らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0320

尾引城(上田市)  

◆真田から善光寺平への松代街道を押さえた城◆

久々の晴れ間となり湯の丸高原へ向かう途中にある鷲尾城を攻めに行くが、本日お彼岸なのであった。

山麓の墓地から直登するつもりが、お墓参りの行列に遭遇しヒンシュクを買いそうだったの中止。しからば別ルートをと思い奈良原の別荘地からの侵入を試みるが、完全に私有地であり住居不法侵入となるので撤収…(笑)

仕方がないので祢津支城(東御市滋野原口山)→城っ平城(真田町大日方)→日向の館→上野屋敷の館を制圧する。ここまで来たなら松尾城~遠見番所も攻めれば良いのだが、明日仕事にならなくなるので捨て置く・・(爆)


今回ご紹介するのは、「霧の尾引城」(攻城戦は4年ぶり二度目でございます)

尾引城縄張図 ②


話は逸れてしまうのですが最近縄張図を描いて手思うのは、尾根に築かれた山城って、どうも戦艦のイメージに似てるような・・・・。

尾引城の場合は、主艦橋の前面を十数段の段郭で武装しているし、3の郭は後部艦橋で魚雷発射管(堀切)がある。

軽巡洋艦並みの武装だ・・・・(やっぱビョーキか! 笑)

尾引城② (10)

横尾集落からの比高は約80mなので平山城の部類である。

大手筋は横尾神社と思われるが、幾層にも重ねた段々畑腰曲輪は圧巻である。
(後世に作られた耕作地も交ざっているようだが・・・・)

尾引城② (25)


主郭は秋葉社の造成に伴い改変されているが、北隅の社の部分には二段の土塁が確認出来る。

尾引城② (11)
中央の盛土は後世のものだと思われる。

尾引城② (3)
拝殿の造作に伴い石垣があるが、往時は土塁だった。

主郭の背後は高さ10m以上ある三重の堀切。

いつ見ても痺れるゾ!(笑)

尾引城② (12)

尾引城② (17)
㋐の堀底から主郭を見上げる。


尾引城② (27)


尾引城② (32)
堀切㋒はかなり埋もれてしまっている。

三重堀切の後は20×10程度の二の郭が続き、その先は一重の堀切。

尾引城② (23)
南側から見た二の郭、その先に本郭。

尾引城② (13)
二の郭の堀切。


ここで城域が終わるような気配だが、その先の尾根に120m切岸を付けて三の郭が現れる。

尾引城② (28)
三の郭に続く尾根。切岸にしているのが分かる。


城の名が示す通り、尾根に加工度の高い防禦処理を行って背後からの侵入者に備えている。

三重堀切、切岸処理、三の郭の砦化は、真田時代による改修の跡であろう。

尾引城②
尾根が一段高くなり三の郭が出現する。

尾引城② (5)
三の郭内部。背後を土塁で迫り上げている。

尾引城② (19)
土塁の背後は堀切。

この先しばらく切岸が続き、長尾城への分岐となる。


真田幸隆は、横尾地域を支配することで善光寺平へ抜ける地蔵峠までを手にした。

弘治二年(1556)武田晴信より尼巌城の攻略を催促された幸隆は、真田より地蔵峠を越えて進軍し東条氏の籠る尼巌城を落城させ晴信の期待に応えその信任をますます厚くしたのだ。
(海津城の普請はその四年後)


とまあ固い話はここまでにして(笑)、この城、桜の季節には是非訪ねて頂きたい隠れた花見の名所であります。

尾引城 (10)

尾引城 (31)
上記2枚の写真は2008年4月28日撮影。

お弁当持って満開の桜を見ながら、古の武士たちを偲ぶ・・・・・なかなか風情があります。


≪尾引城≫ (おびきじょう  横尾城・三日城)

標高:760m 比高80m  
築城年代:不明
築城・居住者:横尾氏、真田氏
場所:上田市真田町横尾
攻城日:2012年3月18日(初回訪問:2008年4月28日) 
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:10分
見どころ:郭、三重堀切、土塁、切岸
その他:真田の山城ネットワークをこの機会に堪能あれ。
参考文献:「探訪信州の古城~城跡と古戦場を歩く~」

尾引城 (4)
本郭からの雄大な景色。


大きな地図で見る


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Posted on 2012/03/20 Tue. 18:12 [edit]

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コメント

かぶとがに!

この城はまるで 天然記念物 かぶとがにだね。
しかし、よく似ている。

ここの売りは、やはり本郭背後の3重堀切ですね。
あそこは感動もんだね。これに尽きます。
あれを見た時は、思わずお尻から感嘆のため息が出ましたわ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/03/20 21:26 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

あっ、師匠の言葉で腑に落ちましたぁー(笑)

そういえば長男がガキの頃に田んぼで捕まえては自慢してましたぁー(爆)
縄張図描きながら、スタートレックの宇宙船??何か違うよなー(汗)

これで胸のつかえがとれました。

produced by sanada としては秀逸な城ですネ。

師匠も桜咲く頃に是非一緒にサボりで行きませんか??(笑)

らんまる #- | URL | 2012/03/20 21:52 * edit *

尾引城と長尾城の間の鞍部は
昔は峠道があったようですが
関所の跡みたいなものはありましたでしょうか。
ご教授していただければ幸いです。

追伸 
らんまるつながりですが
織田氏が信濃を支配した際に
森氏が海津城に入りましたが
先祖が若槻に所領を持っていたからなのでしょうか?
それとも偶然だったのでしょうか?
今となっては神のみぞ知ることですが(笑
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E9%A0%BC%E9%9A%86

丸馬出 #- | URL | 2012/03/22 20:03 * edit *

Re: 丸馬出し殿

仰せの通り、曲尾と横尾と大庭(洗馬)の接する三角地帯は洗馬川と傍陽川の合流地点であり往時の松代古道が尾引城の南側を通っていたとは考えづらいと思います。

尾引城の南尾根は現在でも信綱寺方面への道があり、トレッキングコースでは「北回り」のルートと称しています。桝形に誘導されて横尾の城下町へ続く通路であり、さらに打越城を越えなければ吾妻方面へも砥石方面へも抜けられない事を考えると、尾根の古道には何らかの防禦施設があったのでしょう。

残念ながら現地調査では確認出来ませんでした。
入軽井沢方面の弥六城、猿ヶ城の監視砦が機能していれば、関所など不要だったのかもしれません。

森一族の件ですが、森長可の信濃支配下における圧政と暴挙は許し難いものです。
らんまるの嘆きは海よりも深いのであります。

らんまる #- | URL | 2012/03/22 21:24 * edit *

らんまる様のコメントで気がついたのですが
曲尾氏、横尾氏、洗馬氏は村上氏側の武家だったことと、
旧真田町の神川の西側エリアは
葛尾城の裏側であることから
尾引城、長尾城、打越城城砦郡の戦闘正面は
神川の東側では、(つまりは真田氏)
そう考えると、つじつまが合うような気がしております。
それにしても、砥石城と構造が似てますね。

追伸
旧松代道は金剛寺地域から砥石城の北を通り、
根小屋城のふもとを通り洗馬城あたりで渡河していたようです。
崖を通っているので怖いですが、徒歩なら今でもいけそうです。
崖つながりですが、↓
http://www.avis.ne.jp/~torebi/kaidou.html
http://hyakkaido.travel.coocan.jp/hokkokukaidou5uedatekunosakaki.htm
http://shinshu.fm/MHz/90.97/archives/0000274574.html

丸馬出 #- | URL | 2012/03/23 08:18 * edit *

Re: 丸馬出し殿

情報ありがとうございました。

砥石城を大手から訪問した時に途中で道が分岐します。佐久間象山が通った旧松代街道という説明板がありました。金剛寺集落からの道と合流するようなので、根古屋城のある曲尾集落あたりに関所のようなものがあったのかもしれませんね。

らんまる #- | URL | 2012/03/24 11:46 * edit *

いつもお世話になっております。

太郎山城砦郡や、根小屋城、尾引城、洗馬城と
防備を固めている葛尾城ですが
それと比べると、当時のメイン街道である
室賀峠の防備は以外と薄いような気がしております。
(村上氏にとっては室賀氏の寝返りは
深刻な事態だったことも頷けます)

そう考えると、室賀谷の城にも
見所は多いかもしれませんね
見逃していた場所ですので
折を見て、宮坂先生の資料を拝見しに
図書館へ行ってこようかと(笑

丸馬出 #- | URL | 2012/03/25 09:29 * edit *

Re:丸馬出様

いつもコメントありがとうございます。

室賀峠の防衛ラインですか…。
入口には親族の浦賀氏の城があり、室賀の郷への入り口には跡部城、室賀氏の本城として原畑城・詰め城の笹洞城、峠の監視砦として竹把城(虚空蔵山城)、峠の尾根伝いに三水城、狐落城。
また飯縄山には飯縄山城、西の尾根に黒丸城、その出城として二場城。
子檀嶺岳の入り口には西城、東城がありました。(この二つの城は村上諸城と特徴がよく似ています)

村上方の直轄の城は二つしかありません。浦野氏と室賀氏が寝返れば支えきれないと思われます。

らんまる #- | URL | 2012/03/25 15:26 * edit *
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