らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0503

根知城(糸魚川市)  

◆信濃の武将「村上義清」終焉の地◆

4ヶ月もサボってしまいました(笑)
まあ、冬の間は山にも登れずに冬眠していたということで・・・。

歴史小説では、あまり評判の良くない村上義清ですが、当時信濃に覇を唱えて武田晴信(信玄)と死闘を演じたのは事実ですし、個人的には興味を引く武将です。

で、今回は「故郷に返り咲く夢」を叶えられずに生涯を終えた根知城を訪問してきました。

nti01.jpg

1551年、砥石城が真田幸隆の謀略により奪取され家臣団も次々と武田に降伏していく中で彼は上杉謙信を頼り越後に落ち延びます。(この時50才)

北信濃の一大勢力であった村上家の没落は、結果として上杉VS武田の川中島合戦を引き起こす導火線になりました。

nti06.jpg
↑殿屋敷ではなく、恐らく伝屋敷(屋敷があったと伝えられている場所)が正解と思われる?

客将として彼を庇護した上杉謙信は、村上義清の嫡男である国清に山浦姓を与え上杉家の家臣団に加えます。

さすがは謙信、これで北信濃に侵攻してくる狼藉者信玄を迎え撃つ大義名分が成立しました。

nti02.jpg
↑本郭近くにある大堀切。間から雨飾山が見えるというのがお洒落です

村上義清は、春日山城の支城で糸魚川の根小屋にある根知城主に任命され、北信濃より侵攻する武田を抑えます。

1561年の第四次川中島合戦では、上杉軍として武田信玄と戦い、弟の武田信繁を討ち取ったとされています。

nti04.jpg
↑本郭は狭いが、見晴らしは最高。

謙信による本領回復を願いながら、1573年根知城にてその波乱に満ちた生涯を閉じました。享年73才。

nti03.jpg
↑遠くに日本海を臨む壮大なロケーション

根知城から彼の本拠地だった坂城町葛尾城までの距離は約100㎞。

23年間という時間を費やしても、その距離を埋める事は出来なかった。

城跡に立つと彼の望郷の念が聞こえるようだ・・・

nti05.jpg
根知城全景 葛尾城もそうだが彼は険しい山城が好きなようだ

場所:新潟県糸魚川市根小屋
攻城日:2010年5月2日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:井戸跡、堀切、本郭からのパノラマビュー
時間:ふもとから40分程度。道は整備されているが険しくてキツイ


スポンサーサイト

Posted on 2010/05/03 Mon. 10:38 [edit]

CM: 0
TB: 0

« 笹洞城(上田市)  |  小太郎の左腕 »

コメント
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/34-23e93d67
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top