らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~
「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。
0618
寺尾城(長野市) 
本日は、今にも降り出しそうな空を気にしながら北信濃の春山城(綿内要害)と霜台城の攻城戦に向かうが、現地についた途端に雨が降ってきてしまい攻略を断念する・・・。
仕方が無いのでブログを更新します(笑)
で、今回ご紹介するのは金井山城と対の位置にある寺尾城。

東寺尾の麓にある愛宕社が登り口。
「雨のち曇り」の天気予報を信じるが、待ってもいられず小雨の中を登り始める。
雨天時は石の階段は滑り易いので注意しましょう・・・(ってこんな天気じゃ誰も登らない?)

「松代城の鬼門除火の神として領主の崇敬浅からず」だという愛宕社本殿。天狗様ですネ。
本殿脇から山道を登るが、途中から道が不明となる。
薄暗い雑木林は不気味だ。しかもお墓を捜す攻城戦も初体験だ!(笑)
彷徨う事10分ほどで土塁らしき段差を発見する。

どうやら彷徨っていた場所は馬場跡と伝わるらしいが、馬が登れたとも思えない。

石積みも残るが、500年の歳月でかなり崩落したのであろう。
やがて堀切が現れて、その上に二段の曲輪で構成されている。

埋もれつつある堀切

堀切上の三の曲輪
写真では分かりづらいが、2m以上の高さの切岸の上に二の曲輪を設けている。

二の曲輪と本郭の間は広めの堀切で断ち切る手法。傾斜角度も充分だ。

やはり埋もれつつある堀切

石積みも見られるが、土留め程度の加工なのだろう。

急斜面を登ると本郭へ。
「ありましたヨ、お墓・・・・」(爆)

でもさー、代々の城主様のお墓が本郭にあるって変ですよネ。
一族だった村上を裏切り武田に味方して村上・高梨の連合軍に攻められて落城した経緯はあるにしても、討死した訳でも無いし、本郭にお墓のある城など聞いたも見た事もありません。
社を建てる予定が、面倒くさいので墓石になったと推察されます・・・(笑)

金井山城方面。見晴らしはあまりよく無い。
20×20程度の広さの本郭は、北側が石積みで出来た盛土が施されていたようです。

石が崩れ落ちるのは時間の問題でしょう。早めに見に行きましょうネ。
本郭の北側の尾根は、物見程度の小郭があり小さめの堀切2本で仕切って最終を大堀切で断ち切る手法。

最終の大堀切。
≪寺尾城のあらまし≫
長野市松代町東寺尾。寺尾氏築城とされる城。千曲川沿いに突き出た尾根に位置し、善光寺平へ大室(おおむろ)から可候(そろべく)峠を越え、加賀井、地蔵峠、上田方面へと通じる交通の要所にあった。武田方の海津城築城後は、金井山(かないやま)城とともに東・北信濃を固める役割を果たした。
寺尾氏は、代々諏訪神社の頭役を務めた諏訪神[すわ みわ]家※の支族で、戦国期には村上氏に属していたが、武田信玄の信濃侵攻により、清野氏とともに武田方についた。天文19年(1550)、砥石城の戦いにおける武田信玄の敗退(砥石崩れ)に乗じて、村上義清は敵対していた高梨氏と和睦し、連合軍を組織。反旗をひるがえした寺尾氏の寺尾城を攻撃した。この時、真田幸隆は地蔵峠を越えて寺尾氏を救援しようとしたが、間に合わず村上勢によって落城したという。
城へは南側の愛宕(あたご)神社より登山道があり、山頂の主郭には、寺尾氏の墓が建っている。
※神(みわ)氏。諏訪上社の最高祠官(神職の長)の位を代々継いだ氏族。のちに諏訪氏と称する。
~長野市「信州・風林火山」特設サイト「川中島の戦い」より引用~

周辺の諸城が石積みの加工度の高い城だったので、ちょっと期待外れだった気もする。
≪寺尾城≫
標高450m 比高100m
築城年代:不明
築城・居住者:寺尾氏
場所:長野市松代町東寺尾
攻城日:2011年6月11日
お勧め度:★★★☆☆
所要時間:30分
見どころ:段曲輪、石積み、堀切、土塁など
その他:途中道が不明になるが、尾根を北に進むこと。

松代温泉方面からの全景。
Posted on 2011/06/18 Sat. 18:17 [edit]
NoTitle
らんまるさま、こんばんは。
ここは、わたしが、ハードスケジュールのためヒザがプルプルしたので断念した寺尾城ですね。
たしかに主郭に墓石というのはあまり見ませんね。
どういった経緯があったのか興味深くはありますね。
しかし、写真を拝見する限り、ジメジメした山道で、目的地の薄暗い地には墓地…。
例のものが出そうな気配十分ですね。。。
わたしは近寄らないことに致しましょう
Re: まさはれさんへ
いつもコメントを頂きありがとうございます。
小雨の中を決行したので薄暗いし滑るし大変でした(笑)
お墓がある割には霊的な気配もなく一安心。
加工度も低いので記憶に残る城にはらならいと思われますネ。
のんたいとる
寺尾城、周囲の雨飾、金井山、竹山などに比べると、どうも見劣りしますね。山の形は良いのですが。
金井山城が支城と言うけど、逆じゃないですかね。
霜台城、よさそうですね。一度狙いましたが、麓で熊が出たとの情報を聞いて断念しました。綿内要害の小城では目撃しちゃいましたよ。十分、気をつけて!
Re:あおれんじゃあ様へ
おもらし様のタイトルには夜中なのに爆笑しております(笑)
さすがに百戦錬磨の兵(兵はおむつなどしないと思うておりまするが・・)、思考回路が違うようですネ。
寺尾城跡には、拙者の墓碑を刻むと人々は路頭に迷うかとも思い、いつか書き換えてみようとも・・(爆)
霜台城は下見しましたが、やはり人間の攻める場所ではないような気がします。
尾根の稜線に出てからは藪との戦いになりそうな予感。
「鬼も猿もひれ伏したらんまるに恐いものなどあるものか・・」
しかし実在するクマの脅威は謙信公よりやっかいですネ。頑張ります!!
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