らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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千見城③ (大町市美麻千見)  

◆小笠原と上杉が固執した仁科口の真相とは?◆

さて、撮影した千見城C地区の記憶が風化しないうちに記事をまとめてみようと思う(汗)

千見城見取図①

B地区からC地区へは「図解山城探訪」の宮坂氏の縄張図によれば道が付いているのである。

我々は恐る恐るB地区の郭3から獣道のような道を辿ってみた。

この道が正しいのか誰も分からない・・(笑)

案の定、途中で不安になり、ていぴす殿を斥候として北東の尾根に登らせる(申し訳無いがこの場合、年齢の若い奴が犠牲になる軍律なのだ)

千見城C地区

間もなく本隊はC地区に到達したことを確認する。斥候は無駄だったのだ・・・(爆)

千見城 (81)西尾根の堀切㋘。

縄張図を見ても分かるのだが、この地区は連絡用あるいは物資補給用の郭だったらしく防御構築はかなり緩い。

A地区への侵入は東側の岩壁が障害になり無理であり、B地区への移動もかなり制限される。

仲場(語源は帳場が転じたらしい)に監視の城への侵入者の番兵を置いたらしいので、城の水の手を守る出城だったと想定される。

千見城 (83)尾根上の細長い郭。

【城主・城歴】

水内群と安曇郡の境目に接する千見城は仁科口への備えとして、従属していた村上氏の命により小川庄を治めていた大日向氏の本城「布留山城」の支城として築かれたという。

天文二十一年(1552)、安曇野郡へ侵入した武田軍の飯富昌景(山県昌景)の攻撃を受け、城将の大日向長辰は激戦の上討死し、千見城は落城したという。

千見城 (84)C地区先端の郭(18×9)

城跡に立つ麻績村教育委員会の説明板によれば、弘治元年(1555)に武田晴信が千見城を乗っ取った功により大日向主税助に感状を出しているという。(大日向文書)

つまり、一度落城した千見城は武田方に敵対する勢力により奪還されているのである。

大日向氏の同族による内紛とみて良いような気がする。

その辺の経緯は、大日向氏の出自にまで遡る必要があり、一族の血生臭い葛藤は小川村の諸城を調べてみないと何とも言えないのでここでは割愛する。

最終的に大日向氏は武田氏に恭順したのは事実であり、主税助が手土産として千見城を差し出したのである。

千見城 (85)堀切㋙からみた先端の郭。

●天正十年(1582)、武田氏滅亡後は上杉景勝の領地になる。

●天正十一年四月二十四日、景勝は大日向佐渡守に武備を固めさせる。

●天正十二年(1584)、府中を回復した小笠原貞慶は仁科衆に命じて千見城を攻め落とし沢渡盛忠、渋田見源助らに城番を命じている。
同年四月、上杉景勝が攻め入り千見城を奪還し、須田信正が城番となる。その後、小笠原軍の仁科衆の攻撃を受けるが、小田切左馬助が死守する。

●天正十三年(1585)、小笠原貞慶再度攻めてこれを奪取。翌年六月に二木盛正に城の普請を命じている。

千見城 (87)堀切㋙


まあね、普通だったらここら辺で抗争を諦めるのですが、景勝さんと貞義さんは仁義無き戦いが好きだったようで、天正十八年九月に景勝さんの部下は突如として千見城(安曇郡)、青柳城(筑摩郡)、大城(生坂村)を急襲し占拠するという暴挙に出た(汗)

秀吉の惣無事令に反したという事で北条氏が七月に滅ぼされたのに、この暴挙はある意味凄い(笑)

秀吉さんも景勝のヤンチャぶりには手を焼いたのでしょう。

結局火事場泥棒の景勝さんは、兵の引き上げを命じられて退散止む無し(爆)

貞慶さんと景勝さんが執念を燃やし続けた千見城。

あと二回ぐらいは現地を調べないと真相は藪の中のような気がします・・・(汗)

千見城攻略図


≪千見城≫ (せんみじょう) 

標高:835m 比高240m
築城年代:不明
築城・居住者:大日向氏
場所:大町市美麻千見
攻城日:2012年10月20日 
見どころ:高土塁、堀切、郭群
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:60分
注意:A地区背後の岩場は転落注意。
付近の見どころ:
参考文献:「図解山城探訪 第六集 安曇史料編 宮坂武男著」「武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望 平山優著」





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Posted on 2012/12/04 Tue. 22:43 [edit]

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