らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0506

山家城①(松本市 リバイス)  

◆中信濃を代表する要塞城 B区域攻城戦◆

山家城(やまべじょう)の訪問は二度目である。

「山城の調査は、一度や二度では、到底完全期すことは不可能である。何回も訪れ、地名や伝承も頼りに確かめ・・・・・」図解山城探訪の前書きで宮坂武男氏はこう述べている。

遠く足元にも及ばない小生などは一度目で「木を見て森を見ていない」(笑)

さりとて二度目ならば林ぐらいは見れそうと思い、前回の幼稚な記事をリバイスしてみようと思う。

まあ、もう一度攻めないと自分なりに満足の出来る記事にはなりそうも無いが・・・・(汗)

山家城2012 (114)
通常の登山道の脇に恐ろしく長い竪掘が下りてきているので、堀底を登りB地区へ向かう事にした。


山家城の縄張は大きく分けて四つの区域の集合体と見る事が出来そうだ。


山家城見取図 ③
山全体を使い全ての尾根に郭と堀切を配置している「要塞」である。


通常は「一つの城に対して一つのレポート」がモットーなのであるが、これだけの巨大な要塞なので3分割で掲載したいと思います。平にご容赦いただきたい!!(笑)


【B地区調査記】


竪掘㋐は全長50m近い長さを誇る。こんなに堀切を辿るのも初体験だ。

山家城2012 (6)

山家城2012 (8)
尾根の手前部分で一度横堀に近い状態となり、尾根の北側へ落ちている。面白い構造になっている。

山家城2012 (10)
東へ向かう尾根沿いには数段の腰郭が認められる。

B地区の主郭的な郭4に至るまでには更に二条の堀切がある。南側の沢への長さは異常とも思えるが、この沢からの攻撃に備えていたものと推察される。

山家城2012 (12)
堀切㋑(竪掘)上巾11mあろうか。堀は続くよどこまでも~♪

山家城2012 (18)
堀切㋒(竪堀)上巾8m

堀切から四つの段郭を越えてようやく「郭4」へ接続する。

山家城2012 (22)


山家城2012 (26)
通常の登山道は沢から直接「郭4」に接続している。

山家城2012 (25)
二つの連続する土塁を越えた先がC地区との境にある堀切㋜となる。


まあ、これだけの防御がある峰としては第一師団並みの戦力であり、ここだけでも戦闘可能な独立した山城である。(チョッと 何言ってんだかよくわかんない・・・笑)

次回は「C地区攻城戦」の予定。(予定は未定かもしれない??)


≪山家城 B地区≫ (やまべじょう 中入城)

B地区標高:985.0m 比高185m
築城年代:不明
築城・居住者:山辺氏、小笠原氏(?)
場所:松本市大字入山辺字中入
攻城日:2012年5月4日 
お勧め度:★★★★★(満点)
城跡までの所要時間:20分
見どころ:堀切(竪掘)、土塁、郭群
参考文献:「図解山城探訪 第五集 松塩筑史料編 宮坂武男著」











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Posted on 2012/05/06 Sun. 17:51 [edit]

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コメント

一番乗り

コメントの一番乗りということで
このお城は噂どおりのすごい城ですね
守備には師団(6千人から2万人程度の
兵員規模の作戦基本部隊 from Wiki)
であたれば問題ないと思われますが
多くの守備兵がひつようそうですねえ

丸馬出 #- | URL | 2012/05/07 07:33 * edit *

でかすぎる城だねえ

この城もそうですが、埴原、林、桐原、いずれもでかいですね。
とても小笠原さん、それほどの兵力はあるように思えません。
多分、住民の避難所も兼ねていたのでしょうね、
心配で、心配で、尾根という尾根に堀をバンバン造っていったとしか思えないです。
石垣もトレビアンですね。
そう、D地区の木の幹にクーさんのものらしい凄いひっかき傷があったなあ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/05/07 20:24 * edit *

Re:丸馬出様

コメントありがとうございます。

一番槍はいつの時代でも名誉な事でございます(笑)

調査してて思ったのですが、この城は武田時代に相当な改修を受けたものと思われます。
最悪を想定して深志から撤退戦に及ぶ場合、埴原城に籠るか山家城に籠るかを準備したかも知れません。
どちらも甲府から救援に向かうまでの約一カ月は充分持ちこたえられそうです。
特に山家城の場合、背後から敵を受ける可能性は低かったのでしょう。

らんまる #- | URL | 2012/05/07 20:51 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

師匠、こんなデカイ城を一人で回るのは大変でございました(汗)

晴信さんは、中世の権威の象徴である長時の城は割ってしまい、番犬となった折野氏の居城を籠城用に改装したという仮説も立てられそうですね。
特にD地区はクーさんの飼育用(?)に新たに増設したという見方もあります。
そう思うと、西山城に似てるような気もしますね(笑)

らんまる #- | URL | 2012/05/07 21:01 * edit *

山辺谷の山城

こんばんは、信州の山城に登っている赤いRVR@松本と申します。
私の家からは、林大城・小城・桐原城などを見渡すことができ、学校の裏山が林城ということもあり、取りつかれて40年近くなっております。
主郭の石垣を撮っていないところが、マニアですね!
ちなみに、徳運寺西横の墓域から、わかりづらいですが登城路はあります。ところどころ道は崩れていますが、主郭まで行くことはできます。途中、下に広がる城下集落を見下ろすことができます。また、遠く松本市街を望むこともできます

で、貴殿が登ることのできなかった水番城ですが、入山辺地区南方集落から、秋葉神社へ登れば、そこも城域ですので、もし今度来られたら、地元の人に聞いてみれば、簡単に登ることができます。秋葉神社へは、地元で作った登山道がしっかりしていますので。

また、覗かせていただきますので、お見知りおきを。

赤いRVR@松本 #- | URL | 2012/05/07 22:58 * edit *

気がついたのですが

らんまる様の縄張図で気がついたのですが
最初はABC地区のみで武田氏によって
二度の改修を受けたのではないでしょうか。
・一度目の改修、D地区前の5連竪堀
・二度目の改修、D地区の増設
(白山城型の連続竪堀がありますので勝頼さんの時代では)
D地区のすごいところは、秋葉社がある郭が
丸馬出しの機能を持っていて、ABC地区から
5連竪堀に誘導された敵兵を殲滅する思想が感じられるところです。
おそらく、5連竪堀の幅は25m~50m位なのではないでしょうか。
(らんまる様の記事で教えていただいた鉄砲の有効射程距離)

丸馬出 #- | URL | 2012/05/07 23:34 * edit *

Re:赤いRVR@松本様へ

ご来場城ありがとうございます。
また、貴重なアドバイスありがとうございます!!

地元の方でないと知り得ない情報ですね。水番城はどうしても攻めたい城ですので付近の住民の方に道を聞いてチャレンジしてみます(笑)

山家城のA地区はやはり徳運寺の墓地からですか。毎度の事とはいえ墓荒らしのようで気が引けますなあー(爆)
テキトーに書いておりますので、またご指摘やアドバイス等ございましたら遠慮なく書き込んで下さいませ。
ありがとうございました。

らんまる #- | URL | 2012/05/08 07:30 * edit *

Re:丸馬出様

さすがご見識が高い。

城跡の説明板ではD地区が初期の城みたいな書き方をしていましたが、貴殿の仰せの通り五重の堀切を最初に造り、背後に別の郭を増築して複合城としたという見方でしょうね。その手法は大町にある西山城に良く似ていると思われます。

秋葉社から最終堀切の㋗までは約40m。鉄砲での殺傷に充分な射程距離です。五連続の堀切は直線にして約60m程度でしょうか。
それにしても良く計算された縄張という印象ですよね。

らんまる #- | URL | 2012/05/08 07:40 * edit *

なぜかといいますと

らんまる様の縄張図を拝見すると
お城が大きすぎて守れないのではと。
当時の有力大名は主要な城は
城番制になっていて、守備兵は200人位(うろ覚えですw)
にフォーマット化されていたようです。
このくらいの人数で守れる場所となると
D地区を造るしかないかなあと妄想してしまいた。
それと
甲州流の手が入った城によくある本郭背後の
連続竪堀は鉄砲の有効射程距離をとるために
造られているような感じですねえ。
(別の例ですが、松本城の天主付近は
堀幅が鉄砲の射程距離以上になっていそうですが
天主から打ち下ろすので敵には届いてしまうという
攻城兵にはかわいそうな防御思想が感じられます)

丸馬出 #- | URL | 2012/05/08 20:34 * edit *

Re:丸馬出様

丸馬出様、色々とアドバイスありがとうございます。

この城の城主山辺氏(折野氏)は早々と小笠原氏を見限って武田に降っているので従来の兵力は保持出来たのでしょうね。まあ、それにしても五十騎程度の将であれば二百名が動員兵力ってところですか。
武田氏の力を借りて城の改修と増設を行いD地区を常駐場所というのもアリでしょうネ。
攻城ルートとすれば西尾根付近になるだろうと思われ、南側の斜面や南西の尾根はキツイものがあります。
C地区でいったん迎撃し五連続堀切を最終防御ラインとすれば、少数でも何とか持ちこたえられそうです(笑)

らんまる #- | URL | 2012/05/09 07:40 * edit *
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