らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0925

稲倉城(松本市)  

◆巧みな縄張りを残す赤沢氏の本城◆

いよいよ中信濃への軍を起こす。

三ヶ所攻略予定だったが、昨日の村の秋祭りで、飲めや歌えやの大騒ぎで後遺症が残り二ヶ所だけ・・(笑)

二日酔いで比高差のキツイ攻城は無理だと思いながら、稲倉城(しなくらじょう)を攻めてみた。

稲倉城 (6)
国道254号線沿いの稲倉地区を北側に入り、稲倉峠(林道)を約1㎞登ると入口がある。


赤沢氏の詳細は不明だが、この地域の有力な土豪として勢力を保ち稲倉城は建武二年頃の築城だと云われる。

また、稲倉峠は塔ノ原に続いており、保福寺峠経由で上田に向かうこの地域の主要な街道だった。


登山口から20分で南峰の先端にある三の郭に着く。段差をつけた程度で特に防禦の工夫は無い。物見砦の役割だったのだろうか。残念ながら現在の視界は木々に阻まれてしまい景色も見えないが。

稲倉城 (11)

驚いたのは、二の郭へ続く背後の比高差と三本の堀切だ。

稲倉城 (14)
三の郭から堀底まで見下ろすと高さ8m以上はあるだろか。看板がゴミのように小さい。

稲倉城 (23)
堀底から見上げるとこんな感じ。

城のある峰全体が「くの字」に折れ曲がっているので、二の郭の端からは三の郭とその周辺の景色が良く見える。
※崖の上なので、転落しないように気をつけましょう

稲倉城 (32)
三の郭

稲倉城 (34)
手前はゴルフ場。その向こうに林城や松本市街地。支城の早落城(洞城)も見える。

二の郭は西側の斜面に複数段の腰廓を備えている。戦闘時にはここに相当数の兵が収容出来るようだ。

稲倉城 (43)
二の郭

稲倉城 (44)
上巾9m、高さ6mの堀切で本郭を隔ている。見応え充分です。

本郭は縦30mで北側へ向けた緩やかな傾斜を持つ三角形。

先端に進むと四段の段差を登り城域の最高地点となる。

稲倉城 (47)

稲倉城 (50)
良く出来た鳥瞰図です。城跡巡りには助かります。

稲倉城 (65)
本郭の最高位地点。


そして、背後にはお約束通りの大堀切があります。これがまた素晴らしい!

稲倉城 (64)
上巾11m、高さ7mの巨大な大堀切

稲倉城 (60)
北尾根より本郭。手前の浅い堀切と二重になっているのが分かる。


恐らく南北朝時代のオーソドックスな城を戦国期に改修したのだと思われます。

これだけの遺構の残る城跡には感動しました。地元の方の保存努力にも感謝ですネ。

赤沢氏については次回の早落城で記載したいと思います。

稲倉城 (72)
稲倉城全景。

≪稲倉城≫ (しなくらじょう)

標高:1000.0m 比高150m(林道より)
築城年代:建武二年
築城・居住者:赤沢氏
場所:松本市浅間温泉稲倉1523
攻城日:2011年9月25日 
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:20分
見どころ:大堀切、郭、竪堀など。
その他:周辺には伊吹城、早落城、三才山城などがある。
攻城ではマサハレ殿の「城と古戦場」を参考にさせていただいています。(感謝)



追記:山麓には赤沢氏の屋敷跡がある。長閑な田園風景にも殺伐とした歴史背景があるのでちょっと複雑な気分でしたが・・・・。

稲倉城 (5)













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Posted on 2011/09/25 Sun. 18:45 [edit]

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コメント

No title

らんまるさま、お疲れ様です

稲倉城、いいですねーー

マイナーですが、信州の山城の中でも中々の遺構だと思いますよv-8

こちらは家族サービスで銀座に通う日々です・・・
体力減退が懸念される昨今ですv-12

まさ #- | URL | 2011/09/25 20:40 * edit *

Re: まさはれさんへ

まさはれさん、毎度ありがとうございます。

銀座ですかあ?何か新しいリゾート施設でも出来たのでしょうか?
それはともかく、家族持ちの男性には逃げられないお勤めでしょうねぇ~(笑)

中信濃の攻城戦では貴殿のHPが頼りとなりますので、宜しくお願いしますv-221

らんまる #- | URL | 2011/09/25 21:17 * edit *

No title

9月24日に歴史フォ-ラムが開催され参加しました。里見氏についての講演でしたが、
里見氏は北方まで進出していて、現在も金蔵寺(渋川市)や宮田不動尊(赤城村)で痕跡が
残っていることを教えてもらいました。また特に驚きであったのは慶長十三年(1608)
に里見忠重が板鼻城主であったことが安中の長伝寺に文書があり、新しく発見されたことが報告されました。まだまだ里見氏は研究の余地が残されているようです。
 また16年前に千葉県館山にある稲村城のど真ん中に市道を建設しようとする動きがあり、史跡保存のため、この計画阻止に立ち上がった愛沢伸雄氏の経験と苦労話がされました。行政の計画変更はたやすくなく市民の協力を得られて、
どうにか史跡保存がされるようになったようです。

富岡武蔵 #LkZag.iM | URL | 2011/09/27 12:02 * edit *

Re: 富岡武蔵様へ

富岡武蔵様、ご来城ありがとうございます。

貴殿のブログをいつも拝見しておりますが、研究の成果とその博識の高さ、優れた洞察力にはいつも感服致しております。小生が書く小学生のようなブログにコメント頂けるとは光栄でございます。

さて、私の地元には須々貴城があり、城跡への参道は毎年自治会の保存会が草刈りをしたり危険な箇所の修復を自主的に行って来ました。今年は上田市の「町おこし事業」として私の自治会も本格的に市の助成金を受けて大手道を整備し幼稚園の子供でも安心して登れるように約2年かけて事業を行います。
私も関わりを持ち、この史跡を大切に後世に語り継ぎたいと思っております。
地元の住民の熱意はとても大切だと感じております。

小生のブログは、写真を多用する事で若い方でも気軽に覗いたり読んで頂けるように「雑な作り」をモットーとしております。(知識にも探究心にもかなり欠けていると自負しております)
今後は色々と教えを請う事もあるかと思いますが、末長く宜しくお願いします。


らんまる #- | URL | 2011/09/27 20:18 * edit *

戸石城に似てるね

写真からも遺構の素晴らしさが伝わってきます。
堀切なんて、尿漏れ級だね。
本郭の位置や背後のピークなど、戸石城の曲輪配置にどことなく似てますね。

あおれんじゃあ #- | URL | 2011/09/28 20:13 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

あっ、師匠、毎度ありがとうございます。

云われてみればなるほどですね。砥石城にクリソツだとは気が付きませんでしたぁー(汗)
これからの攻城戦は「尿漏れパンツ」が必須アイテムかもしれません・・・(笑)

ひたすら師匠のHP更新をお待ち申し上げておりまする・・・(爆)

らんまる #- | URL | 2011/09/28 21:58 * edit *

No title

私がこの城に行ったときは、膝を壊していて、
思ったように歩けませんでした。
主郭背後の大堀切なんか、
上から覗いただけで終わり、でした。
ちょっと残念な城巡りでした。

アテンザ23Z #/9hBKkrU | URL | 2011/10/04 11:29 * edit *

Re: アテンザ23Zさんへ

アテンザさん、ご来城ありがとうございます。

想像していたよりも広大な城域なので、小生も驚いた城でした。結構歩き回りましたが・・・。
比高の高い城を連ちゃんで攻めると、膝が悲鳴を上げるのが分かります。
下りは膝が笑っているので特に危険ですよね。

この歳になると、カモシカ殿の健脚が羨ましいと思えてなりません(笑)

らんまる #- | URL | 2011/10/04 20:53 * edit *
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