らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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湯の入神社砦(長野市)  

◆二ツ柳城はこの城のコピーだったという夏目氏の城跡◆

タイトルだけ見ればWEB初公開のように見えるが、夏目城という城名で掲載されている事が多い。

実はこの砦、近年になってその存在が明らかになったので「長野県中世城郭(1983年)」には掲載されていない。

小生も二ツ柳城の記事を掲載したときには、付近の砦としてこの砦跡を夏目城と書いてしまったが、伝承は無いので「湯の入神社砦」とした。

湯の入神社砦 (9)

長野縣町村誌における石川村の古跡には「石川城」と「茶臼の砦(信玄の本陣)」「石室」しか記載がない。

長野郷土史研究会機関誌「長野 第97号」の掲載記事を頼りにとりあえず訪問してみることにした。

湯の入神社砦 (1)
例の如く歩くのも面倒なので車で神社の社殿脇に突入する(笑)

他愛の無い神社である。

が、広い。(35×45)  神社には土俵がつきものである。

「ここが砦なのかなあー?、おや東が盛り上がり郭になっている??」

湯の入神社砦 (2)
東側に位置する本郭。二の郭から5m程度の高さがある。


湯の入神社砦 (4)
郭の東の縁を土塁で迫り上げているのが分かる。広さは21×12程度。

湯の入神社砦 (3)
郭には「皇太宮」と「天満宮」が並ぶ。

神社仏閣の造詣は浅いのだが、この風景どこかで見た記憶がある。

「二ツ柳神社だ‥…」

社殿の裏へは東斜面から続いたと思われる堀切跡がある。

湯の入神社砦 (11)
東の林道脇に残る堀切の痕跡。

かなり改変されているが、南北朝時代の様式を残す古城である。

立地条件も二ツ柳城とよく似ていて、遺構はこちらの方が良く残っている。

湯の入神社砦縄張図② 001

応永七年(1400)、足利義満の腹心として信濃の守護に返り咲いた小笠原長秀の圧政に反発した信濃国人衆は、村上頼信の呼びかけに応じ大文字一揆と呼応し川中島に布陣して小笠原軍と対峙する。(大塔合戦)

もっとも、一揆軍800騎を加えた信濃国人衆の包囲兵力は3100騎にも及び、対する小笠原守護軍は800騎であり、さすがの長秀も野戦は不利と悟り塩崎城での籠城戦に持ち込む為に退却を開始するが、更科郡四宮で村上・海野の国人衆の猛攻を受ける。

塩崎城を目指して撤退していた守護軍は分断され敗走。
小笠原長秀は何とか塩崎城に逃げ込んだが、配下の坂西長国ら300騎は大塔の古要害に籠城したという。

湯の入神社砦 (15)
「しろの裏」と呼ばれる神社の北側の平削地。ある程度の人数は収容出来る。

さて、彼らの籠った大塔の古要害(大塔城)とは何処にあったのか??

今もって解明されていない謎の城郭である。

「古要害」とは当時は廃城となった城館を示しているのだが、三つ柳にあった平地の城館(現在は消滅して何の痕跡も無い)という説もあるが、これだけの人数(300名)を収容し短期間で平地で籠城戦が出来るまで改修するには無理がある。

さりとて丘に突き出した場所にある二ツ柳城でも収容出来るのは100名が限界であろう。

湯の入神社砦 (19)

この場所も確かに夏目氏の築城と云われているが、南北朝の争乱以降は捨て置かれた可能性がある。

二ツ柳城とは距離も近いので、残り200名が逃げ込んだと見ても良いのではないだろうか?

埋もれた堀を掘り返して、柵を立てればある程度の防御は確保出来る縄張りである。

湯の入神社砦 (24)
北側より見る郭3と天然(?)の空堀。

二つ柳城と湯の入神社砦に籠城した守護軍は食糧も尽き馬を殺して食べて生き延び31日間に及ぶ籠城を続けるが、塩崎城に籠る小笠原長秀からの後詰もなく突撃して全滅したという。

湯の入神社砦 (21)
西側から見る郭3。草茫々で調査出来る状態では無い(笑)


あくまでも推論であり、守護軍がここに籠ったという確証は無い。

しかし、二つ柳城よりは広く防御性も高いので、この城館跡であればある程度持ちこたえる事が出来たのかもしれない。

湯の入神社砦 (29)

南北朝の争乱より、信濃の国人は南朝方そして足利直義に同調し味方する者が多く、足利幕府としては懐柔策として代々信濃守護を務めた小笠原氏の再登用を実行したようだが、虎の威を借る長秀と彼を派遣した中央集権に対する地方の凄まじい反乱は幕府の想像を超えていた。

まあ、その後室町幕府は京へ逃げ帰った長秀を罷免し信濃を直轄地として、反抗を繰り返す村上氏や高梨氏を攻め降す。本来であれば村上氏は滅亡したはずなのだが、本家を廃して分家が系統を継ぐという裏工作が成功して家系図を操作している。戦国時代の村上義清は支流の系統である。

湯の入神社砦 (20)
郭3の入り口にある石の祠。凄惨な大塔合戦を知っているのかもしれない。

有名な横田城も、もしかしたら意外と違う場所にあるのかもしれませんネ(笑)


≪湯の入神社砦≫ (ゆのいりじんじゃとりで 石川の古い城)

標高:405m(神社) 比高:30m
築城年代:不明
築城・居住者:夏目氏?
場所:長野市篠ノ井下石川
攻城日:2012年6月17日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:10分
見どころ:堀切、土塁、郭
その他:二ツ柳城もセットで。
参考文献:長野郷土史研究会機関誌長野、信州の古城

湯の入神社砦 (33)
湯の入神社砦遠景。



















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Posted on 2012/06/21 Thu. 22:42 [edit]

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コメント

難しい

個人的にですが
このおしろと、二ツ柳城は
縄張りの解読が難しくて
苦手なお城なんですが、
らんまる様の図をもってしても
なんとなくすっきりしません、
薄学で申し訳ありません(汗

ところで、ふもとのお寺はなんとなく
居館跡のにおいがいたしますね~

丸馬出 #- | URL | 2012/06/24 13:43 * edit *

懐かしいねえ

一体、何年前に行ったか忘れましたけど、城の要素はあるけど、城とも思えないような物件ですね。南北朝の城なんでしょうかね。
南北朝の城って、常陸国にもかなりあるけど、意外としっかりしている城もあるし・・
大塔の古城の候補地の1つかもしれませんね。

しかし、長秀親父は今もいそうないやな奴ですね。
俺の会社に、似た親父がいました。部下に嫌われていてさあ。
そいつの顔を見ると長秀親父を連想してさあ。
部下が5寸釘打ったらさあ、本当にそいつ死んじまったんよ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/06/24 20:11 * edit *

Re:丸馬出様へ

縄張図で高低差を読み取るのは至難の業です。

麓の鳥居から社殿まではかなりの急坂ですね。籠城軍が急遽竪掘を穿ち左右への動きを止めようとしたのも理に叶っているような気がします。
「柵をこしらえ、堀を築き・・・」というのは背後から攻められる事を想定外としていたようなフシを感じます。
塩崎城からの背後の山伝いの後詰を期待していたのに、援軍無しと決まれば打って出るしか道はありません。
水の手を切られた可能性もあると思います。

らんまる #- | URL | 2012/06/24 21:23 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

義満公の威を借るなんとやらですかねえ~(笑)

国人衆の領土を勝手にかっぱらったら怒り心頭ですよね。
小笠原さん、復活した貞慶さんも含めて好きになれませんね。

さしたる武功も無く、義満さんのご機嫌伺いのようなハエ男。
「そんな奴は熨斗貼り付けて都へ追放してやる!!」
信濃国人衆が正義だったとおもいます(爆)

ほほう、現代にもそのような奇特なかたがいらっしゃいましたか。
丑三つ参りとは、古風な呪いでございます。
「人を呪わば穴二つ・・・」
災い無き事を祈っております・・・(汗)

らんまる #- | URL | 2012/06/24 22:05 * edit *

堀切

「あ」と「う」の堀切と3の郭を増築して
神社裏の低地と堀切「い」(自然地形?)は元からあった
と考えると、納得できました。
実戦を経験していそうな点を考慮すると
二ツ柳城よりは「大塔の古要害」の可能性は高い
かもしれませんね~。
それと、篭城した兵の気持ちを考えると
長秀さんには玉砕覚悟で後詰してほしかったですねえ。

何より3の郭のがいいです、
神社と3の郭の間の広さがあれば
300騎が篭城できそうな様子が伺えますねえ。

丸馬出 #- | URL | 2012/06/25 08:00 * edit *

Re:丸馬出様へ

いつもコメントありがとうございます。

村上・高梨連合軍が篠ノ井四宮で夜襲を仕掛けたとすれば、本来の目的地である塩崎城へ逃げ込むか、場所的に近い湯の入神社砦に入るかの選択だったのではないでしょうか。
収容しきれない兵が二ツ柳神社へ逃れたのかもしれませんネ。

四倍の兵力に対して籠城戦を選択したのは賢明なのかもしれませんが、食糧の補給すらままならない敵地で幕府の援軍でも期待したのでしょうか。南信濃から駆り出された兵士の壮絶な最期が哀れでなりません(涙)

らんまる #- | URL | 2012/06/25 20:28 * edit *
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