのを見て驚き桃ノ木正気に戻るという有り様です・・・(汗)

カタパルトといえば、城郭放浪記さんが山城でドローンを飛ばすらしいです。小生も真似してみたいのですが、きっと操作に失敗してドローン捜索で自分が遭難しそうなので止めておきます(笑)

大城の由来ですが、なるほど久太郎さんの説もありですね。地元では、竜ヶ崎城のある場所が城山なので、それよりも大きい城山だから大城にしたらしい、という説もあるようです。もともと山城に名前なんかなくて、後世の奴らが勝手につけたので、当時の番兵からしたら目くそ耳くそでしょうね。

小笠原系山城探訪の件、了解です。ていぴす殿は11日か12日なら同行可能らしく、小生は貴殿のスケジュールに何とか合わせられます。一応18or19で地元添乗員としてスタンバイしておきます。

ではまた連絡お待ちしております。

らんまる #- | URL | 2020/03/29 09:10 * edit *
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