らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0709

霜台城(長野市)  

◆保科氏発祥の地に眠る謎の石垣城◆

こんな暑い日に比高差300mの山城攻城など決断するとは驚きです。

しかし前回天候不良で撤退した雪辱を果たすべく攻め上がってまいりましたぁー(笑)


今回ご紹介するのは霜台城(しもだいじょう)

霜台城 002

会津松平藩の祖である保科正之は徳川家光の異母兄弟であり、幕閣として三代将軍家光、四代将軍家綱を補佐したことは有名であり、名君として今も人気がある。

彼は高遠藩主の保科正光の養子となり保科家を継いだので直接の血筋では無いが、養父の恩を忘れず生涯保科姓を名乗った。(松平姓に戻したのは三代目の会津藩主から)

霜台城 001
登り口の若穂隣保館からの全景。

保科氏の出自は定かではないが、この地が荘園であり土豪だったと思われる。

鎌倉時代は頼朝の御家人を務めたという。幕府滅亡後から室町時代の動向については史料がなく、中先代の乱で北条残党とともに清滝城に立て籠もり幕府方の村上・市河連合軍の攻撃に敗れ高遠の地に落ち延びたとの説もある。

霜台城 004
立派な土蔵脇にある急傾斜地の標識が登り口です。

その後の保科氏は、諏訪一族である高遠家の家臣となり、頼継の代には筆頭家老となった。

諏訪氏が武田晴信により滅ぼされると武田に降り、高遠城将として活躍。保科正俊は「槍弾正」として名を馳せ、真田幸隆の「攻め弾正」高坂昌信の「逃げ弾正」とともに三弾正と呼ばれた。(甲陽軍艦)

霜台城 006
攻城開始から50分で辿り着いた中腹にある通称「弾正岩」。槍弾正の活躍から名付けられたのであろうか?

霜台城 008
眼下には保科の里が手に取るように臨める。

織田軍の総攻撃により高遠城が落城した際、保科氏は逃げ延びて北条氏を頼り、本能寺の変の後に旧領を回復する。その後、徳川方の武将として功を挙げ高遠三万石の藩主として家名を繋ぐ。

霜台城 010
この街道は現在の菅平を越えて上州へ続く道として賑わったという。

さて、保科氏の経歴はそのぐらいにして、人も寄せ付けない険しい山に城跡などあるのでしょうか?

弾正岩から赤テープを頼りに登る事約20分。

突然の物音に寿命が縮まりましたぁー(汗)

5m先を物凄い勢いでカモシカが疾走するのを目撃!

「クマさんでなくて良かった・・・・・」

霜台城 013

攻城を開始してから既に1時間20分。

体中の水分が汗となって入れ替わるぐらいの暑さの果てに見せて頂いた石積みの城!!

霜台城 016
かなり崩落が進んでいるが、郭を囲む石積みは見事な造り。

保科氏が去った後、武田や上杉が争奪戦を繰り返したであろうこの地域の有力な土豪については史料が無い。

西側の尾根に石積みの郭を三段(見方によっては四段)、背後の若太郎山の尾根に古式の三つの曲輪を持つ縄張りは、もともとあった保科氏の古城を拡張して修復したものだと思われる。

霜台城 019
三の郭から見る二の郭土塁の石積み。


simodaiIMG.jpg

南北朝時代の山城の特徴である梯郭式なのだが、戦国時代に改修されたとおぼしき西側石積みの郭の三段は恐ろしく方形(スクエア)を意識している。


霞城の大室氏が「R」の曲線美にこだわった美学と同じだ。

霜台城 021
城域の南側は総石積みだったと思われる。

これだけの石を何処からどうやって調達したのだろうか?

麓から切り出すにしても比高300mは半端な高さでは無い。

霜台城 027
本郭背後の高さ1mの土塁。

崩れる前は、さぞかし壮大な造りであったのであろう。

信州の山城の最終進化形がこの城だったのかもしれない。

霜台城 029
主郭背後の堀切。上巾5m、高さ3m。

霜台城 034
東側二番目の堀切。

霜台城 037
東側三番目の堀切。

霜台城 040
最終四番目の堀切。上巾5m以上ある立派な堀切。

本郭の東への尾根伝いに3つの曲輪があり、こちらは極めてシンプルな造りで加工度も低い。

保科氏の初期における築城の跡かもしれない。

霜台城 028
攻める者を威圧するには充分な石塁の橋頭堡だ。

カモシカ殿には驚愕したが、信州の山城を探求するには是非訪れて頂きたい城である。

登山道を整備してくれた有志の方にはひたすら感謝の言葉を贈りたい。

霜台城 050
登り口の尾根の先には、出城と思える郭と堀切がある。


≪霜台城≫ (しもだいじょう、そうだいじょう、しものだいじょう)

標高720m 比高300m
築城年代:不明
築城・居住者:保科氏、?
場所:長野市若穂保科須釜
攻城日:20011年7月9日 
お勧め度:★★★★★(満点、五つ星)
所要時間:75分
見どころ:石積み、稜線からの景色、堀切、土塁など
その他:駐車場は若穂隣保館を借用。登山道は整備されている。ピンクのテープを辿る事。カモシカ、クマに注意

攻城に関してはひらさんのhighトレッキングブログを参考にさせて頂きました。感謝感謝ですw。

霜台城 052





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Posted on 2011/07/09 Sat. 21:37 [edit]

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コメント

おはようございます。

らんまるさん おはようございます。

私と一緒に登った細井君(背が高く若い彼)も山城巡りが好きであちらこちらへ出かけているようです。
但し写真なしレポなしですが・・・笑

これからはちょくちょくお邪魔しますのでお付き合いのほど宜しくお願いいたします。

ひらさん #mQop/nM. | URL | 2011/07/10 10:50 * edit *

Re: ひらさんへ

ひらさん、ご来城ありがとうございます。

貴殿の記事が無ければ須釜から直登するつもりでいたので助かりましたぁー(笑)
まだまだ北信と中南信はこれから攻め込む未開の地ですね。

色々と教えて頂ければ幸いです。

リンクさせて頂きますので、これからも宜しくお願いします。

らんまる #- | URL | 2011/07/10 11:22 * edit *

おつかれさん

お疲れさん 見事です。
その根性と城!
しかし、このくそ暑い夏に比高300mを登るとは・・・
でも、石垣あれば、モト取れますね。
クーさんにお会いせず、ラッキーでした。

あおれんじゃあ #- | URL | 2011/07/10 11:47 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

スペシャリストにお褒め頂き恐悦至極でござりまするw

この城はカモシカ殿が城主でございました。
梅雨明け32度の猛暑に攻めてくる病人に恐れを為して退散されたものと思われます(笑)

素晴らしい遺構でした。
築城者は実戦を想定せず、「山城の美学」に取り憑かれたものと察しておりますが・・・(爆)

らんまる #- | URL | 2011/07/10 12:56 * edit *

お初に、おじゃまします。

松代周辺の城址にはよく行きますが、ここは知りませんでした。
比高300mとは、ちっときついですが、遺構がかなり残っていて石垣もありで、よさげなところのようです。

これからもおじゃまさせていただきます。

馬念 #4uAjNfEA | URL | 2011/08/14 13:40 * edit *

Re: 馬念さんへ

初のご来城かたじけのうござりまするw

お名前を聞いて、以前に貴殿のブログを読み逃げしていたことを想い出しました次第です(汗)
霜台城についてはネットで検索しても確かなものが無いので思い切って攻め込んでまいりました。
こりゃー藪漕ぎ覚悟の攻城戦と思いきや、登山道があるのでびっくりでしたが助かりましたのも事実です(笑)
松代周辺の石積みの城の集大成みたいな感じで感動しました。

城攻めの大先輩のご来城を今後もお待ち申し上げます。

らんまる #- | URL | 2011/08/14 14:38 * edit *
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