らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0107

高村番所(麻績村)  

◆大岡への街道を見張った関所跡◆

先日の雪で上田小県地域も久々の積雪となったが、僅か数センチだった。

この程度の雪ならば麻績村への侵攻を再開しても良かろうと思い、修那羅峠を越えて進軍開始。

中信濃といえども麻績村は標高が高いので、峠を越えた先は雪の積もり方が違っていたわけである(汗)

DSCN6589.jpg

今回、麻績城の西を守る支城「高城(こうじょう)」攻めの軍を起こし、旧更級郡大岡村(現在は長野市)へ向けて県道12号線を北上する。

県道は除雪してあるのだが、次第に残雪が深くなっていく。

登城口へ通じる脇道は四駆でないと無理なので、県道脇に馬を捨て徒歩で高集落へ向かう。

「この積雪では攻城も難儀しそうじゃのう……」

DSCN6588.jpg

攻め口を発見したが、宮坂武男氏によれば途中で道が消えているらしい。
しかもこの雪、斜面では結構深い。

DSCN6590.jpg
カモシカの足跡とクーさんらしき足跡が残る登城口。

「ええい、今回は撤収じゃー! 雪の斜面で比高200mは遭難沙汰じゃー!」

いつもの事である・・・(笑)

仕方が無いので、近くにある番所跡を襲撃する事にした(爆)

DSCN6596.jpg

≪高村番所≫

この番所は江戸時代に入ってからのものであり、大岡口の関所は古くから桑関にあったという。(この場所から更に街道を1km西側)

物見場所としては視界も悪く道路したの窪地のような場所であるが、高城に偵察兵を置き大手口であるこの場所に番兵を常駐させれば、大岡方面からの敵への備えは充分であろう。

DSCN6595.jpg
ひっそり佇む番所跡の標柱。右側が往時の街道だった。

今回攻城戦を断念した高城は麻績城主の服部氏の一族であった高村氏の築城とされるが、定かでは無い。武田氏に降った青柳氏の統治時代は、大岡口を抑える要衝として重視され、その後の天正壬午の乱では上杉vs小笠原の争奪戦でやはり重要視されて改修を重ねた城だという。

DSCN6604.jpg
高城遠景。(標高1148.5m) さて再戦はいつになるやら?

DSCN6603.jpg
関所のあった桑関集落から大岡口方面を臨む。

≪高村番所≫ (こうむらばんしょ)

標高:930.0m
場所:東筑摩郡麻績村日向
攻城日:2012年1月7日 
お勧め度:★☆☆☆☆☆
見どころ:
参考文献:「図解山城探訪 第五集 松塩筑史料編 宮坂武男著」


スポンサーサイト

Posted on 2012/01/07 Sat. 16:06 [edit]

CM: 6
TB: 0

« 連合艦隊司令長官 山本五十六  |  戦艦 三笠① »

コメント

今年もよろしくお願いします。

白くて寒そうな景色はもうお腹一杯。
先日は会社の構内で遭難の危機を感じました。。。
春が待ち遠しいです。

WILL #- | URL | 2012/01/08 11:15 * edit *

Re: WILLさんへ

こちらこそ宜しくお願いします。

本場北国の豪雪に比べれば、この辺りは穏やかですよね。
会社で行方不明にならないようにご自愛くださいませ(笑)

らんまる #- | URL | 2012/01/08 14:37 * edit *

高城は険しそうですなあ

11月末、大岡城からの帰路、麓を通りましたがきつそうな山ですなあ。
まして、積雪があり、クーさんらしき足跡があったなら1人での攻城はヤバイですなあ。
数人で攻めないと、ここはダメでしょう。
捜索隊が出ますぜ。
攻城を断念した腹いせに他の城(ではないが・・)を攻略、謙信公が関東でもやってましたわ。小生など日常茶飯事ですけど。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/01/08 18:39 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

師匠、やはり謙信公同様で雪には勝てませんねぇー(笑)

1月、2月は南信濃へ攻め込むしか無いようですわ・・(汗)
といっても移動距離を考えると倍以上になるので落とせる城も限られますネ。
数年前に毎週のように越後へ攻め込んでいた事を考えれば楽勝なんでしょうが、年齢を重ねる度に運転するのがだんだんと面倒臭くなっております。

「どこでもドア」の開発実用化を心より願っている横着者です…(爆)

らんまる #- | URL | 2012/01/08 19:25 * edit *

陣地に注目ですね

武蔵様に教えていただいた本に
上杉さんVS小笠原さん
の陣地合戦が麻績地方で繰り広げられた
ことを知って興味心身です。
注目していなかった地域ですが
戦国後期の陣地の遺構がたくさんありそうですね。
小笠原貞慶さんは短期間で勢力を盛り返したので
あまり注目されていませんが
名将だったのかもしれませんね。

丸馬出 #- | URL | 2012/05/31 08:30 * edit *

Re:丸馬出様

麻績や筑北には埋もれた遺跡があるのかもしれませんネ。
民衆にとっては戦のことなど早く忘れたい思いのが強く、言い伝えすら残らなかったのだろうと思われます。

らんまる #- | URL | 2012/06/01 07:16 * edit *
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/235-a6266e6f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top