らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0723

桑原宿(善光寺西街道 千曲市 桑原)  

◆無人墓地に眠る石見国の弥七の墓◆

桑原宿は北国街道脇往還(善光寺道)の宿場として江戸時代初めのころより明治時代まで利用され、猿ヶ馬場峠の宿場として、また松代藩の他領への出入口として重視されていたという。

桑原宿 (21)
稲荷山宿から猿ヶ馬場峠に向かう途中に桑原宿の道標がある。


千曲市の観光課HPによる桑原宿の説明は以下の通りである。

【善光寺街道 桑原宿】

北国西往還(善光寺街)の麻績宿から善光寺平に来た旅人の最初の宿場町であった。現在も国道403号線が集落の中心を通っているが、道路両側の街並みには当時の名残がかすかに感じられる。

善光寺街道沿い、松本方面の最後の宿場町として、松代藩公認の宿場町であった。なお松代藩は幕末まで稲荷山宿を認めていなかった。それは稲荷山は藩領でなかったためである。

村内の「佐野薬師」は桑原宿の発展とともに、大いに栄えた。かつては(稲荷山が発展する前)縁日には近在の人々がたくさん集まった。今でこそ小さな社であるが、薬師への導入路は街道筋のすぐ近くにあり、石の階段(千曲市一長い石段)、仁王門と往事の姿が忍ばれる建物が現在も残っている。

桑原宿 (2)
佐野薬師。竜王城と佐野城へ通じる道の途中にある。


桑原宿 (8)
佐野薬師から見た猿ヶ馬場峠方面。往時の善光寺街道は403号線よりもかなり西側を通る最短ルートであった。


江戸時代の稲荷山宿は上田藩領であり桑原宿は松代藩領であった。
転封されたとはいえ、松代藩の真田氏が上田藩を毛嫌いして桑原宿に本陣を構えるというのが笑える。
もっとも武田氏の家来だった真田氏が大嫌いな稲荷山宿の住民は、桑原宿など相手にしていなかったのかもしれない(笑)

桑原宿 (17)
桑原宿のメインストリート。

桑原宿 (14)
在りし日の桑原宿本陣(旧柳沢家)。現在は小公園となり写真と説明板が残る。


戦国時代には上杉VS武田、武田氏滅亡後は小笠原VS上杉の陣取り合戦に翻弄された桑原地区であるが、江戸時代には猿ヶ馬場峠の麓の宿場町として栄えた。

現在も蔵元として商売を続けている和田家は、信濃の御家人の末裔であり、江戸時代には松代藩より醸造業として名字帯刀を許された豪商である。
幕末から明治にかけて和田家の当主は、佐久間象山、東郷平八郎、有栖川宮熾仁親王と親交が深かったといい、銀行の創設や小学校の建設など文化教育の発展に寄与したという。

桑原宿2 (18)

現在「長野銘醸」という蔵元で、代表するお酒(日本酒)は「姨捨正宗」である。

日本酒好きの小生にはたまらない名酒である(笑)

会社の庭先には「善光寺名所図会」(天保十四年刊)で紹介されている七曲の松がある。

桑原宿2 (19)


さて、長野銘醸の和田家を過ぎ南へ向かうとすぐに国道403号線との分岐点になる。細い脇道を入ると開眼寺があり、この寺の横道が往時の善光寺西街道である。

桑原宿2 (4)

ホントはこの道を辿り猿ヶ馬場峠へ行って見たかったのだが、カンカン照りの天気で熱中症になり行き倒れになりそうだったので次回へ持ち越した・・・・(汗)

桑原宿2 (7)
つづら折りの坂道が猿ヶ馬場峠へ続くという。


「チョッとだけ旅人になろうか・・・」 いつもの悪いクセである(笑)


坂道を登る。杉林の手前に新しそうな看板を見つけた。

桑原宿2 (9)

説明板によれば文政十一年に善光寺参りで行き倒れとなり亡くなった石見国(現在の鳥取県)の旅人「弥七」の墓だという。

最短距離でも石見銀山の隣町から信濃善光寺までは片道約760km、グーグル地図による歩行時間予定でも寝ずにぶっ通しで歩いたとしても一週間以上である。

「弥七さん、故郷には帰れなんだか・・・・・」(合掌)

何を背負って善光寺参りに来たかは知る由も無いが、遠く離れた桑原の地で無くなり地元の方々と開眼寺の和尚に懇ろに葬られたと云う。


桑原宿2 (10)
手向ける花の絶える事の無い弥七の墓。


何故かひたすらその無念の想いにかられて合掌した。

善光寺にはお参り出来たのだろうか?阿弥陀如来は彼を救ってくれたのだろうか??

心優しき桑原地区の人々の心遣いが身に沁みたひと時でした。


桑原宿2 (11)
墓地から見た善光寺平方面の風景。


≪桑原宿≫ (くわはらしゅく)

標高:436m
街道:北国西脇往還(善光寺街道)
場所:千曲市桑原
攻城日:2012年7月16日
お勧め度:★★★☆☆
周辺の城跡:佐野城、竜王城
見どころ:本陣跡、和田家、開眼寺、佐野薬師、弥七の墓など
その他:

桑原宿
主要史跡見取図。(国土地理院1/25000地図参照)










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Posted on 2012/07/23 Mon. 21:54 [edit]

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