らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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飯山城(飯山市)  

◆謙信公が縄張りした平山城◆

すっかり御無沙汰してしまいました。
年賀状に使う写真を今年訪問した山城の中から選んでたら、あまりの多さに閉口!(笑)

今回は飯山城をご紹介しましょう。

飯山城 (7)
廃藩置県で民間に払い下げられた長屋門でしたが、平成5年に飯山城跡に移転復元されました

~信濃と越後の国境の防衛最前線~

この地方の豪族泉氏の居館があった場所へ1564年に上杉謙信が新たに縄張りをして築いたのが飯山城。
千曲川沿いの丘陵を利用した平山城で連郭式の構造。

武田信玄の侵攻に対抗し信濃への前線基地として上杉氏が度重なる改修を行う。

飯山城 (15)
本丸の石垣

江戸時代になると皆川、堀、佐久間、松平、永井、青山と藩主が入れ替わり、1717年に糸魚川より本多氏が入ると明治維新まで本多氏10代の居城となった

飯山城 (25)
三の丸はお花畑の公園で市民の憩いの場となっています

本丸の西側の土塁はかなりの傾斜と高さがあり、堀もかなりの深さがあります

飯山城 (27)

上杉謙信=軍神のイメージが強く、築城とは縁が無い様に思いますが堅固な城も作れた事は意外な発見でしたヨ。

飯山城 (22)
家臣団の屋敷跡。現在は飯山小学校。

戦国時代に直接戦火に遇う事は無かったのですが、明治維新の時に江戸城の無血開城に反対した旧幕府陸軍の一部が「衝鋒隊(しょうほうたい)」を結成し新潟から飯山に攻め入ります。
結局は飯山藩、松代藩、中野藩などの維新政府側の連合軍に敗北するのですが、その時に衝鋒隊の攻撃により飯山の町が焼かれました。

いつの時代も戦争の最大の被害者は何の罪もない民間人。

飯山城 (20)
5月の連休には毎年花祭りが開催されます

攻城日:2009年5月3日
お勧め度:★★★
所要時間:30分程度
みどころ:石垣、長屋門、土塁、空堀
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Posted on 2009/12/23 Wed. 17:10 [edit]

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