らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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図解 山城探訪  

◆誰も越えられない私の生涯の聖書◆

小生が山城巡りのブログを始めたキッカケは、管理人マサハレ殿の城と古戦場~戦国大名の軌跡~というHPだった。
既に1562ヶ所という途方も無い訪問数は、他の追随を許さない確固たるものだが、氏は特に信州の山城に特別な情熱を持っていることは、歴訪した城跡のレポートが物語る。

今では末席に参列させていただき師のHPでも紹介されているが、ありがたい事だと感謝しております。

上田小県に限定すれば、何とか掲載出来るかも?と思って辿り着いたHPが管理人ヤマザキ氏による上田・小県の城。残念ながら掲載は中断されてるが、写真とレポートは秀逸なものだった。

両氏の信州における主要な参考文献はいずれも宮坂武男氏の「図解 山城探訪」。

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信州の山城は全12巻あるというが、現在近隣の県を含めると20巻に及ぶ。

信州の山城を語るには、この方のバイブルは見ておく必要がある・・・・

そう思って古本屋やネットで探すが、皆無だった。

それもそのはず、非買品で手に入れる事は不可能、長野県の図書館でしか見る事が出来ない幻の本だったのだ(汗)

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美術展に出品されるほどの腕前を持つ絵はそれだけで芸術なのです。

2年前にブログを始めたが、トウシロの知識では壁にぶち当たってしまい、止めようかとも思った。

1年前だろうか、隣町に宮坂先生の本があり「貸出禁止」ではあるが図書館内では「閲覧可」ということで出掛けて、丸一日貪るように読み、持っていった大学ノートに詳細を書き写した。
※文明の利器であるデジカメで写すなどとても出来ない環境だった(笑)

「衝撃でした・・・・そこに神を見た気がしました・・・」

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城跡の場所まで丁寧に国土地理院の1/25000地図を用いて示している。

城跡を特定する事が如何に困難な事なのかは、我々は身をもって知りつくしている。

宮坂先生は教育者という聖職の傍ら、昭和57年から本格的な城跡調査を始めたという。(この時51歳)

平成5年の定年後に、それまでの調査結果を取りまとめ、山城の全体像を鳥瞰図という手法を用いて説明するという手法を採用したといいます。

仔細な調査に基づく縄張図からでなければ、鳥瞰図が描けないのは云うまでもないでしょう。

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収録されている一つ一つの山城や城館跡について、その位置や訪問する方法、城の生い立ち、歴史的背景、そして断面図や高低差、郭の周囲計測まで書かれている。

埋もれた古城に対する慈しみと愛情がなければ、到底到達することの出来ない世界がそこにはあります。

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小生が宮坂武男先生の崇高な思想に近づく事は到底叶わないと思いますが、師が愛して止まない信州の山城を、同じ信州人として皆様に紹介し続ける事は、イエズス会のフランシスコ・ザビエルと同じ宿命だと思っております・・・(笑)

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某図書館より借りてきた八冊の聖書。(四冊足りない)

行き詰まった中信濃攻略に光射す道標に違いない。そして神の1000以上に及ぶ足跡をデジタルでご紹介する事が伝道師の役目だと信じて止まない・・・・・(爆)


最後に宮坂武男先生の「図解山城探訪記」の挨拶文を掲載しておきます。

「山城と呼ばれる中世の城館跡が、四、五百年の長い年月を、風雪に耐え、落ち葉に埋もれ、また時には耕作されながらも、ひっそりと山の中に残っている姿を見ると、よくぞ今まで、命を繋いで生き延びてくれたものぞ、といとおしく思えてくる。

それと同時に、いろいろと事情があったにせよ、無残に破壊された姿は、何とも哀しくて哀れで、どうしてもっと大事にしてもらえなったのかと、残念に思えて仕方ない。

歴史的な遺物は、長い年月の間には、自然に風化し、忘れられ、消滅していく運命にはあるが、人の係わり方によっては、その命は随分と違ってくる。
今、山野に散在する山城も、残すも壊すも、すべて人の手に委ねられている事が多く、私たちが、その価値をどう見るかという事に大きく係わってくる。

調査に出て思う事であるが、山下の村で、聞きとりをしている時に、その山が目の前にありながら、山城や砦の存在を知らない場合がある。村の伝承を聞いて答えられる人が非情に少なくなっている事に気づく。

・・・・中略・・・・・

山城の調査は、一度や二度では、到底完全を期すことは不可能である。何回も訪れ、地名や伝承も頼りに確かめ、場合によっては、発掘調査を経て、より確かな縄張り図が出来るのだが、私の体力も世の中の事情もそれを許してくれないので、不安は残るが、私なりに見取った遺構の様子を一先ずまとめてみる事にする。

・・・・中略・・・・

私のささやかな「調査史料集」が、少しでも多くの方に見て頂き、ご批正をいただく事ができ、いささかでも文化財の保護に役立つ事ができれば、無上の光栄である。

平成13年4月 宮坂 武男」

まさしく 神の言葉である。








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Posted on 2011/11/07 Mon. 22:49 [edit]

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コメント

No title

鳥瞰図の山家城は数年前、行きましたが主郭奥に秋葉郭が存在するとは気が付きませんでした。再訪して見たい箇所ですね

flat top #wozGiqVY | URL | 2011/11/12 08:59 * edit *

No title

らんまるさま、お疲れ様です。

図解 山城探訪のご紹介、嬉しい限りです。

まさに財産ですからね。

上田の隣町というと、小諸あたりでしょうか?その図書館。

岡谷の図書館で電池が切れまくるほどに写真撮影したのが懐かしいです。

近いうちに完全にデジタル保管したいと思います。

そのためだけに信州に訪問してもいいぐらいですねv-8

大垂水 #- | URL | 2011/11/12 19:51 * edit *

Re: flat top さんへ

コメントありがとうございます。

小生も2年前に訪問しましたが、小笠原流に改修された石積みの残る立派な城跡ですね。
何度か訪れてみないと全容は解明出来ないのかもしれません。
近々アップしたいと思っています。

らんまる #- | URL | 2011/11/12 20:10 * edit *

Re: まさはれさんへ

まさはれさん、まさに信州山城のバイブルですネ。

松本の図書館から借りて来ました。貸し出して貰えるのは岡谷と松本だけで、他の図書館は貸出不可の閲覧のみ。20巻全て見られるのは岡谷市のみ。
岡谷市に住民票を移そうと本気で考えておりますが・・(笑)
増刷して長野県の主要図書館で貸出出来るようにしてもらえると、山城ファンが増えると確信しております。
宮坂武男先生の志を継ぐものが増えるのは嬉しい事だと思っています。

内緒でデジタル保存しようと思っています。
この本が無ければ信州の山城制覇の野望は夢のまた夢で終わったのかもしれませんv-221

らんまる #- | URL | 2011/11/12 20:23 * edit *

山城探訪

昨年、刊行されましたね。
全巻購入する予定です、というか、注文してあります。
先日第4回配本で地元の松本・筑摩編が出ました。

私作成のリストも、氏の本も基礎データの一部にしています。
先月、氏の講演があり、その時に少しお話しして、
私が見つけた上古城(松本市入山辺)の推定地の見取り図を、
見てもらいました。
まだまだ及ぶことはまずないのでしょうが、私も頑張ろうと思います。

岡谷市の図書館カードは、持っていますよ。
市民以外でも、発行してくれました。
山城探訪以外は、借りたことないですが(笑)。

#- | URL | 2013/05/03 22:15 * edit *

Re:赤いRVR@松本様へ

連連コメありがとうございます(笑)

図解山城探訪との出逢いはまさに「青天の霹靂」でした。
縄張図も鳥瞰図も初心者に分かり易く丁寧に描いてある・・・これほど心打たれる書物はありませんでした。

「体力とデジタルでリメイクしてみたい」

宮坂氏の偉業を前にして自分に何が出来るのか?

自分の言葉で現地中継をしてみる。旅行会社のアテンドになったつもりでネ。
で、時々お叱りを受けます。

「あーあ、また難しい専門用語使ってるよね・・・」

まだまだ日々勉強ですわー(笑)

らんまる #- | URL | 2013/05/03 23:02 * edit *
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