らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0801

松原城 (南佐久郡小海町)  

◆夏の避暑地で賑わう湖畔に佇む訪れる人も無き松原氏の山城◆

本文とは全く関係無いのだが、本日は一日だけの短い夏休みを取り映画を観に行って来た。

もちろん、「ゼロ戦大好きっ子」だから・・(笑)まあ、本日は1,000円というのが魅力だし・・(爆)

チケット①

スタジオジブリの作品だし、夏休みだし子供が観るのは構わないが、小学校低学年以下の諸君には違う映画が良かったんじゃない?親の同伴者で観に来てたのかなあー・・(汗)

感想ですか?メカ好きマニアには向いていませんネ。

坂の上の雲に匹敵する「純粋な志」とか、韓流ドラマを遥かに凌駕する「薄幸でピュアな恋愛」がお好きな方には申し分無く、二時間(正確には126分)をイッキにたたみ掛ける飽きの来ない映像とストーリーは流石です。

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↑画像は風立ちぬ公式サイトのプロダクションノートより転載。

で、映画の中の避暑地の設定は軽井沢でしょう。

なので、今回ご紹介するのは南佐久の避暑地の松原湖にある「松原城」です・・・(結構強引でした・・・汗)

松原城 (83)学生の手漕ぎボートで賑わう松原湖。背後が松原城跡。

小生も最近知ったのだが、松原湖は「猪名湖(いなこ)」「大月湖(おおつきこ)」「長湖(ちょうこ)」の三つの湖の総称で、便宜的に一番デカイ猪湖を指す名称なのだという。

888年に八ヶ岳の天狗岳の噴火爆発により大月川が堰き止められて出来た湖なのだが、その標高は1123mもありヘタな山城よりはよっぽど高い位置にある。

松原城 (78)松原湖遊歩道の諏訪方神社下社手前に登り口と説明板がある。看板が新しいようなので最近立てられたもののようだ。

【城主・城歴】

説明板には以下の記載があった。

「松原氏の名前が初めて史書に出てくるのは「前太平記」巻の二十五[武州川越合戦事]に長元三年(1030年)東国に於いて氾濫を起こした平忠常を討つべく、都では源頼信に五万の兵を持って遣わし、武州川越で合戦となる。
此の時信濃の国の片田舎に住む松原大弥太と名乗った鎧武者と有るのが最初である。」

松原城 (18)稲荷社を登ると右側に削平された郭6がある。

解説版の続きである。

「松原城は何時頃出来たかは不明だが、延徳元年(1489)武田信昌が佐久に侵入し、村上氏と甲州勢が争いを始めた戦国時代中期(1450頃)に、此の地域の小さな領主に[此の時代の絵図によれば松原・八那池・稲子・馬流の50貫文]だった松原氏が、村上・武田勢が侵攻してきた時に身を潜めた山城だったのだろう。」

松原城見取図①湖の北側を遮るような縄張。

松原城 (24)堡塁を繋ぐような細い犬走りの郭5.

松原城 (27)主郭手前の堀切㋑

説明板の記載を続けよう。

「城は主郭・二の郭・三の郭と空堀と中世の山城の特徴を備えている。尾根の最高地点(縄張図4の浅間社のある場所)は見張り台として使われ、主郭からは僅かであはるが生活用品も出土している。松原氏は永禄年間(1560)に武士を捨てて松原に居住したと云われる。

小海町教育委員会・小海町文化財調査委員会」

松原城 (32)主郭手前の段郭。

松原城 (38)樹木が倒れて根っこの穴で変形した本郭跡。

松原城 (41)本郭と郭2の接続部分。

ほほう、小海町は小さいながらに真面目だ。発掘調査までしているという。

長野県の中世城郭の取り扱いには絶望するくらいの想いがあるが、役所や担当者によっては真摯に取り組んでいる場所があるとは救いである。

松原城 (43)郭2。

松原城 (44)堀切㋒。

南は湖面に接し、北側は傾斜がキツイので、この城を攻めるには尾根を潰していくしかない。必然的に攻城兵は縦列になるので厳しい城攻めを強いられるのであろう。

松原城 (50)堀切㋓。

竪掘りにする必要も無く、二本の堀切は尾根を切断するだけで充分だったと思われる。

松原城 (57)橋頭保とも呼ぶべき郭4。

宮坂武男氏は当初の調査でこの場所が城域の終点とみなしていたのだという。

しかし地元への聞き取り調査で郭4が「つっ越し」と呼ばれていることから「乗り越し(峠)」が西側にあったのだろうと推定し、平成23年に再調査の為登城している。

松原城 (62)遊歩道が天国への階段に見える(汗)

松原城 (70)郭4(浅間社)

元々はここが松原城だったとも言われているが、松原城の詰め城(逃げ込み城)もしくは物見砦があったとみるのが自然だろう。

松原城 (71)本来であれば八ヶ岳が見えるロケーション。この場所に峠があったと云われれば否定できない。

小豪族の悲哀に心凍らせた松原氏の経歴であるが、果たしてそうであろうか?

相木氏の下部として活動したのではないのか?とふと思う。

ちなみに、松原湖では毎年8月16日に精霊流しを兼ねた花火大会を実施している。

小生も十数年前に家族と行く夏を楽しんだ記憶がある思い出の場所である。

諏訪湖の花火も凄いが、標高1200mの竜神すら嫌がる湖の花火も素敵ですよ。是非お出かけ下さいませ。

松原城 (76)鉄砲ユリの咲く城址。

≪松原城≫ (まつばらじょう)

標高:1211.7m 比高:91m (郭4)
築城年代:不明
築城・居住者:松原氏
場所:南佐久郡小海町松原
攻城日:2013年7月28日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:30分(浅間社まで) 駐車場:町営駐車場
見どころ:郭、堀切
注意事項:遊歩道は車乗り入れ禁止。
参考文献:「信州の山城と館➊佐久編 宮坂武男著」 
付近の城址:相木城、火燈城、海尻城、海ノ口城など

松原城 (81)









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Posted on 2013/08/01 Thu. 21:27 [edit]

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コメント

こんにちは。
昨日、城跡の下まで行きました。
結局登らずに湖を一周して帰ってきて、この根性なし!と自分を罵りました。
あんなすぐ近くに城跡があったのに。
らんまるさまが踏破されてるに違いないと思い検索すると、やっぱりそうでした。
説明版が真新しい感じがしたのですが、2013年にはもう設置されていたんですね。
家族で「前に来た時には無かったよね」なんて話したのですが、去年も行ったはずなのに、一体何を見ていたんだか。
いつ訪れても、観光地特有の喧騒が無い松原湖、良い所ですよね。

万見仙千代 #YR4Ixzf2 | URL | 2015/05/04 17:24 * edit *

Re: 万見仙千代様へ

こんばんは。

松原湖は良き所です。その昔はスケートの国際大会まで開かれ、地元の高校からはたくさんのスケート選手が輩出されたようですが、小生の生い立ちとはホンの少し時代がずれていたようで、余り記憶にありません・・(笑)

せっかくこのような避暑地に来たのですから存分に自然を満喫していただき、城巡りなどは野暮なヲタクオヤジに任せておけばよいのです・・(爆)

まあ、それでも湖の畔にある松原諏訪神社にはお出掛け下さい。
佐久の大井氏が落合に建立した寺(新善光寺)から信玄さんが曾祖父の援軍の出張領として頂いた(強奪したとも?)梵鐘が陳列されております。
そんな曰付きの鐘なので、幾度となく火災に遭っても「自業自得」としか思われませんよね・・・(汗)

らんまる #- | URL | 2015/05/04 19:54 * edit *
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