らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0513

天白城(上田市 リバイス)  

◆岩盤を刳り貫いた見事な大堀切は圧巻◆

猿ヶ城とか鬼ヶ城と呼ばれる城のリバイス記事は恐らく書かないと思う(笑)

時々夢の中にも当時の光景が出てきては意識不明になる・・・(ってか、しっかり寝てます)

で、今回リバイスするのは4年前に攻めた天白城(てんぱくじょう)。

天白城② (51)
城の登城口にあたる北赤井神社。背後の山が天白城。既に緑が萌え過ぎている。


天白城② (1)
北赤井神社奥社。城の入り口を押さえているので郭跡だったと思われる。


今さら何を書くの?と思われそうだが、あの大堀切がもう一度見たかったのである(笑)

天白城は里伝によると、真田信綱がこの地を領するようになって本原の御屋敷とともに築城したとされる。

「長野県町村誌」には「天白城址」として、「‥‥本郭は東西十五間、南北十間四方石塁ありて足溜数段あり。是真田氏の支城にして麓に勝負沢、城満の名あり。城満は城廻りならん」とある。

天白城見取図②
雑過ぎる見取図(笑) 張り出した尾根上に築城されたことはご理解いただけるかと・・・。


天白城② (5)
主郭の壁面と郭2。年中竹藪に覆われているので何が何だか。


そうでなくても狭い主郭は、東と南を土塁で囲まれていてピークでは4mもある。


天白城② (9)
想いっきり迫り上げた土塁。背後の尾根から見えなくする工夫だろうか。


天白城② (14)
高土塁からみた本郭内部。北側と西側には土塁など無い。

この城から沢を挟んだ尾根には真田本城があり、御屋敷は南西500mに位置する。

まさしく御屋敷を防御するために造られた砦であろう。

で、もう一度見たかった「岩盤を刳り貫いた大堀切」

天白城② (15)
上巾8、高さ6m以上を誇る大堀切㋐。(南側より撮影)


天白城② (16)
堀切から本郭を見上げると石積みが周回しているのが確認出来る。


天白城② (18)
北側より撮影した大堀切㋐。これをもう一度拝む為に苦労して攻めてきたのだ(笑)


「堀切がどこまで続いているのか堀を辿ることが大切なんです」

そう、神の教えである。

天白城② (17)
北側の斜面に竪掘となって続き総延長は90m以上になる。


城の南側は傾斜がキツく、岩場も多いので敵が攻めてくる心配は無く堀切も切れている。

北側は十林寺の集落に近く傾斜も緩い。長い竪掘にしたのも納得がいく。


天白城② (20)
北側斜面に下りるとこの堀切が二重堀切であることがお分かりいただけるだろうか。


四年前はこの主郭の背後に更に一本の堀切があり二重堀切だった事に気がつかなかった。

尾根のピーク部分が埋まっていて沢は藪で見落としていたのである(汗)

「真実は堀底にある」このことである‥‥(爆)

天白城② (19)
堀切㋑は堀切㋐との間に盛土を伴い40mほどの竪掘で終わっている。


上田小県周辺の諸城は固い岩盤を刳り貫いた堀切が多い。

500年前に発破作業などあるはずもなく、手作業でこれだけの土木工事をしたのだからその技術も凄いと改めて思うのである。

天白城② (30)
尾根伝いに見た南側の景色。

天白城② (36)
御屋敷は目と鼻の先に見える。火急を告げるのに絶好なロケーションであることが分かる。



さて、東側の段郭に果敢にチャレンジするが、恐ろしい量の矢竹に撃退される・・・(苦笑)

天白城② (40)
郭3。無謀にも侵入を試みるが撤退を余儀なくされる。


天白城② (47)
それでも突入して下側の段郭に突入(笑)何が何だか・・・。


小さな砦であるが、山裾へ向けて段郭を何段にも設置することで麓から見上げた時に重厚感を持たせている。

この手法は近隣の根小屋城、尾引城、洗馬城、そして松尾城にも見られる。

真田ブランドの名に恥じないスパイスの効いた砦である。


≪天白城≫ (てんぱくじょう)

標高:963m 比高:140m
築城年代:不明
築城・居住者:真田氏
場所:上田市真田町本原赤井
攻城日:2012年5月5日 (初回訪問:2008年5月) 
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:20分
見どころ:大堀切、土塁、石積み
その他:真田山城ネットワークを全て訪問してみていただきたい。
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」


天白城② (56)
赤井地区より天白城全景。










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Posted on 2012/05/13 Sun. 17:47 [edit]

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コメント

発破したんかいなあ

あの岩盤堀切、凄いですなあ。
煙の城のも凄いけど。
よくあんな岩、砕こうとおもうもんです。
あの堀切、真田本城からもばっちり見えます。
しかし、あの岩、どうやって崩したんでしょうかね。
楔で崩したんでしょうが、とんでもない手間がかかりそう・・・
やっぱ、発破するのが一番かもねえ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/05/13 19:58 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

以前にTVで見ましたけど、石工の楔の技術は凄いですね。思い通りにピタッと割っていましたよ。
2×4住宅並みの恐るべき「匠の技」が光っているのでしょう。

戦国時代にも「まあ、なんてことでしょう・・・」というビフォーアフターの番組があれば、匠の技術が見れるのでしょうが、今を生きる我々には「なんくるないさ」という祖先の言葉しか聞こえませんね(笑)
凄まじい堀切を見ては拝んでいる愛しき日々ではあります(爆)

らんまる #- | URL | 2012/05/13 21:09 * edit *

横堀が

背後の横堀が面白いですね。
すべての郭は塀で囲んで中を見えないようにして
厳重な構えと見せかけて
背後から攻めるように仕向けたのではないでしょうか。
背後から攻めようとすると、攻め手は横堀に誘い込まれて
例の堀切で身動きが取れなくなってしまい
その瞬間を見計らって、
鉄砲で攻撃というような思想を感じますねえ。
そうだとするとイの二重堀切も効果的ですねえ。

丸馬出 #- | URL | 2012/05/14 19:43 * edit *

Re:丸馬出様

いつもコメントありがとうございます。

この砦を落とすには、北側尾根の真田本城を制圧しないと北斜面に展開しても挟撃される可能性があります。
南斜面からの攻城は物理的に不可能に近いので尾根に回り込む必要があるのですが、かなり目立ちそうです(笑)
二重堀切に壁を施すことで横移動を制御し袋小路にする狙いがあったのではないかと考えています。
尾根筋からの投石も角度的には充分殺傷能力があり、岩盤を砕いた石を転がせば一網打尽も可能かと・・・。
「恐るべき真田のトラップ」そんな感じでしょうか(笑)

らんまる #- | URL | 2012/05/14 20:22 * edit *

このあたりも、たくさんいいところがありますね。
信州では、松本の山辺谷と並んで、双璧でしょうか。

なにしろ、宮坂氏の資料・県の報告書その他をまとめると、
2,000を優に超える城跡が、あるんですよねえ。
もちろん、平城や近世陣屋も含んだ数ですが。

生きている間に、すべて行きたい、と思っているのですが、
まだ590ほど、まだまだ遠い制覇の道です。

ところで、城跡の位置というものは、意外と知られていない。
宮坂氏の本も、誰でもどこでも見られる環境ではないということ。
なにせ発行部数が少ないですから。

インターネットを見ても、様々なサイトを見ても、
詳細な場所はわからない。

そこで私は考えました。
それぞれの城跡の構造・歴史を個人としてすべて知ることは、
やはり難しい。

ならば、せめてその場所に行くよすがを作ることはできないだろうか。
ということで、数年がかりで信濃国内の全城郭位置一覧表を作りました。
そこでの数が2,144ということです。

それらの城を地形図にプロットしたものも作成しました。

でも、実際に行ってみると、新たな発見もあるので、基本的には自分の足で
登ってみないとわからないですね。

それらを含めたものを作って、いずれはサイトを立ち上げるつもりでいますが、
まだ、端緒についたところです。
その折は、お仲間に加えてくださいね。

私も立派なビョーキ持ちですよ。

赤いRVR@松本 #- | URL | 2012/05/15 19:46 * edit *

Re:赤いRVR@松本様へ

いつもコメントありがとうございます。

それだけの知識と攻城数と情熱をお持ちなのですから、どのような方法にしても早く情報発信すべきではないでしょうか。
貴殿が発信することで、潜在している中世城郭のファンがもっと顕在化してくるので大いに刺激になります。
拙い情報発信をしている小生も「もっと頑張らないと・・・」という気持にさせられます。

もう治る見込みの無い重症患者ばかりです(笑)
そこに入ろうという貴殿も希有なお方ですなあー(汗)
今後もよろしゅうお願い申し上げます。

らんまる #- | URL | 2012/05/15 21:48 * edit *

古い資料ですが

ご存知のことかと思われますが
こちらの資料は公開されていますので
安心して閲覧できます。

ご両名には必要ないかと思われますがw
http://rar.nagano.nii.ac.jp/detail/90920110606165235

丸馬出 #- | URL | 2012/05/16 07:28 * edit *

Re:丸馬出様

この資料は知りませなんだ。情報ありがとうございます。

埴科郡以北から長野市周辺の分布図については手元にロクな資料がなく悶々としておりましたがこれで勇気百倍ですわー(ってかアンパンマンかい・・笑)
特に荒砥城周辺は貴重でございますなあ。おおよその場所さえわかれば猪突猛進でございます。
ありがとうございましたあー。

らんまる #- | URL | 2012/05/16 19:30 * edit *

おやくにたてて

そういえば思い出したのですが
このブログを見つけたのは
猿ケ城を探していたときでした。

猿ケ城さまさまですw

丸馬出 #- | URL | 2012/05/17 12:30 * edit *

Re:丸馬出様

そうでしたか、猿ヶ城でしたか。
道なき沢を直登して辿り着いたまでは良かったのですが、最先端の郭は岩盤が脆く登れば転落していたでしょうね(汗)
当時の写真と記憶を思い起こすと戦慄を覚えますが・・・(笑)

らんまる #- | URL | 2012/05/17 20:12 * edit *
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