らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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掻揚城 (松本市保福寺町)  

◆保福寺街道を見張った砦◆

掻揚城は「かきあげじょう」と読む。

小生の好物である「天ぷらの掻き揚げ」とは全く関係が無い(笑)

往時は簡単な造りの砦を「掻揚げ」と称していて、それが城の名前になっただけのようである。

保福寺番所 (3)保福寺番所跡からみた全景。尾根の先端部分が掻揚城。

場所は前回ご紹介した荒神尾城から東へ3kmの位置で、保福寺町(ほふくじまち)の南側の突き出した尾根の先端にある。

ここから峠を越え小県郡青木村の入奈良本へ通じるこの道は通称「保福寺街道」と呼ばれ、往時の重要な往還であった。町には明治維新まで番所が置かれ松本藩と上田藩を往来する人と物流を監視していたという。

番所が置かれる前の戦国時代、筑摩郡における小笠原領の最北端で小県郡や会田領と隣接するこの地域がいかに重要だったかは、周辺に展開する城砦群が証明している。

単純な造りの城だが、街道の監視砦として戦国末期まで使われたと思われる。

掻揚城見取図①
単郭に竪掘、段々郭の単純な縄張りだが、見張り砦としては充分である。

金山沢を挟み、ここから南西900mの尾根にある「猿ごや」(標高1095m 比高335m 掻揚城の詰城か?)を攻め落とした帰りに、掻揚城を落とすべく同迷軍の「ていぴす殿」にアテンドいただいた。

登り口は大手だったと思われる北東の麓(道路脇の墓地の裏手)を直登するか、東斜面を落ちる長大な竪掘㋐または㋑を辿る。大手斜面を直登し堀切を下るというのが無駄なく調査出来るコースだと思う。

掻揚城 (2)結構急な斜面をよじ登る。

掻揚城 (12)無数の段郭(帯郭)が斜面を刻む。

掻揚城 (16)主郭手前の一番大きな帯郭。北東の尾根には総数で15段程度あるようだ。


単なる物見と思いきや、驚いた事に主郭周囲は石積み!!

掻揚城 (20)

貞慶さん時代の改修であろうか。

かなり崩れてしまっているが、戦国末期まで使われた事を示す証しだ。

掻揚城 (26)25×12の郭1(背後の土塁から撮影)

掻揚城 (22)主郭背後の高土塁(巾5m)

掻揚城 (24)土塁も石積みなのだ。凄い。

掻揚城 (34)主郭西側の石積み。

恐らく石積みは郭1を全周していたと思われる。

現在残っている石積みが崩落してしまうのも時間の問題かもしれない。

いや、500年の時を耐えて往時の姿を我々に伝えてくれているのだ。現在の姿をキッチリと目に焼き付けておくべきであろう。

掻揚城 (27)主郭背後の堀切㋐(上巾5m)東斜面を長大な竪掘りとなって下りている。

掻揚城 (37)郭2として見取図に記しているが、防御のかけらも無いので単なる通路か?

掻揚城 (39)堀切㋑。やはり東斜面へ向けて長大な竪掘りとして下る。

掻揚城 (44)西斜面に対しての堀切㋒。あんまり意味無いと思うが。


お手軽な砦・・・という名前の割にはしっかりした作りである。
さすがに籠城など無理だが、適当に敵を引き付けて時間稼ぎぐらいは出来そうだ。

三本の堀切で終わっても良さそうなのだが、搦め手の南尾根を約50m進むと長大な竪掘り㋓が出現し、連続して西斜面を遮断する竪掘り㋔が出現する。

掻揚城 (51)堀切㋓

掻揚城 (55)東斜面をカーブしながら長大な竪掘となっているのがお分かりだろうか?

掻揚城 (58)西斜面を下る竪掘㋔。


当初は単郭の物見砦⇒帯郭を斜面に増設⇒堀切2本増設⇒郭の周囲を石積みで強化し堀切を竪掘として山麓へ延長。更に搦め手へ堀切2本増設。

こんな拡張工事をしていったのだろうか・・(?)

掻揚城 (62)尾根から見た詰城の「猿ごや」

掻揚城 (63)ていぴす殿が本郭で発見した石臼の破片。

残念ながら城跡は雑木林が生い茂り、景色は良くない。

掻揚城は1503年に小笠原大膳太夫長棟が築き、その後番所も設営されて小笠原家より代々在番が置かれたという。小笠原家の客将だった太田弥助(太田氏の詳細は荒神尾城②を参照)がこの地を領有すると、太田氏の居館のある苅谷原より在番が派遣されたという。
武田軍により太田氏が滅亡すると武田氏も在番を置き、その後武田滅亡後は深志に返り咲いた貞慶が在番を引き続き置いたという。

番所の手入れと共に城の整備改修も行われたのであろうか。

掻揚城 (68)二本の巨大な竪掘が並行して斜面を下る景観は圧巻である。

長大な二本の竪掘は、防御施設であるとともに兵士や物資の補給路を兼ねていたように思える。

保福寺峠を越えて街道から見える往時の掻揚城は、石垣で囲まれた郭を持ち、長大な竪掘三本斜面に這わせ、無数の階段状の帯郭を持ち存在感は抜群だったと思われる。

≪掻揚城≫ (かきあげじょう 掛け上城、保福寺城) 

標高:904m 比高125m
築城年代:不明
築城・居住者:小笠原氏、太田氏、武田氏など
場所:松本市保福寺町
攻城日:2012年12月09日 
見どころ:郭、石積み、堀切、土塁など
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:20分
注意:秋は止め山(松茸山)なので注意。
付近の見どころ:保福寺番所跡、猿ごや、見場城、荒神尾城など
参考文献:「図解山城探訪 第五集 松塩筑史料編 宮坂武男著」

保福寺番所 (9)保福寺番所跡と掻揚城(背後の山)














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Posted on 2013/01/03 Thu. 14:17 [edit]

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コメント

長大な竪堀

曲輪のシンプルさに比べて、長大な竪堀が凄いですが、工事量に見合う防御効果を期待できるのか疑問です。
長大な竪堀って、林小城や佐久の入沢城にもありましたが、分からんものです。
竹把城なんてその極地です。
防御施設でもあり、安全な避難を考慮した塹壕を兼ねた登城路なのかもしれませんねえ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/01/03 17:30 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

師匠、コメントありがとうございます。

張りぼての城でございますなあー(笑)
ヤクザの喧嘩の常套手段と同じで戦う相手に対しては「第一声」が肝要でございます。

「この城を敵に回すは間違いなのか・・・・」敵がそう思う事を期待したのでしょうか(爆)

長大な竪掘、数段に積まれた石垣、階段状の尾根の郭群。
信濃の城には威嚇目的の山城が沢山ある事を知りました・・。

山国故の素朴な戦術・・・それを思うと純朴な心に涙腺が緩みます。だからこそ小生も貴殿も信濃の城が好きなのでしょうネ。戦略的な深い意味など無いと思いますヨ(笑)


らんまる #- | URL | 2013/01/03 21:10 * edit *

らんまるさま、こんばんは。

この搔揚城、実は、わたしのお気に入りの砦で、なぜかやけに印象深いんですよね。

風雪に耐えた遺構ですが、大手道はすでに明瞭ではありません。
わたしは転がり落ちるように墓地に辿り着きました。登りとはまったく別の道筋でした。

あの狭隘な主郭に、何らかの建物があったのでしょうか?
何もなければ、長時間の監視活動はできませんね…。
雨天決行の検問なんてありえたのでしょうか?

往時のままと思われる遺構に、信州の山城の神秘を感じますv-7

大垂水 #- | URL | 2013/01/03 22:25 * edit *

Re:大垂水様へ

シンプルな造りなんですけど、信州の山城の特徴を鏤めている秀逸の砦ですよね。
意外と隠れファンが多いような気がします(笑)

麓の保福寺町には、保福寺番所の在番役人だった小沢家(小笠原家の系列)の豪邸が今も残っています。
小笠原貞慶・秀政親子の時に在番を仰せつかり、秀政の播磨明石転封には同行せずそのまま保福寺に残り代々番所役人を勤め明治維新を迎えたとの事です。
小沢家が時々この山城も整備していたんでしょうね。

らんまる #- | URL | 2013/01/04 07:28 * edit *

なつかしい

搔揚城は、場所を探すのに苦労し、さらにあの長大な竪堀を登り、思いで不書き城址です。戦国期、この地が重要な所だったというのが山間部に残る城址から分かります。麓の集落も趣があってよかったです。

馬念 #4uAjNfEA | URL | 2013/01/05 00:18 * edit *

Re:馬念様へ

コメントありがとうございます。
記事で掲載したあとで、千曲市上山田新山にある入山城と良く似ているのを想い出しました。
両方とも峠を抑える位置にありハリボテっぽい「魅せる城」というのが共通しています(笑)

保福寺町は街道が桝形に折れている往時の面影の残る街で何処か懐かしさを感じますね。
番所役人だった小沢邸宅は後世に残して欲しいものです。

らんまる #- | URL | 2013/01/05 06:16 * edit *

ぴりりと小粒が利いてますね

いかにも信州の山城っぽい小さな郭に
小笠原さんぽい長大な竪堀が
いい味を出していますねえ。

崩れた石積みが残念ですが
これも古城の侘び寂でしょうかねえ

丸馬出 #- | URL | 2013/01/05 08:39 * edit *

Re:丸馬出様へ

峠側の斜面に竪掘りを刻む縄張りは入山城に良く似ています。
シンプルゆえに記憶に残る城の一つだと思います。

らんまる #- | URL | 2013/01/05 21:07 * edit *
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