らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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向城 (佐久市中小田切)  

◆雁峰城を守る対の城◆

異様に高い比高差を目的地まで黙々と登るのが山城巡りの醍醐味であろうか????

そんな修験者のような体育会系の趣味だったら、潔く捨てていただろう・・(爆)

小生は登山が趣味では無いので、ならば楽して目的地に行きたいし、「どこでもドア」が購入出来るなら真っ先に買って体力を使わず城跡に着きたいと思っている・・(笑)

残念ながらそれが出来ないので、「面倒くせえなあー」と思いつつ、山の中を迷いながら必死の思いで城後にへばりついている・・・(汗)傍からみたら意味不明の行動ではあるが・・・(笑)

で、今回ご紹介するのは、ものの5分も丘を登ると、背後のデカイ堀切と切岸の見事な段郭群を見学出来る「向城(むかいじょう)」

向城(佐久市) (40)対岸の雁峰城(がんぽうじょう)


佐久地方が甲斐武田氏の侵略の矛先となった原因は、南佐久の伴野氏と北佐久の大井氏の勢力争いであり伴野氏が武田信虎に援軍要請をした事は以前にも記述してきた。

そこへきて、北信濃の村上氏が勢力拡大の為に佐久岩村田の王城に攻め入り大井氏本家を滅亡させてしまったのだから、虎視眈眈と信濃へ進出する機会を狙っていた武田信虎に引導を渡したようなものである・・(汗)

向城(佐久市) (1)城域の東の裾野から見た向城。

雁峰城の城主はこの地方を治めていた小田切駿河守幸長であったが、村上氏の侵入以降は村上氏に従って北信濃の小市(現在の長野市安茂里)へ移り、代わりに草間氏が城主になったという。

※小田切氏については小田切館を参照

向城見取図①

武田晴信の佐久制圧時に雁峰城の草間氏は抵抗虚しく落城するが、雁峰城の包囲戦で陣城として向城が普請されたという伝承もある。

内山城、志賀城クラスの規模の山城が抵抗するなら難攻も予想されるだろうが、比高50mも満たない小規模の雁峰城にわざわざ陣城を作るはずも無く、元々あった支城を先に落としてそこに陣を構えたというのが正論のような気がする。

向城(佐久市) (5)背後の北西尾根から見た削平地Aと堀切。

大手は南東で道が付いていたようだが、現在は民家の脇の私有地を通る事になる。不審者扱いを覚悟で突入するが、道が無くなり藪に阻まれ撤収・・・(汗)

面倒だったが、西の尾根に登る細い道を辿り途中から竹林を強引に潜って主郭背後へ登る強硬策を取る。

向城(佐久市) (8)郭Aの切岸と巨大な堀切(上巾16m)

向城(佐久市) (13)主郭背後と堀切。堀底も7mはある。

西に続く尾根に遺構があったのかは不明で、宮坂氏は三角点のある付近も郭と推測しているが、全山耕作されたようなので何とも言えない。

向城(佐久市) (23)主郭(32×19)

主郭は広いが周囲には土塁が無い。近世の耕作に伴い破壊されたのだろうか?
荒れ放題なので写真撮影も酷い。夏は藪い覆われて見る影も無いだろう。

向城(佐久市) (26)主郭の下の郭2。切岸の処理が垂直に近いのは驚きであった。

平野部に突き出た段丘を段郭で処理する方法は信濃の山城の特徴であり、佐久地方では特に顕著でトレンディ(?)だったようだ。

向城(佐久市) (28)あまりにも整地され過ぎていて不自然な印象もある・・・(汗)

向城(佐久市) (35)郭4.

向城(佐久市) (36)郭4から主郭方面を見上げると綺麗に段々になっているのが分かる。

雁峰城(小田切城)の支城としては、前回ご紹介した領地の北を守る湯原城、西を守る上小田切城、そして後詰めの兵補給駐屯地として対面に築いた向城の四つとされる。

向城(佐久市) (39)大堀切から切原小学校校庭方面。

防御構造を持たない向城を落とすのは容易く、ここを占拠すれば雁峰城の攻略など時間の問題だったであろう。

向城(佐久市) (19)本郭から見る上小田切城。


佐久出身の小田切氏が川中島に居館を構え、村上氏が越後に逃亡後も武田に抵抗し葛城の落合氏と共に散ったのは佐久土豪の反骨精神を受け継いでのものであろうか?

故郷が武田軍に蹂躪される報を聞くたびに、小田切氏は「武田憎し」という憎悪の念に駆られたのかもしれない


≪向城≫ (むかいじょう)

標高:779.5m 比高32m 
築城年代:不明
築城・居住者:小田切氏、草間氏
場所:佐久市中小田切
攻城日:2013年3月10日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間5分 駐車場:切原小学校または付近のJA切原支所(「路駐不可)
見どころ:堀切、郭など。付近には医王寺城、雁峰城、向城、上の城、上小田切城など
注意事項:小学校での撮影は禁止(通報されます)。平日は校庭付近からの登城も不可。
参考文献:「信州の山城と館① 佐久編 宮坂武男著」



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Posted on 2013/03/14 Thu. 20:43 [edit]

CM: 6
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コメント

ご無沙汰しております。

久しぶりのコメント、ご容赦下さい。
毎晩、晩酌の傍ら、貴ブログを閲覧するのが楽しみでありながら、酔いにまかせてコメントをしなかった粗略をお詫びいたします。
さて、この「向城」も、ホントに懐かしい次第なのですが、先般、小生に届いた、城の地権者様からのメールをご紹介します。
-------------
***市*******にある***城について、申入れいたします。
私は、当該***城の土地を所有する****です。
ご存知のとおり、***城跡地は、私***が所有する私有地です。
そして、立ち入りはすべて禁止しています。

貴殿が書かれたブログに「*******までは立ち入りできる」と書いて***写真を掲載されています。
しかしながら、この***敷地も***家の私有地であり、*******公開も立ち入りも許しておりません。

最近、貴殿のブログを見て、***までは侵入してよいと誤解した者が自分のブログにその旨を掲載しているのを認めましたし、無断で***に登る者がおりました。

このように貴殿のブログによって、実害が生じております。すみやかに当該ブログを削除されるよう求めます。
---------------

わたしも安直でしたが、この方は現役の弁護士さんのようです…。

まれにですが、物々しく「立入禁止」を謳う場所がありますが、そんな所は無理に見学する必要はないんでしょうね。ましてネットでの公開は自粛すべきでしょう。
ご参考になれば幸いです。


大垂水 #- | URL | 2013/03/14 21:26 * edit *

Re:大垂水様へ

コメントありがとうございます。このような拙いブログが酒の肴になるとは光栄です(笑)
小生も酔っぱらって記載しているので時々支離滅裂な内容になっているかと思われますので、ご容赦願います。

私有地の無断侵入に関しては非常にデリケートな問題で、田舎も街中も例外は無いんでしょうね。
小生のお知り合いの方は地権者に許可を求めたが追い返され、それでもお願いしたらスコップを振り回されて追いかけられたという危機体験をされたそうです。城マニアとその昔何かあったんでしょう。

最低限、付近ですれ違う方には挨拶をし、近所で農作業をしている方にも一応行き先を告げて許可を求めておく。立入禁止のロープやビニールテープは越えない、プライバシーに関わる写真は掲載しない・・など分別のある行動をしていますが、一般の方の理解を貰える趣味では無い事を常に心に止めております。(それも悲しい事ですね)

小生のブログにも励ましのコメントばかりでなく、時々お叱りのコメントや引用における誤りの指摘などを頂戴します。神経質になりすぎると続けられなくなりますが、それなりにチェックしておかないとトラブルの原因にもなりますよね。
色々と参考になります。ありがとうございます。

らんまる #- | URL | 2013/03/15 07:38 * edit *

割ヶ岳城(信濃町)ですが、貴ブログにあるとおり、民家の軒先をかすめる形でトレッキングコースが整備されています・・・。

わたしが行った時は、その住民の方に「何ですか?」と声を掛けられました。

そのような場所に住んでいると、いい加減、嫌になってくるのは当然だと思います。

本当に、配慮が必要なんでしょうね、城探訪にはv-7

大垂水 #- | URL | 2013/03/15 21:43 * edit *

Re:大垂水様へ

自治体によっては教育委員会が主体となり地権者の許可を得て整備していたり、地域住民が積極的に説明看板を立て定期的に清掃し一人でも多くの方に見て頂こうと活動していたりするところがある反面、私有地を荒らされたり田畑に入りこまれたりするので侵入禁止というところもあるようですね。
但馬の竹田城も全く興味の無い奴らが物見遊山で押し寄せて凄い事になっているようで嘆かわしい限りです。

あまり有名になって人が押し寄せても困りますが、さりとてその価値や歴史を知らない地権者に破壊されるのはもっと困ります。
それぞれの市町村単位の教育委員会を道府県が指導して、中世遺構をキチンと把握し公開して頂けるものは公表する。私たちも基本的に私有地であることを理解してマナーを守り見させて頂く。
ブロガーとして情報発信している我々は閲覧して見に来るであろうその他大勢に注意すべき点を伝える。
現状はそんな対策しかないのでしょうね。

らんまる #- | URL | 2013/03/16 06:28 * edit *

不審者

この城、麓をウロウロして登り口を探しましたが、見つからずパスした覚えがあります。小学校の校庭から・・と思ったら、野球大会をやっているし・・・
しかし、小さいながらもメリハリが効いていますね。

地権者とのトラブルはよく聞きますね。
まだ、小生、現地でトラブったことはない・・・ではなかった。
城址が小学校という地で110番されてはいますが。
どちらかというと好意的な場合が多かったですね。

ほとんどの人はマナーを守っているのでしょうが、ごく少数、とんでもない非常識人もいるのでしょう。困ったもんです。

現地でのイチャモンはないですが、「間違っているので修正して」はいいのですが、明確な理由も書かず「削除しろ」とかのHP記事へのイチャモンはありましたね。無視しているのもありますが。まあ、世の中、色々な人がいるもんです。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/03/16 09:37 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

この城、校庭から登るのが一番簡単なのですが、小生が訪問した時も野球の試合だったので遠慮して西側から回り込みました・・・(笑)

小生も現地では幸いな事にトラブルには遭遇していませんが、東信や中信は秋の止め山が多いので無用なトラブルを起こさない事前の情報収集も大切だと思います。
ほとんどの山城が私有地や地区の財産区にあるので、マナーを守る姿勢は必要ですね。
残念ですが、春と秋の山菜取りが趣味という方の中にも酷いマナー違反の方を多く見るようになりました。
純粋な中世城郭マニアである我々が、そういう一部の非常識な人と一緒にされるのは心外ですが、地権者の怒りは「ごもっとも」だと思います。
「人畜無害にて城跡探索中」の旗印でも背中に付けますか・・でも、藪漕ぎで邪魔だよなあー(笑)


らんまる #- | URL | 2013/03/16 17:42 * edit *
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