らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0822

北国街道 上田~屋代編①  

◆北国街道最大の難所だった下塩尻・鼠宿を歩いてみた◆

思うに田舎の人間ほど「歩く」という基本から遠ざかっていると思う。

たった500m先のコンビニに行くのでさえ車に乗って行くのである・・・(笑)

「これではイカン」

思いつきで北国街道を歩いて見る事にした。が、しかしこの猛暑である。行き倒れ覚悟である(っか おバカ!)

今回は周辺の城跡紹介も含めて「おバカ珍道中」を連載しよう。

北国街道 下塩尻~鼠宿周辺図

西上田駅から屋代までは約18kmの道のり。

国道18号線を渡り、旧北国街道の下塩尻の街並みを歩く。

北国街道① (2)
下塩尻には土蔵が一部残り、往時の名残を見る事が出来る。

険しい虚空蔵山の西側の支脈が千曲川へ断崖となって続く東側の山麓の集落が塩尻集落である。

江戸時代に北国街道が整備されるまで、現在の上田市と坂城町は完全に遮断されており、それ以前は千曲川対岸の室賀峠を越える古道だけがこの地域を繋ぐ通路であったという。

北国街道① (5)
元禄年間(1688)に創業し現在も続く蔵元の「沓掛酒造」


戦国時代に坂木(現在の坂城町)を本拠地として信濃に覇を唱えた村上氏は、隣接する上田盆地の支配の為に虚空蔵山から峰続きの太郎山、東太郎山の山系に夥しい砦群を巡らせている。

村上連珠砦群である。(和合城~砥石城まで15の砦群)

「攻城戦記」でもご紹介しているが、下塩尻地区だけでもそのうちの5箇所の砦がある。(ルート図参照)

物見城・和合城燕城(つばくろじょう)、ケムリノ城、高津屋城。


村上氏の本拠地に隣接する城郭群の中でも、特に和合城、物見城、ケムリの城は戦国末期まで改修され続けた見応え充分の砦であり、必見の価値がある。

おっと、街道案内でそう熱く語っても仕方ないか・・・(汗)

北国街道① (4)
国道18号線にある沓掛酒造の店舗。杉玉が酒屋さんの定番で、この蔵元を代表する日本酒は「福無量」です。


北国街道① (7)
民家の庭先には道祖神の双体地蔵がある(最近制作されたものだと思うが、立派である)

下塩尻から、和合城へ登城するルートも存在するが道が途中で消滅しているので避けたほうが無難だと思う。(小生はここから物見城へ攻め上がったが途中で岩場続きとなり閉口したが‥‥)

北国街道① (8)

さて、北国街道最大の難所といえば「碓氷峠」を思い浮かべる方も多いと思うが、実は「岩鼻」(いわばな)と呼ばれる下塩尻と鼠宿(ねずみしゅく)の間と、その先の「横吹峠」(よこふきとうげ)と呼ばれる場所だったのである。

特に「岩鼻越え」は、加賀藩の参勤交代でも最大の難所と云われていて、この場所を無事通過した事をその都度本国に早馬で知らせていたと云うから、その難易度の高さはお分かり頂けるかと思います。

北国街道① (9)
歩道から見上げた岩鼻の岸壁。


最近まではロッククライミングの名所だったようですが、危険すぎるのでご法度になったようです。

加賀百万石の前田さんもビビったのは頷けるような気がする・・・(笑)

北国街道① (10)
千曲川の河川敷が迫る坂城との境界線付近の国道18号線。往時は河川が氾濫すれば足止めされてしまったという。


難所を越えて鼠宿へ入る。(ただ歩いて通過しただけだが・・・汗)


北国街道① (11)
現在は往時の街並みこそ無いが、風情は残っている。


鼠宿(ねずみじゅく)は、松代藩が設営した私宿であり、幕府公認の宿場町としては上田宿と坂木宿の中間に位置した間宿(あいのじゅく)だったという。

もちろん、「ねずみ」とは「寝ず見」であると思われ、寝ずに通行を見張ったという語源から来ているのであろう。

松代藩と上田藩の境界だったこの宿は関所並みの監視体制が敷かれ、物流は勿論、通行人にも厳しい場所であったらしい。それでもかなりの賑わいがあったというから、旅人には好かれたのかも知れない。

北国街道① (13)


宿場跡の南には会地早雄神社(おおちはやおじんじゃ)があり、万葉の句碑や芭蕉の句碑がある。

北国街道① (15)
この橋を乗り越えると苦難も乗り越えられると云う・・・(嘘です  ってか凄い造りですw)

北国街道① (16)
盆踊りの飾り付けで賑やかだった神社の境内。


歩いてみなければ見えない風景がある。

往時の旅人が何を思いそして何処へ行くのかは知る由も無いが、山と川に囲まれた信州に見た風景はどうであったのだろうか。

次回は坂木宿を経由して戸倉までをご案内出来ればと思う。

≪北国街道 下塩尻~鼠宿≫ 

標高:-
街道:北国街道
場所:上田市下塩尻~埴科郡坂城町南条鼠
攻城日:2012年8月13日
所要時間:約20分
周辺の城跡:記事参照
見どころ:-








スポンサーサイト

Posted on 2012/08/22 Wed. 21:26 [edit]

CM: 4
TB: 0

« 北国街道 上田~屋代編②  |  中城 (上田市生田飯沼) »

コメント

地図見ると催すぜ

その節はお世話になりました。
地図には美味そうな城が並んでいますなあ。
いくつかはご馳走になりましたけど、食べ残したのも3つ星でしょうね。

下の道、車で通ったことしかありませんが、じっくり見ると、見どころがけっこう有りますねえ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/08/22 22:04 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

師匠、山城で悶絶死するなら本望ですが、平地の道端で行き倒れは住民の方々の迷惑と思い走破しました(笑)

物見城は村上連珠砦群の中でも和合城、飯縄城と並び秀逸の城跡でございます。
三つ星レストランへのご予約はお早目が良かろうかと・・・
お尻からの溜息の出過ぎになること間違いなしと存じます・・・・(爆)

らんまる #- | URL | 2012/08/22 22:22 * edit *

オススメデス

切通しは行かれなかったのですね、
むかし行ったことがあるのですが
道は一応ありましたので
切通しはおススメデスよ。

丸馬出 #- | URL | 2012/08/25 07:09 * edit *

Re:丸馬出様へ

情報ありがとうございました。

汗だくになって街道を歩くより、蜘蛛の巣と藪にまみれた山の中を彷徨うのが似合っているのだと思っております(笑)

らんまる #- | URL | 2012/08/26 10:04 * edit *
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/338-42db8a40
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top