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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0405

飯田は今日は土砂降りでも雨天強行の信濃先方衆 その①  

◆晴れ男の記録更新を止めても見たかった南信濃の山城群とは◆

♪雨あめ もっと降れ わたしのいい城連れてこい 雨あめフレフレ もっと降れ・・・♪・・・(笑)

土砂降りの雨の中を城巡りなど、狂気の沙汰かと思うかもしれないが、「春雨じゃ、濡れて参ろう」・・・この心意気である(笑)

我ら信濃先方衆、ホントは南信濃の大河内八重城を攻略するべく共同戦線までは合意したものの、お互い現役の勤め人ゆえに、なかなかスケジュールが合わず、3月21日&22日で決行とした。同じ長野県とはいえ、上田市から飯田市までは片道200km。日帰りでは無理な距離なので、一泊二日でビジネスホテルを予約しての城攻めである。

今さら、雨が降ろうが槍が降ろうが、決行するしかなかった・・・この事である・・・(汗)

まあね、最近の天気予報が外れるはずも無く、初日は予想通りの土砂降りの雨さ!!(笑)

【神之峰城】

諏訪氏の分流である知久氏が天竜川の東一帯の竜東地域に勢力を伸ばし、更に竜西の一部まで取り込み知久平に居館を置いていたが、戦国期に入りここ神之峰に築城し本拠地を移したという。
天文二十三年、伊那に侵入した武田信玄に最後まで抵抗するが落城し没落。武田氏滅亡後の天正壬午の乱で徳川方に付き家名再興を果たし旧領回復するも、天正十三年に改易される。

神之峰城 (1)
神之峰城は城の中枢部まで車で登れる。

「信濃の山城は800以上探訪しました!」みたいな偉そうなことを平気でYouTubeで言っているが、南信濃の山城を語るには必ず押さえるべき知久氏の「神之峰城」(かんのみねじょう)が未訪なのは隠していた・・(汗)

神之峰城 (3)
写真だと雨降りに見えないのが不思議だ・・・

神之峰城 (20)
主郭はNHKのテレビ塔が建つ

神之峰城 (13)
遠く上伊那まで見渡せるという郭2からの眺望・・・残念ながら心の目でみるしか無かった・・・(涙)

詳細はそのうち・・・(笑)


【知久平城】

知久氏が神之峰城に移る前に本拠地として居館が置かれていた。知久氏が神之峰に居城を移すと、出城として機能していたようである。
天上壬午の乱で徳川方として復帰を果たした知久氏であったが、下伊那の大半が徳川の勢力圏となると、徳川に尽力した下伊那の松岡氏、下条氏は利用価値が無くなり滅ぼされてしまった。家康は奥三河田峯城の菅沼一族である菅沼小大膳を伊那の郡司に任命。菅沼小大膳定利は知久平の居館を大規模改修して築城を始めた。神之峰城の知久氏の当主はまだ幼少で、後見人が知久平城で菅沼氏によって暗殺されると、危険を察した知久一族は大久保忠世を頼り浜松へ落ち延びた。
其の後、菅沼氏も飯田城へ移り知久平城は天正17年~18年にかけて破却されたという。

知久平城 (14)
案内板はあるものの、標柱も説明板も無い主郭。

知久平城 (18)
何故か出丸には標柱がある。

知久平城 (19)
城らしい雰囲気が残る出丸。

降りしきる雨の中、傘をさしてRainジャケットと長靴を履いたオジさん二人・・・いかにも怪しい(笑)

戦国時代の下伊那の諸豪族が辿った運命は悲哀というしかない。結局戦国時代を生き延びたのは、高遠の保科氏、松尾小笠原氏だけである。(知久氏は、その後家康に認められて阿島原籏本として復帰したが)


【兔城】(とじょう)

知久氏の配下だった桃井氏の居城と伝わる。城の東側に廃棄物処分場が作られ削られてはいるが公園として整備され旧態を良く留めている。武田軍により神之峰城が落とされると、この兔城も落城し以後は使われることは無かったという。

兔城 (11)
主郭の背後の段付きの巨大な箱掘

兔城 (18)
公園化された主郭。訪れる人も遊ぶ子供も絶えたのであろう。古城の佇まいとはこういうものであろう。

兔城 (21)
主郭の背後の巨大な土塁は高さ3m以上で上部がしっかり叩かれて補強されている。見どころの一つだ。

蓮郭式の単純な縄張だが、造りはなかなかに堅固で少数でも守り易い城である。

今日は飽きたので、この辺で。続きは②へ。
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Posted on 2021/04/05 Mon. 21:15 [edit]

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« 飯田は今日は土砂降りでも雨天強行の信濃先方衆 その②  |  桑田砦 »

コメント

敬礼!

雨天での強行軍、さすがでございます。自分も先週、お墓参りのついでに飯田松尾城に行きました。(むしろこっちがメイン、ご先祖様ごめんなさい)南信のお城も面白そうですが未だに自宅がある松本平周辺の山城でいっぱいいっぱいの自分。先日5度目にしてやっとこさ五百渡城を完全攻略しました。お笑い下さい。病気です。前回、初めて書き込みさせて頂いた時は大変失礼致しました。新しい山城発見か!との思いで興奮してしまい、ただ質問だけをぶつける内容になってしまいました。反省。こちらのブログは常々参考にさせていただいております。モーゼのごとく宮坂先生(神)共々、我等迷える子羊を御導き下さい。追伸、殿の子城のその後ですがコロナの事もありなかなか動けていませんが今年の秋以降に本格的に動きだし、来春には朗報をお持ちできればと考えております。(どんだけ先やねん) 長々と書いてしまいましたが、らんまる様の今後の益々のご活躍を祈念すると共にくれぐれもお身体御自愛下さいませ。

よっこいしょーいち #- | URL | 2021/04/09 12:53 * edit *

Re:よっこいしょうーいち様へ

お返事が遅くなりスミマセン・・(汗)

この趣味の方はどうも自覚症状が足りないので「自分は極めて正常だ」とか「常識人」だとか宣う方が多いのですが、どいつもこいつも奇人変人キテレツ大百科状態だと思います(笑)

わざわざ雨の日に城巡りをする奴も例外なくそして容赦なくビョーキの称号に値しますネ・・・(爆笑)

いいんです!人それぞれの楽しみ方で!

いいんです!質問攻めでも!

我ら宮坂教の宣教師ですから、更なる布教に努めましょう! (←もうチョッと何言ってんだかわかんない・・・笑)

では、布教活動に今後も励むように!!

らんまる #- | URL | 2021/04/12 19:56 * edit *

お城が呼んでる。

毎回シンドイ思いをするのに、家に帰るともう次はどの山城に行こう?と考えている。
「こんな所、二度と来るか!」と叫んだ城に二度、三度と行ってしまう。
自分でもどうかしてると思うのですが、
とにかくドキワクがとまらないのです。
先日も夜勤明けで塩尻市の妙義山城の見学会に行ってしまいました。
疲れていたのにお城を前にすると自然と足が前に出るのです。不思議。
明日は桜沢砦に登る予定。三度目の。
あぁ、今日もまたお城が呼んでいる。重症です。

よっこいしょーいち #- | URL | 2021/04/13 19:59 * edit *

Re: よっこいしょーいち様へ

山城巡りは定年後だって可能さ・・・という方もいらっしゃいますが、年齢を重ねてしまうと体力的に訪問するのが困難になる山城は数知れず・・・(汗)

ユーミンの「リフレインが叫んでいる」じゃないにせよ、山城探訪の二度三度の訪問はセオリーだし、都度違った発見があるというのがうれしいと覆います。

とある読者から、「信濃の山城の大御所」という不名誉な呼び名を頂戴しました(汗)

きっと謙虚さが足りないと思い、海よりも深く反省する次第でございます。

らんまる #- | URL | 2021/04/13 21:53 * edit *
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