らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

1110

王滝城 (木曽郡王滝村崩越)  

◆戦禍に巻き込まれた数奇な運命の山城は、山深き湖岸に眠る◆

故あって、白馬村の飯田城の掲載は延期して二年越しの王滝城をアップしようと思う。

木曾編の第一号の城は、Web上でも初公開となる希有な城であるが、その経歴は数奇な運命に翻弄されている。

王滝城 (1)牧尾ダムから臨む王滝城。

ネタに尽きて、とうとう南木曽まで攻め入ったか?と思われるかもしれないが、仕事上のお取引先のお客様が王滝村にいらっしゃるので、年一度この時期に通っているのである。

さすがに遠い。同じ長野県とは思えない・・(笑)

昨年も攻めてみたのだが、御岳湖の水位が高過ぎて城跡が水没状態だったので断念。

今年は雨も少なかったので再チャレンジして、ようやく80%は何とか見れそうなので訪問してみた。

王滝城 (6)対岸から見た王滝城。

王滝城は王滝川の崩越(くずれごし)集落の河岸段丘上の北を城域としていたが、昭和36年(1961)に牧尾ダムが完成すると御岳湖により水没してしまい、水位が下がった時に現れる幻の城である。

明治の終わりに城跡から対岸の鞍馬(あんば)まで吊り橋が掛けられたようで水面からの高さは30mあったというから、深い渓谷の要害の地だったらしい。

王滝城見取図①
国土地理院25000分の1の地図を基に作成。

城跡は崩越集落の「木曾牧尾ふるさとの家」(現在は休業)のテニスコートの北側で御岳湖に突き出た場所だという。

テニスコートや自然遊歩道(現在は藪だらけ)の造成で城域の北側に何があったのは見る影もないが、湖底に沈んでいたB(下の城)は綺麗に残っている。

王滝城 (15)広大な下の城。

王滝城 (20)西側方面。この先の湖底には対岸へ張り出す段郭があり、その先に鞍馬橋が掛けられたという。

王滝城 (16)隣接する郭A。一段高い位置にある。


長野県町村誌には「崩越の古城」として「人家の北にあり、昔木曾左京大夫義元、飛騨軍を拒む要害の遺址なり。今此地畑になり、号して下夕の城と伝。側の小高き所に林あり、此所に源氏の守神八幡宮の小祠を祀る、年月不詳」とある。

王滝城 (41)郭A。往時はここに祠があったが集落の地蔵堂に移された。

「木曾惣図」によると「義昌古城」とあるようで、永正元年(1504)七月に飛騨の三木重頼は兵数百で木曾に侵入、義元の武将上野肥後の守る上島砦を攻め落とす。義元は急を聞いて王滝城で迎撃したが態勢の整わないうちに攻撃されて落城し敗走中に傷死する。

王滝城 (11)背後の崩越集落と見張り砦(?)

弘治元年(1555)武田軍が木曾へ侵入し、義元の孫の義康は大滝城に、その子義高は福島城を守った。武田軍は二手に分かれて両城に迫る。この時末川から間道を入った一隊は黒沢の和田砦を抜いて王滝城に向かったが、和をもって木曾氏は武田に降った。

王滝城 (17)下の城背後の断崖。テニスコートやグランド跡地も郭だった可能性があるが、そうすると城域はかなりの広さがあったと思われる。

霊峰御嶽山の麓で、こんな山奥の小村が幾度かの戦禍に巻き込まれたとは俄かには信じ難い。

しかも武田軍が攻めて来たのだ・・・各個撃破とはいえ、信玄公の執念恐るべしである。

王滝城 (47)遊歩道跡には石垣の虎口があった(笑)


和田砦 (9)牧尾ダムの脇にある和田砦。武田軍により落城。


さて、木曾の紅葉祭りは如何でしたでしょうか?(えっ、違うの・・笑)

数奇な運命を辿った山城が湖底に眠るとは驚きでしたネ。水位がもっと下がれば全容が明らかになるのでしょうが、謎のままでもいいのかなあーなんて思ってます。


≪王滝城≫ (おうたきじょう 御岳城、崩越城、下の城、鞍馬城) 

標高:870m 比高-
築城年代:不明
築城・居住者:木曾氏
場所:木曽郡王滝村崩越
攻城日:2012年11月?日 
見どころ:広大な郭
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:-
注意:増水時には見れません。
付近の見どころ:和田砦
参考文献:「図解山城探訪 第二集 木曾史料編 宮坂武男著」


王滝城 (48)対岸から見た王滝城。湖に浮かぶ空母のようだ。




スポンサーサイト

Posted on 2012/11/10 Sat. 16:04 [edit]

CM: 4
TB: 0

« 飯田城 (南安曇郡白馬村神城飯田)  |  佐野城 (北安曇郡白馬村神城佐野) »

コメント

おめでとうございます!

らんまるさん お邪魔します。

 ついに王滝城に到達されましたね! 素晴らしい!

 すべての城をネット配信しきるまでお互い頑張りましょう!

武蔵の五遁 #- | URL | 2012/11/11 11:09 * edit *

Re:武蔵の五遁様へ

五遁さん、ご祝辞ありがとうございます。

こんな鄙びた村に攻め入る三木も武田も凄いのですが、その城を見に行くヤツの気が知れません(笑)

木曽路も希有な城や砦がたくさんあるようですが、制覇するのはまだまだ先になりそうですネ・・(汗)
お互い気力と体力が続く限り頑張りましょう!!

らんまる #- | URL | 2012/11/11 11:35 * edit *

湖に消えた城

平坦部だけ水面上に残るのは不思議な光景です。
昔は谷底から見て、山の上に平坦地があったんでしょう。
しかし、こんな山奥にも戦国時代があったんですね。

写真を見て、福島県の檜原湖湖岸にあった檜原城の麓の館を思い出しました。
磐梯山の爆発で谷がせき止められ館も水没。
湖水の中に消えて行く土塁が不思議でした。

あおれんじゃあ #- | URL | 2012/11/12 20:08 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

10年ほど王滝村には通ってますが、霊峰と言われる晴天の御嶽山を見れたのは僅か3回だけ。いつも分厚い雲に隠れています。それでも晴天の御嶽山を拝められるのは果報者じゃーと地元の方に叱られます(笑)

湖底に沈む幻の城を二年越しのラブコールで見れたのも御嶽山のご利益かしら・・・(笑)
「木曾を全て山の中である」
島崎藤村の破戒に出てくる一節を毎年この時期に思いだします。

開発の為に壊されるくらいなら、水没して永遠の謎になるのも良いかと。
でも、城の場所の言い伝えが途絶えるのはヤバイですネ・・・(笑)

らんまる #- | URL | 2012/11/12 22:14 * edit *
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/380-80f3e646
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top