らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

1119

壁田城(中野市)  

◆北信濃飯山口を抑える武田軍最前線の城◆

「らんまる殺すにゃ刃物は要らぬ、週末全て雨で良し」(笑)

久しぶりの連休初日の土曜日なのだが、生憎の雨で中信濃への進軍は中止…(悲)

仕方が無いので未だアップしていない城をご紹介して憂さ晴らしといきますか。(なんで?)

hekita0101.jpg
壁田城より千曲川を臨む。

昨年の今頃は北信濃に進軍してました。1年経つのは早いものです。

今回アップするのは替佐城と並び飯山口の抑えの城として重要視された壁田城(へきだじょう)

替佐城の記事では、信濃の城郭研究の第一人者である松澤芳宏先生にコメントを頂戴しビックリ!!(汗)
迂闊にモノは書けないと反省したのを想い出す・・・・(笑)

hekita0125.jpg
城域へは東の尾根伝い(搦め手)に車道があり車で登れる。

当日は、攻城リストには入っていなかったのだが、ヤブレンジャーの皆さまが遊んだ遊園地と類稀なる壁画をどうしても見たくてついつい足を延ばして午後3時過ぎに到着した(苦笑)

hekita0124.jpg

壁田城は、西側を千曲川に続く急斜面と東側は中野扇状地に続く断崖地の上に立地する。上流約3kmに替佐城があり、対の城として機能したと思われる。

鎌倉時代末期に「部木田」と守矢文書にあるのが初見で、古氏族「日置氏(へきし)」との関係も注目されるという。上代には「越」との連絡の烽火(とぶひ)があったとする説もある。
甲越の合戦の頃、上杉方が飯山口を守ったのに対して、武田方の最前線として替佐城と共に重視されたところである。
前述のように武田氏の最前線の拠点で、替佐城とともに小幡上総介を城将としたと云われるが確証は無い。
永禄九年(1566)九月、武田信玄は、山田飛騨守、同左衛門尉に壁田、田麦、寿徳寺の地を宛行っていて彼等が壁田城の守備についたと推定される(「諸家古案集」の「武田朱印状案」)
(図解山城探訪 第十二集 高井史料編 宮坂武男氏の記述より引用)

hekita0105.jpg
主郭より二番目後方の郭を断ち切る二重の堀切。

城山公園として整備された際に、搦め手は車道となり、郭への通路も改変されたのであろう。どこまでが往時のものか判別出来ない。

hekita0106.jpg
25×14の郭。東側の斜面には7本の連続畝堀があるという。残念ながら当時は知る由も無かった。

hekita0108.jpg
ヤブレンジャーの皆さんが遊んだと云う伝説の遊具(笑) こんな山にブランコは必要だったのだろうか・・・。

hekita0109.jpg
主郭背後の大堀切。

川中島を制圧した武田軍は、信越国境の野尻城や飯山城へ進軍を開始する。

永禄十一年(1568)に長沼城とその城下の再建に着手した際に壁田城もかなり手を加えられたという。

hekita0113.jpg
本郭跡(31×18)に建つ長丘神社。

この神社の壁に掛けられた伝説の絵画こそ、今回の訪問目的だったのである・・・(爆)

hekita0111.jpg

「みなのもの、謙信公と信玄公の御前である、ええい、頭が高い! 控えおろう!!」

さしずめ「ゾンビVSエイリアン」である。

地域住民だったとしても、どっちが勝利しても嫌だ・・・・・・・・(笑)

未来永劫語り継ぐべき中野市の財産である。

hekita0115.jpg
鳥居のある場所は段郭になっている。

hekita0116.jpg
主郭前面の大堀切(上巾12m高さ7m)

ここから西の尾根伝いに四つの曲輪を設けて大手道へと続く。

hekita0117.jpg

残念ながら、ひとけの無い夕闇迫る神社を探索する時間と勇気は無かった(汗)

図解 山城探訪 第十二集 高井資料編 133
宮坂武男氏による精巧な縄張り図。昨年にこの地図を見ていたらナ・・と後悔する。

hekita0102.jpg
飯山方面を臨む。

替佐城、壁田城という2つの城を楔として打ち込まれ、国境まで駆逐された謙信公の心境は歯痒さに満ちていたのかもしれない。

hekita0127.jpg
東側より見る壁田城遠景。


≪壁田城≫ (へきだじょう)

標高:489.0m 比高150.0m
築城年代:不明
築城・居住者:小幡上総介?山田飛騨守とも
場所:中野市壁田
攻城日:2010年11月7日 
見どころ:堀切、土塁、畝堀群など加工度の高い城跡である ※神社壁の説明板も必見の価値アリ
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:15分
参考文献:「図解山城探訪 第十二集 高井史料編 宮坂武男著」












スポンサーサイト

Posted on 2011/11/19 Sat. 15:34 [edit]

CM: 0
TB: 0

« 西条城(筑北村)  |  岡城(上田市) »

コメント
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/218-1319dc8e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top