らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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出浦城2 (埴科郡坂城町上平 リテイク)  

◆東筑摩郡からの侵入に備え改修され続けた独立峰の要害◆

「信濃の山城と城館②(更埴・長野編)」が先月届いた。

この地域の山城は甲越合戦の主戦場になった場所なので、堅固な縄張りの城が多い。

信濃の山城と館②
表紙が若槻山城だと分かった方は猛者であろう(笑)一冊7,800円は絶対にお買い得だ。


信州の山城に興味のある方は是非全巻ご購入頂き、宮坂教の洗礼を受けて頂きたいものである。


さて、今年最初の城攻めは、どうしても5年前の恥ずかしい記事の再編集をしたかったので出浦城と決まっていた。

出浦城② (111)上山田町新山方面から見た出浦城と新山林道経由での攻城ルート。軽自動車の4WDなら標高570m地点まで登れる。

今回は南西方面の大林山へ繋がる尾根の大手口からの攻城を目指したのだが、林道が狭いうえに雪で凍結しており2WDでは危険極まりなく断念する・・(汗)

仕方が無いので前回と同じ400mの比高差を登る南東の自在神社(じざいじんじゃ)経由でのトライとなる・・・(涙)

出浦城② (3)山頂手前から南東方面に見える三水城と孤落城。堀切までハッキリ見える距離にあるのがわかる。

「こんなに登りキツかったっけ?」

5年の歳月は、おのれの老化が進行している事の証明でもあった・・・(笑)

出浦城② (9)主郭手前の最後の難関にはロープがある。

さて、正月の不摂生を嘲り笑うような城跡に息絶え絶えで辿りついた。

お楽しみはこれからであろうか・・。

出浦城見取図①西の尾根が大手で東が搦め手か?

今回の攻城戦から「巻き尺」が新たな兵器(?)として登場する。

神の偉業を疑う為でなく、「玄人っぽく見えそうだから」 それだけの理由で購入したのである(爆)

出浦城② (22)郭1は実測値28×20。天水溜の窪地は3×3で2箇所。

郭1は周囲を巾3m、高さ1.5m~2.0mの土塁が囲み虎口は東側に開いている。西側は盾のように高く盛土されているのが特徴だ。

縄張図で分かる通り、郭1の西半分は落差のある巾の広い横堀と北側に向けた二重堀切の組合せが強固で、更に南北に竪掘を繋げているのが凄い。

出浦城② (34)堀切㋐。堀底を土塁で盛土して二重横堀としている。

出浦城② (35)横堀㋒は上巾10mで落差がある。かなり厳しい防御体制を敷いている。

出浦城② (47)こうもややこしい堀切構造は村上さんでは無理で、その後の強大な勢力の改修であろう。

誰も訪れる事の無い城跡で巻き尺と戯れている姿など傍から見れば「キジルシ」だろう・・・(笑)

西の大林山に続く稜線以外は、尾根など無い独立峰なので、設置出来る郭も僅かであった。

出浦城② (53)見事な切岸と横堀のコントラスト。

出浦城② (57)郭2は微妙な広さ。

出浦城については何人かの方が意見を述べていますが、烽火台の域を否定していたのはアテンザ23Zさんぐらいかしら。

塹壕のような「コの字竪掘」と大手郭3にその秘密があるような気がします。

出浦城② (63)郭3から見下ろした堀切㋓。登城口を兼ねた塹壕堀であろうか。

出浦城② (62)塹壕の登り口を抑える郭3。

周囲を10本の放射状の竪掘が巡る烽火台なんて聞いた事がない(汗)

千曲川左岸を抑えて小県への境目を監視するには絶好の位置にあり、武田滅亡後は麻績地方の争奪戦に際して重要な役割を演じたものと推定される。

出浦城② (64)北斜面を刻む竪掘㋔。


塹壕㋓を比高差20mほど西尾根に向かって下りると、二人組の鉄砲隊(ハンター)と遭遇する。

聞けば、狩猟でニホンシカを北の斜面に追い込んだので、北側の斜面には下りないようにとの警告であった。

小生も斜面に用は無いし撃たれても洒落にならないので、あと尾根の二ヶ所を調査したら引き揚げる事をお話して了解を取り付けた。

出浦城② (73)西尾根から見た塹壕㋓。

しばらくすると「ターーーーーーーーン」という乾いた銃声が山中に響く・・・・(汗)

世界中の国の中で銃規制が一番厳しい日本。

狩猟もルールと法律を守れる者だけが許される期間限定のスポーツである。

出浦城② (79)門があったような削平地と堀切㋗。

本当は尾根の大手口にあたる堀切㋐まで下りて調査したかったのだが、狩猟の邪魔をしても討死しても笑われるので出浦城最大の堀切㋘と㋙を調べて終わる事にした。

出浦城② (88)上巾14m(実測値)の素晴らしい堀切㋘。

出浦城② (94)南斜面を恐ろしく長い竪掘りとなり落ちていく。

出浦城② (84)北側の斜面のみに掘られた竪掘㋙。

今回は残念ながら大手口と云われる旧上山田町の新山方面からの検証が出来なかったのだが、この城の大手は大林山と繋がる尾根だったと思われる。

出浦城② (90)尾根筋は二重堀切を意図したような連続堀で構成され防御性は高い。

五年ぶりの出浦城は、当時の自分がいかに未熟だったかを思い知らされるような素晴らしい遺構が残っています。

でもね、この最終形の縄張りを見ると、筑摩郡に展開する貞慶さん系の城に多く見られる縄張りと共通してるのよ。天正末期のトレンドでしょうか?(笑)

天正壬午の乱で麻績城と青柳城を制圧した時期に峰続きで出浦城を落としても不思議は無いわけで・・・。

妄想はともかく、最後まで改修され続けた山城なんでしょうね。

出浦城② (95)主郭から見た村上氏居館跡(満泉寺)方面。

「唐傘山(からかさやま)」と呼ばれる美しい円錐形の山に、こんなゴッツイ城跡があるなんて驚きですよ(笑)


≪出浦城≫ (でうらじょう いでうらじょう 自在山烽火台) 

標高:793m 比高400m
築城年代:不明
築城・居住者:出浦氏、村上氏、武田氏など
場所:埴科郡坂城町上平(千曲市新山)
攻城日:2013年1月06日 
見どころ:郭、石積み、堀切、土塁など
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:50分
注意:秋は止め山(松茸山)なので入山は不可。
付近の見どころ:三水城、狐落城、新山城など
参考文献:「信濃の山城と館② 宮坂武男著」

IMGP0410.jpg荒砥城から見た出浦城。




















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Posted on 2013/01/10 Thu. 21:47 [edit]

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コメント

すばらしい・・・・

こんばんは。。。。。出浦城素晴らしすぎます。

今年中には行きたい城跡№1です。。。。。。それにしても
ここまで横掘と竪掘で厳重に防御した城跡を何故烽火台としたんでしょう?
山の形と眺めの良さからでしょうが。。。。。。。?

防御も坂城町方面に向けられているようなので、小笠原氏による改修も納得ですね。
とすると四十八曲峠を背にする竪掘を多用する入山城も小笠原氏でしょうか?
城主とされる出浦氏はどこに行っちゃったんでしょうね????疑問だ。

ていぴす #- | URL | 2013/01/10 22:12 * edit *

いい城ですねえ

この山は別名でピラミッド山なんてのもある
きれいなやまですよねえ。

個人的には武田さんの改修かなあ
と思っていたのですが、縄張り図を拝見すると
改修に改修を重ねたような感じですので
色々な勢力が使っていたような
お城なんでしょうねえ

丸馬出 #- | URL | 2013/01/11 06:49 * edit *

Re:ていぴす様へ

妄想に賛同頂きありがとうございます(笑)

この地域では荒砥城や狐落城(三水城)がピックアップされますが、出浦城も重要視されて最後まで改修されたのだと思います。シンプルな構造ですが、各パーツの組合せによる精度はレベルが高く堅固な造りでございます。マニア必見でしょう。
また、ご指摘の通り、入山城と掻揚城は良く似てますね。竪掘りを山麓まで落としてソックリです。貞慶流の築城方式が当時のトレンドだったのでしょうか(爆)
それと、出浦さんの家系は最終的に真田昌幸の家臣になったようですよ。

らんまる #- | URL | 2013/01/11 07:31 * edit *

Re:丸馬出様へ

この地域で唯一独立峰の山城ですね。
三方険峻なので攻めるのは大変。水の手も無いので雨水溜めないと守るのも大変(笑)
防御は完璧ですが、籠城するような城じゃありません(爆)

やはり城は二度三度と訪問してみないと、本当の姿が見えないものですね。

らんまる #- | URL | 2013/01/11 07:40 * edit *

いいじゃない!

だいたいこの山、見るからに形が素晴らしい。
ミステリアスな山です。

遺構も狼煙台なんてもんじゃないですね。

この山は坂城の谷の重心、シンボルのような山。
ここに城を置くことはこの谷を治めることかも?

本郭に氏神を祀る城がありますが、この城にはそんな意味があるようにも思えます。
この山に城を置くこと自体が意味あることだったように思います。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/01/11 22:56 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

皆神山よりもピラミッド伝説が似合う山だと思います(笑)
ご推察の通りこの地域ではシンボル的な山であり山岳信仰の対象だったのでしょう。
5年前に登った時には山頂手前に村上氏を祀る祠があったのですが、今回は消えていました。自落してしまったのでしょうか・・・(汗)

主郭の周囲は石積みで囲まれていたようです。坂城・更埴を眼下に置き、小県郡を監視するには絶好の位置とロケーションでございます。

らんまる #- | URL | 2013/01/12 07:52 * edit *

ひょっとすると

後で気がついたのですが、大手道をたどっていくと
室賀峠に出ることができそうですよねえ。
そうすると、北信から攻められたら、
峠の守備隊が準備を整えるまで自在山で時間を稼いで、
時間が稼げたら峠に撤退なんて
運用もできそうな感じもありそうですよねえ

丸馬出 #- | URL | 2013/01/13 07:43 * edit *

Re:丸馬出様へ

仰せの通り室賀峠も意識していますね。
入山城が出城のような役割を持っていたのかもしれません。

鉄壁の防御で司令塔向きの砦ですが、籠城は無理です。
後詰めが無ければ自殺行為です(笑)

らんまる #- | URL | 2013/01/13 17:10 * edit *

素晴らしい(城と訪問者に)

きつい登りのようですが、素晴らしい遺構!で、訪城先がまた一つ増えました。

単なる狼煙台といった規模ではなさそうですね。訪城して妄想してみたくなっています。
春先に、対岸の和合城と共に行ってみます。

馬念 #4uAjNfEA | URL | 2013/01/13 18:42 * edit *

Re:馬念様へ

お褒めの言葉を頂き恐縮でございます。

葛尾城ばかりが取り上げられる坂城ですが、出浦城や入沢城も戦国末期まで改修され続けたようです。
完成度は出浦城が秀逸で、上杉さんの手が入った最終形だと思われます。

そう書きつつ、貞慶さんや徳川さんの改修と類似点が見られるので謎でございます。
ていぴすさんも行きたいようなので、お声掛けいただければご案内します(笑)

らんまる #- | URL | 2013/01/13 22:31 * edit *
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