らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0626

雁峰城(佐久市)  

◆武田信虎に攻め落とされた小田切氏の城◆

片貝川右岸の南方から張り出した尾根の最先端部に築かれた城で、地元の方には草間城という別名で親しまれている。

雁峰城(がんぽうじょう)、がんみねじょう、がんだれじょう、小田切城など色々な呼び名を持つらしい。

gannpou.jpg
陽雲寺の脇道を墓地へ向かうと大手道になる。

標高801m、片貝川からの比高は50mなので平山城の部類に入る。

曲輪の配置が雁が羽を広げた形に似ている事が名前の由来だと思われるが、遠くから見ても良く分らない。

なので、城跡の縄張りや航空写真を見たい方は城と古戦場のマサハレ様の記事を参照願う。

gannpou (30)
墓地の脇を登るとほどなく城域となる。

主郭、二の曲輪、三の曲輪の周囲を腰曲輪が巡るオーソドックスな縄張りだ。

gannpou (29)
主郭方面。周囲を腰曲輪の段差で区切られている。

大手道の北側には三の曲輪を確認するが、藪が酷くて侵入する気になれず諦めた・・(笑)

gannpou (5)
本郭西側の段郭。

そしてこの城が村上系の山城である事を彷彿とさせる背後の深い堀切。

gannpou (6)
岩を刳り貫く難作業だったと思われる。

gannpou (10)
二本目の堀切

gannpou (9)
三本目の堀切

この時、何を思ったのか南の尾根伝いにひたすら歩いた。

「何か出城のような遺構があるかもしれない・・・・」

とうとう南の林道脇まで歩いた。が、何も無かった・・・・(爆) 

憑かれて疲れて戻り、大堀切脇から二の曲輪へよじ登る。

gannpou (14)

gannpou (15)
笹に覆われた二の曲輪

文献に残る史料としては「高白斎記」の大永七年(1521)二月二日に小田切落城とある。
大井氏と伴野氏の争いにおいて、伴野氏が甲斐の武田信虎に援軍を求め、武田が攻め落としたとある。
この時の城主が小田切氏だったと記載されている。

その後、大井宗家は佐久に侵入してきた村上義清によって滅ぼされ、伴野氏は没落し佐久は村上VS武田の覇権争いとなった事は周知の事実である。

武田に敗れた小田切氏は村上と共に行動するが、武田の佐久支配が成ると、北信濃へ拠点を移したという。
(吉窪城の小田切氏は一族であり当主の幸長は弘治三年、葛山城攻防の際に討死している)

gannpou (18)
本郭の土塁

gannpou (20)
20×15の本郭全景

低い位置にある為、段郭を多用し防禦を強化したようだが、武田軍の攻撃では一蹴された。

gannpou (25)
小田切の集落方面。視界は良くない。

その後、城主は草間氏に替わったようだが、いつ頃まで居城としていたのかは定かではない。

gannpou (24)
武田の宿城の勝間反砦を臨む(ロケットが目印)望遠撮影。

近くには向城、上小田切城の2つ城があり、雁峰城の支城だと云われる。


≪雁峰城≫ 

標高801m 比高50m
築城年代:不明
築城・居住者:小田切氏、草間氏
場所:佐久市中小田切
攻城日:2011年3月20日 
お勧め度:★★★☆☆
所要時間:15分
見どころ:土塁、帯郭、堀切など
その他:

gannpou (4)
小田切城全景。

スポンサーサイト

Posted on 2011/06/26 Sun. 12:42 [edit]

CM: 4
TB: 0

« 柏木城(小諸市)  |  会田虚空蔵山城(松本市) »

コメント

NoTitle

師匠、こんばんは。

この城ですが。わたしのページにも書いたとおり、何だか山国信州には珍しいようなダラダラした縄張りだなぁと思った記憶があります。

千葉や茨城ではこのような平山城はたくさんあるのですが、やはり、信濃の魅力、人も寄せ付けない険しい山頂に連続する無意味な堀切、ってのが私の好みであります

まさはれ #- | URL | 2011/06/26 23:34 * edit *

Re: まさはれさんへ

まさはれ様、毎度ありがとうございますw

いつも険しい山ばかり訪問しているので、こんなユルイ城に出逢うとホッとします(笑)
がしかし、あまり達成感は無い・・・。

先日図書館で初めて日本城郭体系「長野・山梨編」を閲覧しました(汗)
「この本、高く売れるんだろうナぁー」というのが正直な感想です(爆)

信州だけでも980もあるとは・・・。全て詳細に記録したら、長野県だけで5冊以上になりそうですネ。

やはり宮坂武男センセは偉大だという事が良く分かりました・・・・v-221

らんまる #- | URL | 2011/06/27 12:44 * edit *

NoTitle

こちらは日本城郭体系「長野・山梨編」の完全複写・製本を完了しました。

しかし宮坂先生の書物を知っているので、まったく物足りませんね。

わたしもいろいろな信州の城郭の本の蒐集に努めてまいりましたが、『山城探訪』さえあればあとは必要ないと思っております。

いつか、3泊くらいの日程で岡谷図書館に籠もろうかなと、まじで思っております。

まさはれ #- | URL | 2011/06/27 21:29 * edit *

Re: まさはれさんへ

まさしく仰せの通りだと思います。

宮坂センセの本を初めて見た時は、「この人がいなければ信濃の城跡の伝承は壊滅したのであろう」と深く感銘を覚えました。

宮坂センセの「山城探訪記」をデジタル化する・・・是非マサハレ様もお手伝い願いたいと心から思うておりまする。

「神は乗越えられる試練しか与えない・・・・」

先生が苦労して調査した980の城郭を、後世に伝える書籍にするのが使命なのだと思います。

らんまる #- | URL | 2011/06/27 22:11 * edit *
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/162-d70bae11
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top