らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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万平城館跡(生坂村)  

◆旗塚なるものを初めて見た◆

最近このような「愚ログ(笑)」を見に来て下さる方が多くなり、かたじけなく思うておりまする。

言葉に出来ない感動をお伝えするために、写真を多用しているので上下スクロールが多くなり「まんどくせぇなあー」と思いの諸氏にはご不便をお掛け致しますが、平にご容赦を!(汗)

日岐大城の攻城戦を終えて、放心状態で一時間以上も歩いたのですが、意外な発見もありましたのでご紹介します。

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万平の防風林。

江戸時代、風による災害に悩まされた農民が、水野氏統治時代の松本藩に風避けの為の松の植樹を許されて完成した防風林だという。

林の左側が仁科丸山氏の万平城館跡だが、民家と耕作地に変貌してしまい、跡形も無い。

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「こや」と呼ばれた場所で、小屋城の番兵が寝泊まりしたと思われる住居跡。

中世における城跡や城館跡には「旗塚」と呼ばれる旗指物を立てた塚があるというのだが、現存するものは少ないという。

小生も300近い攻城戦を行うが、探しあてた事がない。

倒れそうになって歩くと、神はご褒美をくれるらしい・・・(笑)

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初めて見た。

生き倒れになったドザエモンの墓かと思った!(爆)

「敵が攻めてきた時に旗を何本も立て、虚勢を示す塚」と説明書きがある。

終戦前までは20ヶ所以上残っていたようだが、現在は破壊されてしまい数ヶ所のみ残るという。

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田舎の神社の秋祭りで見かけるような10m以上の大きな旗が掲げられていたのであろか。

近隣の集落同士の小競り合いには有効かもしれないが、武田や小笠原の大軍相手では所詮ウェルカムフラッグにしか見えない(笑)

それでも実物が拝めたので、感謝感謝でございます。

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道路脇の石仏群を見るにつけ、戦に明け暮れて犠牲になった住民の願いは「戦無き世の中」だったのだと痛感した次第でござります。

≪万平城館跡・旗塚≫

標高:
築城年代:不明
築城・居住者:日岐丸山氏
場所:東筑摩郡生坂村上生坂(生坂小学校の東側の台地)
攻城日:2011年10月29日 
お勧め度:★★☆☆☆
史跡までの所要時間:役場より徒歩15分。車でもOK。
見どころ:防風林の松並木、旗塚など






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Posted on 2011/11/01 Tue. 21:24 [edit]

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