らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0318

長尾城(上田市)  

◆尾引城の詰め城か?◆

雨がようやくあがったばかりであるが、攻城の軍を起こす。

「掲載すると言った以上、約束は守らなければなるまい…」 このことである(笑)

しかし、尾引城もガスっている(汗)。そしてその先の比高250mに位置するであろう長尾城は全く見えない(爆)

「こりゃーヘタこけば遭難するかもしれんのーーーーーーーー」

こうしてWEBサイト初登場となる長尾城の攻城戦が切って落とされたのである。

長尾城

尾引城の尾根北側にある副郭(三の郭)を越えて稜線を更に奥に進むと登城口がある。

しかしこの先には目印などなく、尾根伝いに登るしかない。しかも残雪だらけだ。

悪戦苦闘しながら15分ほど登ると、なだらかな稜線となる。

長尾城 (4)

ガスってて周囲は見えないし、雪の上の獣の足跡もカモシカ以外のものが交じってるし、この先大丈夫だろうか?

ここまで来たら引き返すのもアホらしいのでとにかく進むしかない。

更に15分、急斜面と遭遇し最後の難関を突破するとようやく城域に到達する。

長尾城 (6)
一部をかさ上げしている本郭。

まあ、晴れていたとしてもこの雑木林じゃ視界もどうなんでしょうネ。

それよりも霧の間から何かが襲って来そうで恐かった・・・・(冷汗)

長尾城縄張図 ②
最近は縄張図の作成にも慣れてきたゾ。


でもね、堀切を見るとホッとするのです(笑)

こんな山の上で土木作業が行われた訳ですから、さぞかし辛かった事でしょう。

長尾城 (7)
上巾9mぐらいでしょうか。立派な堀切です。

長尾城 (10)
堀底から本郭を見上げると、結構な高さです。


本郭と二の郭を合わせても50m×13m程度の広さしかないので、ふだんは物見か烽火台であり緊急時の逃込み城だったと考えられる。


長尾城 (13)
巾3mの堀切㋑。その先は平地があり、大手口は信綱寺だったと推定される。


大手側に二本の堀切を敷設し、最終の二の郭の背後を太めの堀切で穿つ。オーソドックスな縄張で防禦を強化したとは思えない。横尾氏時代のままで終わったようだ。

長尾城 (17)
32×13本郭。

長尾城 (18)
二の郭との間に堀切を入れて郭を分割している。


宮坂武男氏の「図解山城探訪 第三集上田小県編」の解説によれば、この城は最近発見されたものだと云う。

この地を治めていた横尾丹波守吉信の書を近世になって書写した青木家所蔵の「長亨日記」によると、武田と争っていた村上国顕が砥石城の支城として打越城、長尾城、本城(内小屋館?尾引城?)の三城を新たに普請させ、打越と長尾の二城は埴科郡と佐久小県の諸子に交代で在番を命じたとあるようだ。(本城は横尾の居館とした)

宮坂氏はこの文書の内容については検証が必要としてるが、地元ではこの場所を長尾と呼び江戸時代の古地図にも城跡の記載がある事から城があったとしてもおかしくはないだろうと述べている。


長尾城 (22)

長尾城 (25)
かなり埋もれているが、南側の斜面に竪掘りとなって削られているのが分かる。


この長尾城からは、裏手になる松尾古城を除けば周辺の城の全てが網羅出来る。
(残念ながら現在では雑木林で良くみえないのだが)

真田氏の支配下時代も重要な場所として機能していたと推測される。

調査を終えた後は、霧の恐怖から逃げるように退却したのは言うまでも無い・・・(笑)

一歩間違えれば遭難騒ぎでしたぁー(汗)

まあー晴れた日に登るのがお勧めですネ!!(ってか当然でしょう・・)


≪長尾城≫ (ながおじょう)

標高:940m 比高250m  
築城年代:不明
築城・居住者:横尾氏、真田氏
場所:上田市真田町横尾鳥沢頭
攻城日:2012年3月18日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:35分
見どころ:郭、堀切
その他:近くには尾引城、打越城、内小屋館跡、信綱寺がありセットでお勧めだ。
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」

洗馬城 (15)
洗馬城から尾引城、長尾城を臨む(2008年4月撮影)




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Posted on 2012/03/18 Sun. 17:40 [edit]

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コメント

ビョーキだ!

信綱寺の裏山に城があったのは知ってましたが、ここですか。
よくもまあ、こんな悪天候に。
確かに霧の山に1人、残雪あり、雪の上には足跡・・・
こりゃ、怖いですわ。
あの辺の、クーさんは冬眠中でしょうか?

古い感じの城ですね。
本当の詰めの城、コンパクトなもんですね。
戦国前期の城なんでしょうね。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/03/18 20:21 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

師匠、先進医療でも治らないのが山城症候群らしいです(笑)
唯一の治療法は対ショック療法で、どうしても登りたい城跡ベスト3に登ると延命効果があるようですが・・。

「霧の摩周湖」ならロマンチックですが、「ガスにまみれた長尾城」では、忘れ得ぬ昭和の演歌ベスト10にも入れませんわ!(爆)

やはり初物はそれなりのリスクを伴わないと、戦国時代の緊張感が伝わらないものなのだと確信したのであります(爆)

コメントありがとうございます。

らんまる #- | URL | 2012/03/18 22:37 * edit *

らんまるさん お邪魔します。

 私が遠江の城で、Tシャツ1枚になっているころ、らんまるさんは雪と
霧の中を重装備で登っていらしたんですね・・・

 完全なるお城中毒・・・

 その病はかなり重度で、もはや治癒は見込めませんね・・・

 うらやましい限りです。

 さて、長尾城は訪問したいと思いつつパスしていた城です。

 らんまるさんのレポートで遺構の様子が伝わり、大変嬉しく
拝見しました。

 今後のレポートを楽しみにさせていただきます。

 

武蔵の五遁 #- | URL | 2012/03/20 22:03 * edit *

Re: 武蔵の五遁さんへ

武蔵の五遁様、ご来城ありがとうございます。

小生は生島足島神社の起請文を見てしまった以上、彼らの行く末を見届けなければなりません。

佐久に覇を唱え、戦国武将に登りつめた依田信蕃が武田時代に城将として籠った駿河田中城はどうしても見たい城であり、大変羨ましく思っております。

春日の三沢小屋も最近の調査では違う場所である事が判明し訂正の為の軍を早急に起こさなければなりません(笑)

信濃の山城の事ならコイツの記事を参考にしろ・・・

そう云われるように精進したいと思うこの頃です…(汗)

コメントありがとうございます。 

らんまる #- | URL | 2012/03/20 22:40 * edit *

春日の三沢小屋

らんまるさん しつこく申し訳ありません。

 私は何気に依田信蕃のファンでもあります。
 春日あたりは徘徊しましたよ!

 三沢小屋に対する新たな事実が発覚したのですね!

 御出陣の際は、旗持ちなどさせていただきますので、是非とも
御声かけを!

武蔵の五遁 #- | URL | 2012/03/20 22:47 * edit *

Re: 武蔵の五遁さんへ

いえいえ、連コメ大歓迎でございますw

貴殿もファンでしたか。
信濃で戦国大名に駆け上がったのは真田氏と依田信蕃ぐらいですからねぇ~。

北条の大軍を翻弄した春日にある小倉城ですが、以前に間違った場所に行ってしまい掲載してしまいましたが、場所がようやく判明しました。
ゲリラ戦を展開した要害、是非この目で確かめたいと思っておりまする・・(笑)

らんまる #- | URL | 2012/03/21 07:23 * edit *
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