らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0704

小諸城大手門(小諸市)  

◆質実剛健の言葉の似合う織豊時代の建築物◆

小諸城(別名;酔月城)の詳細は、近代城郭の好きな皆様にお任せするとしますw

武田信玄の命により、鍋蓋城と乙女城を合体して現在の小諸城の縄張りを仕切ったのが馬場美濃守信房チャンと山本勘助チャンで、その後近代城郭に手直ししたのが秀吉子飼いの武将の仙石秀久というのがあらすじです(笑)

実は小生、小諸城で印象に残っていたのが動物園だけです。

しかも僅か5分で全て見れるというお茶目な動物園という優れモノ・・・(爆)

現在残る上田城も小諸城も仙石氏の築城であり、ようやく訪れた戦乱無き世を謳歌していた領民を酷使して作ったというのだから好きになる訳がない。

懐古園他 007
懐古園の看板で有名な三の門。

懐古園他 008
アングルを変えるとそれなりにシンプルで好感が持てる。

地盤的にも、商業的にも、そして新幹線の駅も迂回してしまった小諸はまさに穴城となっている・・(失礼)

不覚にも大手門が現存しているのをしったのは最近の事だ・・・(笑)

懐古園他 017
大手門の名の通り重厚な造りだ。

大手門は、小諸駅の西側の公園らしき一角にあり、三の門との連続性が感じられない場所にある。

無理やり駅を設置した為に縄張りを潰してしまい、取り残された感じが否めない。

懐古園他 014
城に通じる南側からの造りはまた違った趣きが感じられる。

現代のサラリーマンのような波乱万丈の生涯を送った仙石秀久。

戸次川の敗戦で秀吉の怒りを買い、全てを失い高野山へ追放される。

小田原の役では、「無」の旗指しを掲げ無断で参戦し比類なき働きをして復活をアピール。家康の口添えもあり秀吉に帰参を許され小諸城主となる。

「仙石原」の地名は彼の活躍を称えた秀吉の褒美とも云われる。

懐古園他 021

「ブタもおだてりゃ木に登る」(ヤッターマンの名言語録より)

依田信蕃も仙石秀久も嫌いじゃありません。

小生と同じく、世渡りがヘタな武将には何故か心惹かれます・・・(爆)

≪小諸城大手門≫

重要文化財

小諸懐古園には今も動物園がある。(その昔、上田城にも動物園があり、拙者も見学に多々訪れた記憶がある)

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Posted on 2011/07/04 Mon. 23:27 [edit]

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