らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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麻績宿(善光寺西街道 東筑摩郡 麻績村)  

◆猿ヶ馬場峠の南山麓にある宿場町◆

麻績宿は慶長十九年(1614)に松本藩主小笠原秀政の伝馬定書により藩内の他の宿場とともに制定されたとある。

麻績宿 (20)
麻績宿南口の石碑。

古くからこの地方は信州における交通の要衝の地であり、松本方面からは伊深から刈谷原峠を越え会田へ入り立峠を越え青柳を経て麻績に至る道があり、麻績からは大岡口を越え大岡から信更方面、または猿ヶ馬場峠越えで川中島へ向かう道、東へは修那羅峠越えで小県へ向かうルートがある。

まさに信州のスクランブル交差点であったのだ。

麻績宿 (25)
麻績宿南より青柳宿のある南方面。(青柳城の麓が青柳宿である)


【木曾義仲伝承】

信州の何処でも義仲伝説は存在する。

治承四年(1180)以仁王から平家討伐の令旨が下り、その後木曾義仲は横田河原(篠ノ井)で越後の城四郎長茂との合戦に備えこの地に陣を構えたと伝えられている。
当時、麻績御厨は御院領だった。「信濃城主得替記」には「麻績左衛門佐正方は木曾義仲に攻められ落城」とあり、義仲初陣の地とも云われている。

法善寺から聖峠へ向かう途中に「木曾殿城跡(未調査)」があるという。

虚空蔵山城(麻績古城) (51)
法善寺。この寺の北の峰には麻績古城(虚空蔵山城)があり、北の聖峠に向かう途中には木曾殿城があるという。


麻績宿見取図
(国土地理院1:25000地図引用)


【宿場の規模と概要】

東西六町三十五間(約710m)で両脇を鍵の手に曲げ、用水は西沢川を分水して道の中央に通している。

問屋は当初一軒であったが、のちに上問屋と下問屋の二軒になる。

本陣は一軒のみで決まった場所ではなく交替で勤めたと云い、脇本陣の定めは無かった。

文政二年には旅籠屋は二十九軒あり、他に木賃宿もあったという。


麻績宿 (2)
交替で本陣となった臼井家。


麻績宿 (21)
現在の麻績宿の街並み。


麻績宿 (4)
「更科紀行」(松尾芭蕉)の記念碑も道路脇になるが、説明板は色褪せ錆びて読むのがやっとこだ(笑)


麻績宿 (18)
宿場東側の入口。


【入鉄砲と出女~番所の役割】

どこの宿場町にも番所があり物資の藩外流出と旅人の出入りを監視した。特に「入鉄砲と出女」と云われたように女の通行には厳しく、麻績村誌にも次のように記録がある。

「善光寺の参詣ノ女等ハ番人ノ入手形ヲ松本町奉行所ヘ指出シ麻績口ノ通リ手形ヲ取ル。帰リニハ右番人ノ入手形ニテ町奉行所裏判ヲ取リテ帰リ出ルナリ」

麻績宿 (14)
番所跡に残る碑。


【戦国乱世の舞台となった麻績周辺】

天文二十一年(1552)武田晴信(信玄)が信濃府中から侵攻し、隣接する青柳城の青柳氏を降す。この地方を支配していた麻績城の服部氏は上杉氏を頼り越後へ逃れた。

武田晴信は法善寺に高札を掲げ麻績の領有を宣言し、上杉vs武田の攻防戦が始まる。

麻績宿 (8)

天正十年(1582)に武田氏が滅亡すると、上杉景勝の後ろ盾により服部氏は麻績領を回復する。
信濃府中では徳川氏の後ろ盾で旧領に入った小笠原貞慶が、上杉方の会田岩下氏を滅ぼし筑北地方を巡る小笠原vs上杉の戦いが始まる(天正壬午の乱)

怒涛の勢いで旧領を回復していく小笠原貞慶の前に、青柳氏と麻績服部氏はその軍門に降るのだが、それを知った上杉景勝は激怒し自ら軍勢を率いて猿ヶ馬場峠を越え、麻績城を攻め落とし服部清正を捉えて更埴の八幡で磔の刑とし服部氏は滅亡する。

麻績宿 (15)
服部清正が葬られたと云う供養塔のある海善寺。

力無き小豪族の無念の思いは、信濃各地で繰り返されたのでる。


麻績城跡 (17)
麻績城(麻績新城)より見た麻績集落。


≪麻績宿≫ (おみしゅく)

標高:622m
街道:北国西脇往還(善光寺街道)
場所:東筑摩郡麻績村
攻城日:2012年7月16日
お勧め度:★★★☆☆
周辺の城跡:麻績古城(虚空蔵山城)、麻績城(新城)、青柳城、高城
見どころ:本陣跡、番所跡、法善寺、海善寺など
その他:街並みは比較的良く残っています







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Posted on 2012/08/04 Sat. 10:50 [edit]

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コメント

渋いねえ

山間のジジ、ババばかりが目立つ地ですが、渋いですねえ。
どことなく、懐かしい昔の日本の田舎の風景が残っている感じです。
ここも高速道路が通って、生き返った感じもします。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/08/07 19:39 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

大岡村、生坂村、そして麻績・筑北村は小生の大好きな信州の風景を残す場所でございます。

畑で熱中症寸前のお爺さん、乳母車を汗だくになって押す行き倒れ寸前のお婆さん、それにはお構いなしの青々とした田園風景・・・古き良き昭和にタイムスリップした感覚を覚えますが・・・(汗)
おそらく百年後には廃墟ツアーの候補地かと。

そうならないように願うばかりですネ。

らんまる #- | URL | 2012/08/07 20:45 * edit *
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