らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0911

中塔城② (松本市梓川 リベンジ)  

◆尾根の連結部分での殲滅計画 B地区編◆

一城一記事をモットーとしているが、規模のデカイ城になるとご覧頂く皆さまの縦スクロールの不便さを理由として分割している・・・。

ってか、一回ではまとめられない不器用さの言い訳である・・・(笑)

中塔城区画

中塔城を築いたとされる二木氏は信濃守護の小笠原氏の重臣としてこの地を治めていたと云う。

当初は一時的な逃げ込み城だったようだが、長期的な籠城戦にも耐えられるように長い年月をかけて改修を続けたと思われる。

我々の攻め込んだA地区の連結部分は、塹壕を俵窪に落ちる竪掘りの堀底に誘導し、崖上の郭から狙い撃ち出来るように工夫している。

中塔城B地区

北尾根と南尾根が連結するB地区は段郭と竪掘の組合せを効果的に配置することで、主郭群のあるC地区への最後の砦としての機能が強化されている。

中塔城 (39)

尾根に六ヶ所余りの段郭を築き、南側の塹壕を登る攻城兵を側面から攻撃できる仕組みにしている。

中塔城 (42)
尾根に続く段郭。

居住区であるC地区への入口は23×9の郭が立ち塞がる。

中塔城 (50)
23×9の郭。恐らく郭には櫓が建ち、塹壕を登る敵兵を狙い撃ちしたのであろうか。


疲労困憊した体に気合を入れて突入したC地区で我々が見たのは・・・・。

次回、「長時さんのユウツ」へ続くのである・・・(笑)

(って、今回はこれだけかい!!)


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Posted on 2012/09/11 Tue. 21:40 [edit]

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コメント

最高です!中塔城。。。。

わたしが経験した山城でも、もっとも厳しい山でしたねーー

うも殿も言われていますが、得体の知れない山塊に突入して行くのは、めずらしく恐怖感と孤独感に襲われました。


今回は、未知の尾根筋を制覇されたようで。
こちらが大手の可能性もありますね。

あとは、C地区から一気に下る「搦め手」。
わたしが行った時は、登山道らしきものはなかったのですが、地形図に掲載されていますので、確かな道はあったのでしょうね。

そちらにも遺構があるかも知れませんねv-8

大垂水 #- | URL | 2012/09/11 23:14 * edit *

Re:大垂水様へ

コメントありがとうございます。

貴殿やウモ殿、シゲル殿の偉業が無ければ小生も後に続こうなどとは思わなかったでしょう。
難業苦行を越えてこそ見えるものがそこには確かにありました。
「道に迷う事は道を知る事」
居住区を備えた山城としては、恐らく全国でもベスト3に入る標高だと思います。

搦め手方面もチョッと覗いてみましたが、藪に覆われ生還出来るような道とは思えませんでした…(汗)

らんまる #- | URL | 2012/09/12 07:11 * edit *
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