らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0508

尼巌城(長野市)  

◆岩壁の上にそびえる要害堅固の城◆

山城巡りは、時として過酷な登山を強いられる。

中南信はろくに攻城していないので、これからの楽しみになりそうだが、過去の攻城戦で体力的にキツかったのは、坂戸城虚空蔵山城、前回掲載した清滝城、そして今回掲載する尼巌城(あまかざりじょう)がベスト4だと思っている。

山城探訪をスタートした当初は自分でも信じられない軽装で望んだものだが、諸先輩の関係HPやブログなどを見て装備を変更していった。

今では平地を除き小高い丘であろうが日帰り登山の装備は怠らないのだが、時として変人扱いだ(笑)

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尼巌城の登り口は玉依比売命神社(たまよりひめのみことじんじゃ→絶対読めない)の脇から入ります。

この城への登山ルートは上記の場所と清滝城(奇妙山)への登り口にもなる岩沢公民館と2ヶ所あります。

どちらのルートも時間的には同じぐらいで、結構な体力を消耗します。

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登山口から見た尼巌山。すでに挫けそうになった・・(爆)

2年前の8月に攻城したのですが、体中から噴き出す汗に用意してきた2Lの飲料水は下山時には空っぽ。

行けども行けども先の見えない道中に岩場登りの体験ツアー付きだ!(汗)

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30分登ると岩場になり、数体の石仏が歓迎してくれます。

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更に15分してようやく稜線の分岐点へ。

実はこの先の岩場から城域だったとは、後日知る事になりました。

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石積みを発見。

ここから岩登りの始まりです。天然の岩と石積みを多用する珍しい構造。厳しい防禦態勢を敷いています。

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岩、岩、岩・・・・

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補助用のトラロープを登るスリル満点、汗も冷や汗に変わるゾ!

途中の岩場からは松代を一望出来る風景が見られます。直ぐ上の平坦地は見張り用の曲輪だったと思われます。

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見張り用の曲輪跡

更に登る事20分で、二重の堀切が出現!「おお、本丸は近いぞ!!」

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二重堀切の先は、更に二条の空堀を敷き完璧な防禦。恐らく武田時代に改修したと思われる。

そして郭の周囲には石積みの跡が確認出来る。

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郭手前の大堀切。加工度は高い。

攻城開始から1時間30分で、ようやく本郭へ。(標高780.9m)

主郭は8×23の楕円形で結構広い印象。

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川中島方面。この城がこの地方の重要な抑えであった事が良く分る景色です。

これだけの高く険しい山に厳重な防禦を施した城を見るのは初めてだった。

ここに籠れば確かに守り易く、攻める側は困難を極めるであろう。

海津城が築かれる前までは地蔵峠口を抑える軍事的拠点として、支城の金井山城・寺尾城とともに最強の城塞群だった。

≪尼巌城の歴史≫

村上氏の一族とも被官ともいわれる東条氏が土着して詰城として築いたという。(東条城ともいう)
天文二十二年(1553)、武田軍の猛攻の前に葛尾城が自落し村上義清が越後へ逃れたが、尼巌城の東条信広は徹底抗戦する。

信玄は真田幸隆(さなだ・ゆきたか)に、謙信側の軍事拠点であったこの城の攻略を命じ、幾たびかの攻略戦の末、弘治2年、堅固を誇る尼飾城をようやく陥落させたという。のち信玄は城を普請させ、越後勢に対する第一線の総指揮官・高坂弾正忠昌信(こうさかだんじょうのじょう※・まさのぶ)が城将として駐屯。北信濃への戦略拠点である海津城を築くとその外郭とした。三方が断崖で、西北は尾根という堅固な要害(ようがい)であり、北国街道の可候(そろべく)峠を監視する役割も担っていたという。小説『風林火山』でも、山本勘助が川中島に海津城を築くにあたり、高坂弾正とともにこの城に詰めて対謙信の構想を練った。

天正10(1582)年に上杉景勝(かげかつ)が川中島周辺を征圧すると、東条信広が城主に復帰するが、のち景勝の会津移封によって廃城となった。

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いつ見ても惚れ惚れする宮坂先生の鳥瞰図。

実は縄張り図で見ても判る通り主郭の背後には大堀切があり、更に東側を数段の腰郭が防禦しているのだが、2年前の攻城時には確認していないのである・・・(悔)

まあ、当時の自分に「お疲れさん」という事でご愛敬ですネ(笑)

≪尼巌城≫

標高780.9m 比高400m
築城年代:戦国時代
築城・居城者:東条氏、武田氏、
場所:長野市松代町東城
攻城日:2009年8月24日 
お勧め度:★★★★★(満点)
所要時間:片道1時間30分
見どころ:空堀、土塁、郭、石積など
その他:尼巌城から清滝城までは尾根を縦走して約1時間30分。体力に自信のある方は是非挑むべし!
参考出展元:長野市HP「川中島の戦い」、信州の古城~城と古戦場を歩く~(郷土出版社)

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尼巌城全景。真田幸隆もさぞ苦労して落としたのしょう・・・・。さすがは「攻め弾正」お見事!

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Posted on 2011/05/08 Sun. 17:57 [edit]

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