らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0324

城っ平城(上田市)  

◆上州からの侵入者を監視した真田郷最北の城館◆

すみません、昨晩からPCの引っ越し作業に追われてまして…(汗)

4年間お世話になったノートPCですが、半年前にバックライトがダウン。

延命治療をしてきましたが、もともと120GBしか容量がなくデータも満杯。外付け買うくらいなら買い替えるか、ということでようやくセブンに格上げ(笑)

koutai1.jpg
攻城戦記の作戦司令室(?) データの引っ越し作業中でございます。


で、今回ご紹介するのは「城っ平城」(じょうっぴらじょう)

この城館は日本城郭体系にも掲載されていないし、古文書や口伝などでもここが城館跡だという事実は発見されていない。

宮坂武男氏の「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編」にのみ記載されている。

宮坂氏曰く、

「神川と和熊川の合流する三角形の台地の上は城平(じょうっぴら)と呼ばれており、和熊川に沿った道は古くから上州妻恋村へ抜ける主要道路で谷奥には夜宿と呼ばれる場所があり、交通及び交易の場になっていたという。このことからすると、和熊川の谷の口元に立地する城平の性格は自ずから分かると云うものである」

城っ平城 (15)
台地の上が居館跡(推定)とされ、左の山は地元では「ホウキ山」と呼ばれている。


小生にとっては神である宮坂氏の推測を全て肯定するのではなく、正確にトレースする事で検証してみたかっただけなのである。


上州の吾妻郡と信濃の真田郷は峠を隔てて隣接しているとはいえ、真田氏の領国経営においては難しい課題だったと思われる。

現在は鳥居峠超えだが、古道は角間峠か和熊川の流れる大日方の沢を越えたのだという。

城っ平城
城っ平と呼ばれる山裾の台地。

角間峠から真田郷への監視としては松尾城・遠見番所があり、麓の城館としては「日向の館」「上野屋敷」で抑えた。

この場所にもそれなりの身分の者を置き街道の監視と吾妻への連絡網としたことは合点のいくところだ。

城っ平城 (14)
現在は畑となっている数段の平削地。

遠見番所からも見ることが出来る位置なので、居館の脇にある山は狼煙火台として使われたのかもしれない。

「ホウキ山」とは山から煙が立ち昇る様子から付いた名前であろう。

城っ平城 (10)

この地に伝わる戦国時代の古文書が発見されるとよいのだが。


≪城っ平城≫ (じょうっぴらじょう)

標高:916m 比高35m  
築城年代:不明
築城・居住者:真田氏?
場所:上田市真田町大日方字城平
攻城日:2012年3月20日 
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:5分
見どころ:郭跡
その他:耕作地なので注意
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」

城っ平城鳥瞰図


大きな地図で見る

パソコンが「おにゅー」になったのは良いのだが、操作に慣れるまでが一苦労だ・・・・(笑)
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Posted on 2012/03/24 Sat. 16:54 [edit]

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コメント

宮坂がかり!

らんまるさん 

 雪中行軍、楽しく拝見しております。

 この城の情報は初めてなので新鮮です。

 居館的な存在でしょうか?

 さて、さて、さて、鳥瞰イメージ図が宮坂先生っぽくなってきましたね!

 今後の鳥瞰イメージ図への期待が大きく膨らんできました!

 次のレポートを楽しみにさせて頂きます!

武蔵の五遁 #- | URL | 2012/03/24 18:44 * edit *

らんまるさま、ご無沙汰です。

そのような場所にも史跡?がありましたか。

文献に無くとも、字名、地名などの名残というのは侮れませんからね。

立地的にも、地形的にも、それなりの説得性を持った館跡と拝見しました。

「神」がそういうのであれば間違いないのでしょうね!

しかしながら、規模が大きそうなので、真田氏の一族の居所だった可能性もあるのでしょうか?

大垂水 #- | URL | 2012/03/24 21:34 * edit *

Re:武蔵の五遁様へ

お見通しでしたか・・(笑)

その昔、ビートルズの複製バンドで公演していたので、複製の才能は中国人以上だと自負しておりますが・・(汗)

神の功績を辿る事で城攻めの奥義を究めようとしておりますが、もはや仙人の領域であり、真田町の猿ヶ城や鬼ヶ城の攻防は死と隣り合わせの恐怖に苛まれ、夢でも魘される有り様ではございます。

まだまだ修行の身なれば、崇拝する神の軌跡を検証したのち、他県へ攻め込み手柄を立てようと思うておりまする(笑)

らんまる #- | URL | 2012/03/24 22:00 * edit *

Re: 大垂水様へ

大垂水様、ご活躍のご様子で何よりです。

嬬恋村や長野原は今も上田市の商圏であることに変わりはありません。
「何で?」と思う輩も多いのですが、高崎や前橋に出るよりは上田に出るのが近いという事もありますが、祖先のDNAの為せるものかもしれません(笑)

望月と並び良質な馬の牧として知られた真田の地であれば、菅平口の手前の大日方に居館があっても不思議は無いのかもしれませんネ。

根子岳や四阿山が真田氏の信仰の山であったので、大日方や日向は真田にとっても特別な意味を持つ重要な地域だったことが推測されます。

コメントありがとうございました。

らんまる #- | URL | 2012/03/24 22:26 * edit *

資料がないのですが

いつもお世話になっております。
R144を走り群馬県に入って最初の
セブンイレブンの駐車場から
北側の川に挟まれた場所に
堀切や整地された郭のような
場所があるのですが
情報ご存じないでしょうか?

なかなか要害の場所で
現地確認ができていないので
自然のいたずらかもしれませんが(笑

丸馬出 #- | URL | 2012/03/25 09:03 * edit *

Re:丸馬出様

毎回コメントありがとうございます。

吾妻線の万座鹿沢口のセブンの事でしょうか??
鳥居峠を越えた吾妻郡には大笹に関所があり、セブンの手前の鎌原には西窪発電所の対面の崖上に鎌原城があります。羽根尾城までの中間には、何らかしら城館があったのかもしれませんね。
現状、上州探索までは手がまわりません…(汗)

らんまる #- | URL | 2012/03/25 15:10 * edit *

いつもお世話になっております。
新しくできた大笹のセブンイレブンです。
上州攻めの機会には宜しくお願いいたします。
なにぶん、資料がまったくないので、確証はないのですが
どうみても城にしか見えないんですよ(笑

追伸
こちらのサイトをみると
吾妻地方は古来より文化圏的には
上田に属するようですね。
http://musha.mobi/index.php?%E6%B5%B7%E9%87%8E%E6%B0%8F%E8%88%88%E4%BA%A1%E5%8F%B2
http://ss-rekishi.seesaa.net/article/170615932.html

丸馬出 #- | URL | 2012/03/25 23:01 * edit *

Re:丸馬出様

小生の会社には正真正銘の真田家家臣を先祖に持つ者がおり、沼田藩家老をしていたようですが取り潰しとなったのち、大笹の関守りをしていたとの事です。
大笹の城代家老だったようなので、詳しく聴いてみる価値はありそうですね。
情報ありがとうございました。

らんまる #- | URL | 2012/03/26 20:41 * edit *

なるほど

すごいですね、身近に武家の方が居るなんて
ところで、例の城っぽい場所ですが場所が
大笹ですので、
昔の街道監視用の砦かもしれないですね
それにしても、削平地が気になるのは
山城愛好家の宿命ですねw

丸馬出 #- | URL | 2012/03/27 19:58 * edit *
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