らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0424

塩田城その1 (上田市前山)  

◆険しい山城の魅力を満喫出来るという宮坂武男氏イチオシの塩田城の検証?◆

食わず嫌いというのがある。

その昔、イクラは大好物だったが海栗(ウニ)は食べられなかったので嫌いだった。貧乏人だったのである(笑)

信州人だからイナゴが主食という偏見は止めてほしい。小生は一度も食した事が無い・・・(汗)

塩田城は北向きでジメジメしてたし、霊感が反応して嫌いだった。

でも崇拝する神の経典に「塩田城はイチオシ」とあれば信者である限り食べるしかないのだ(笑)

信濃の山城と館③
売り切れ必死の「上田・小県編」。何年か後には一冊10万円以上になると思う。早いもの勝ちであろう。

で、扉の4Cは塩田城の復元想像図の鳥瞰図である。国宝級の美しい絵画はため息ものである。

塩田北条三代の城館として有名な塩田城であるが、隅々まで現地の仔細を調べたWEBのHPやブログは残念ながら見当たらない。

「いっちょ、地元が頑張りますか・・・」(爆)

塩田城2 (2)ここが県指定史跡だったとは知らなかった。整備状態も最悪でこのままでいいのか?長野県人として小生は恥ずかしい限りであるが。

前回、詰めの城と呼ばれる弘法山まで登り、今回は西の砦を調べてみた。

残るは東砦の連続する五つの堡塁で、かなりの難関らしい。

久々のシリーズ形式で掲載する第一弾は「西砦とその周辺」

塩田城概略図①この地図は上が南なのでご容赦!

独鈷山(1266m)から南へ派生する尾根にある弘法山(843.1m)を詰め城とする塩田城は、東砦・西砦・中尾根の堡塁に囲まれる扇状の沢を巧みに利用した広大な城跡でその規模は長野県でも一番といわれている。

城主・城歴は他のサイトに譲るとして、WEBサイト上ではほとんどアップされていない場所をご案内しよう。


【西の砦】

西側の龍光院との間に突出した尾根の上が西砦と呼ばれ、段差をつけた三つの郭で構成されている。

塩田城③ 007総石垣で囲まれた「虎の口」と呼ばれる場所(ここの遺構は凄い!)。ここから西砦へ登る道がある。

塩田城③ 009斜面にこの標柱があるので、そこを進もう。

塩田城③ 011登る人も少ないせいか踏み跡は荒れている。

塩田城③ 01410分もしないで稜線に着くのでそこからが城域。

西の砦のある稜線は龍光院側が険しい崖で、北側の尾根も傾斜角がキツイ。

見張り砦としては一番北側に突き出ているので、城域を含めて近隣の動きが手に取るように分かる場所である。

塩田城③ 016郭3(9×6)

塩田城③ 021郭3から見た二つの郭。

塩田城③ 022郭2(10×5)

塩田城③ 029丁寧に削平された細長い郭1。

残念ながら、現在の西砦は樹木が邪魔をして北側の景色(塩田平・上田方面)は展望が良くない。

その代わり、背後(南側)の詰め城の弘法山や東の砦は手に取るように見える。城内の連絡は大声を出せば届いたのかも知れない。

塩田城③ 019三万石の穀倉地帯と呼ばれた塩田平。

塩田城③ 038背後の弘法山砦(843m)

塩田城③ 043東砦は人も寄せ付けない険しい岩山。

塩田北条三代の居館跡は「御前」とよばれる場所にあったらしい。

塩田城が戦国の山城として拡張整備され徐々に要塞化していったのは、北条氏滅亡後の室町時代以降この地を領有した村上氏と推定される。(実際には村上氏の被官である福沢氏が統治)

まあ、その辺の遺構は次回にしましょう(笑)

塩田城③ 033郭1の南側の最高標高地点。宮坂氏はここに櫓台があったのだろうと推定している。

県の指定史跡でありながら、手入れ状態は酷い・・(汗)

それでも小生が訪問した時にはあちらこちらで間伐をしていたので、なんとか整備しようとしているみたいです。

秋は止め山なので注意しましょう。

塩田城③ 122西側の龍光院から見た西砦。

≪塩田城 西砦≫

標高:704m 比高154m(龍光院黒門より) 
場所:塩田城の西尾根
攻城日:2013年4月23日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの経路:虎の口から西の尾根に向けて道と標柱がある。
見どころ:三連の郭、石積みを伴う切岸、櫓跡


次回「再発見!塩田城」では、「この石垣土塁、誰が作ったのさ!?」「どう見ても竪掘に見えないゾ」「福沢さん失踪か?」の三本デス。

お楽しみに・・・・・・・・・(って、サザエさん?笑)

塩田城③ 113発掘調査で発見された内耳土器(室町時代・塩田の館展示品より)


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Posted on 2013/04/24 Wed. 22:06 [edit]

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コメント

いいですね~

今晩は、塩田城の砦跡初めて見ました。。
ちゃんと段郭や標柱があるんですね。
興味が湧いてきましたが。。。。あの険しさはちょっと。。。。
あの遺構さすがに北条氏時代のものではないですよね~。。。。。
上田方面は興味はあるのですが不勉強で(汗)

来週のサザエさんを見て勉強させていただきます。(笑)

ていぴす #- | URL | 2013/04/24 23:44 * edit *

Re:ていぴす様へ

小生も真面目に隅々まで見たのは今回が初めてでした。
あの鬱蒼とした感じがとても嫌いでしたが、三島社にお参りしてから回ると霊験新たかでしたよ(笑)

国時さんのお墓から弘法山に登る道が途中で消えかかってますが、藪こぎ直登をモットーとする山城ツアラーからみれば初級コースでしょうか。
今回の攻城戦記で訪問者が増えるといいのですが・・(汗)

らんまる #- | URL | 2013/04/25 07:00 * edit *

ご無沙汰しております

ご無沙汰しております。

塩田城、3年ほど前に五遁さんと行きましたが、どんよりとした空気が重く感じられ早々に撤退してきました。小生霊感はなく、そんな空気を感じたのは塩田城だけです。
もっとも、梅雨時の曇りの日でしたからね。(笑)
宮坂本を見て西や東の砦の存在を知りました。無理をしてでも行っておけば良かったです。


サザエさん(?)楽しみにしております。

M@埼玉 #- | URL | 2013/04/25 20:25 * edit *

Re:のら様へ

こちらこそご無沙汰になりました。
先日は長野方面でご一緒出来ずに失礼致しました。

塩田城は地元でありながら過小評価になっていて恥ずかしい限りです。
バンバンと鋭い堀切を穿った比高の高い山城ばかりがもてはやされる錯覚に惑わされるものの、
このような本来のあるべき城館を見失っていました。
遠路はるばるお越しいただく山城フリークの方のお手伝いになるような記事が載せられるように頑張りたいと思います。

今月は怒涛のごとくの忙しさで満足に更新できず忸怩たる思いに埋没しておりますが・・(笑)

らんまる #- | URL | 2013/04/25 22:02 * edit *

イナゴを食べたことない?

なに?信州人の風上にも置けない!
イナゴ、美味いじゃん。カイコのさなぎも珍味。
蜂の子なんてサイコーじゃんって、家族にばかにされてますわ。
ゲテモノ食いといえば、ごもっとも。

塩田城って不思議な城ですね。何故に北向きか?
そっくりなのに福島県南会津の鴫山城があるけど。
生活には適しているとは思えませんわ。
やはり防衛上の理由なんでしょう。
しかし、上の砦はこんなんですか?
なかなかのもんですね。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/04/25 22:17 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

形の残っているグロテスクは食べ物はいけません(汗)
歯の隙間からバッタの足なんぞ見えたらヤバい・・・
伊那のザザムシも珍味だとか。食糧難になっても信州人は生き残れそうだが小生は餓死だろうナ(笑)

塩田城は皆入り口だけ見てお帰りになられる方が多い。
県史跡なのだから地権者と調整してもっと整備しないと誰も興味が持てないと思われます。
鬱蒼とした北向きの城ですが、イザとなったら弘法山経由で独鈷山方面に逃げられます。
修験者でも山城フリークでも嫌がる岩場の連続する痩せ尾根・・それも含めると魅力的な山城でございます(爆)

らんまる #- | URL | 2013/04/26 07:09 * edit *
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