らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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御岳山城(長和町)  

◆朽ち果てた社が物語る栄枯盛衰◆

中世の城郭を探訪すると、ほとんどの城跡では秋葉社または御嶽社の碑があります。

皆さんの地元でも「城山」と呼ばれる地籍は中世の古城の跡です。

御岳(みたけ)山城は、長窪古町の西の山沿いに走る長門バイパスの西側、不動沢川に左岸に位置する。不動沢口の北側には堀の内と呼ばれる一画があり、城主の居館跡と思われるが、はっきりしたことは分からない(『図解 山城探訪』)。鎌倉時代にこの一帯に勢力を持っていた有坂氏、和田氏、あるいは依田氏が城主とも推定されるが確証は無い(『新編 長門町誌』)。
城址には御岳社が残っているが、これは養和元年(1181)依田為重という人物が山麓に城を築いた際に勧請したという(『御岳社由緒書』)。
※以上の注釈は城と古戦場より

mitake001.jpg

城の登り口が不明なので、墓地裏から直登すること20分。
正直言ってこの城跡は不気味で、観察もろくにせず下山。

mitake006.jpg

霊感が強いので危険の知らせがありました。

この付近の大門街道には主要な城が多いのですが、利用価値の低い山城だったのかもしれません。

mitake009.jpg

甲冑を着て登るなんて、昔の武人は相当な体力があったのでしょうネ。
登り始めて5分もしないうちにバテる自分はやはり体力不足の現代人です(笑)

場所:小県郡長和町古町不動沢
攻城日:2010年5月16日
お勧め度:★★☆☆☆
見どころ:土塁、堀切、朽ち果てた社
時間:20分の直登は傾斜もあるのでかなりキツイ


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Posted on 2010/06/28 Mon. 07:28 [edit]

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コメント

はじめまして
わたしもこの城に行ったことがあります。
霊的に危険な場所でしたか?
どのような感じだったでしょうか?
確かに荒れ果てていましたね。

まもる #- | URL | 2010/07/09 21:24 * edit *

Re: まもるさんへ

コメントありがとうございます。
霊感は強いほうでは無いのですが、70箇所以上訪れた城跡で「ヤバイ」と感じたのは岩村城(岐阜県)、大峰城(長野市)と御岳城、埴原城(松本市)です。
岩村城は、訪問した時の写真に何か写り込んでしまい、翌日会社の事務所が水没するという有様。
この城も直感としてそう感じたのですが、思いすごしかもしれませんね(笑)

らんまる #- | URL | 2010/07/09 22:08 * edit *

らんまる様。
そうでしたか…。
大峰城、御岳城、埴原城などは、実際の戦いが無かったとも思えますが、霊がいるのでしょうか?
やはり城跡に訪れるのは注意・敬意が必要とお考えですか?

まもる #- | URL | 2010/07/14 23:43 * edit *

Re: まもるさんへ

ご存知の通り城跡の登り口には必ず神社や寺院、小さな祠などがあります。登る前や登った跡は必ずお礼を告げるようにしています。
大峰城は隣りに火葬場、御岳城は麓に墓地、埴原城は寺院の裏山。これからも訪れる城跡や史跡には敬意を表す事が大切だと思ってます。

らんまる #- | URL | 2010/07/15 07:38 * edit *
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