らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0812

高津屋城 (小諸市乙)  

◆宇当坂館の詰め城か?◆

高度成長期における別荘開発ブームの痕跡の跡がこんなところにもあったとは驚きである。

そう言えば千曲川対岸にある布引観音の背後を守った楽巌寺城も別荘開発によって半分以上破壊された。貴重な縄張りを持つ城なので、しっかり保存してもらいたいと願う。

今回ご紹介する高津屋城(たかつやじょう)は、明治の初期に勧進された大浅間神社のご加護により、その後の別荘開発から辛うじて破壊を免れたようだ。

高津屋城 (16)別荘地のピークに位置する高津屋城の入り口。車で横付け出来るのは嬉しい。

何棟か点在する別荘内の道路を上っていく。買われた方には申し訳ないが、ホラーゲーム不朽の名作「サイレントヒル」状態で薄気味が悪いし、お世辞にも高原の避暑地とは言い難い・・・(汗)

高津屋城② (2)階段の踊り場は腰郭があったと思われる。

実はここへ2回来ている。

1回目は異様な霊気を全身に感じてしまい、撮った写真もほとんどがピンボケ。逃げるように別荘地を後にした。

2回目も何か出てきそうでゾクゾク感が止まらなかったが、勇気を振り絞り東屋までなんとか踏査した。

なんでかなあー、と帰ってから地図をみたら旧陸軍の結核治療病院が近くにあったので、想い半ばで逝った方の通り道だったりするのかもしれない。これは小生の勝手な思い込みであり、城址には何の関係も無い。

高津城見取図①

破壊は免れたというものの、大浅間神社の勧進で参道が作られた為にかなり改変されたらしい。

現在は周囲を土塁が囲む二連の郭が残っているだけで、その他に郭や堀切があったのかは不明だ。

高津屋城② (4)郭1。

高津屋城② (11)周囲を囲む土塁。

高津屋城 (7)嘗ては眺望を眺める人で賑わったであろう東屋。

長野県町村誌の小諸町には以下の記載がある。

【高津屋】

一名高ツナと云フ。町の東北の方にあり。往古何某雲之助と云ふ士居住せしよし傳ふ。一説に城地に見立たるのみにして、築城はせざりしといふ。一に武田、上杉両氏川中島合戦のさお、狼煙台なりという。上田町太郎山、平井村秋葉山にもあり、頂上に愛宕の神の社あり。

高津屋城② (10)郭2の東側の土塁。

高津屋城② (9)郭2全景。方形なのはなんとなく分かるが藪が酷過ぎ。

城址に立つ説明板(別荘を造成した小諸市開発公社による)には以下の記載。

ここは高津屋、高津ナ又は太郎山ともいわれ、麓の一帯には縄文時代遺跡が散在するなかに古墳も幾つか残っており、その頃から中世に続く旧松井村の故地でもある。
佐久・小県を一望のうちに臨める景勝の地形から戦国時代には狼煙台に使われたとか、あるいは雲之助という土豪が城をかまえたとかいわれるが確証は無い。
明治の初年、六供の土屋某が大浅間大観を祭りご利益を宣伝したので一時は参詣人が多く掛茶屋や家屋が多く建てられるほどであったが、明治半ば頃から次第に衰えて今は在りし日の敷石や石段だけが遺されている。

高津屋城② (8)郭2の北側の土塁。

さて、この砦、本当に烽火台程度の役割だったのだろうか?

前述の説明板からも宇当坂の館のあった六供(ろっく)と昔から関連が深いようだ。

地図を眺めてみると、宇当坂の居館の有事の際の詰め城だったと推測できないだろうか。宮坂武男氏も検討する余地はあるのでは?と疑問を提起していた。

宇当坂館周辺地図

敵が攻めてきた場合に、大井氏は高津屋城に入り、迎撃部隊はそれぞれ丸山、東沢、愛宕山松井に陣地を構えて挟撃する。長張城は東方面の監視砦であろうか。

まあ、仮にそうだとしても敵が攻めてきてから1.2kmの移動は大変だし、気象庁のような誤報をだされたら洒落にもならない・・ましてや三箇所の砦に詰めるだけの多くの兵士がいたとも思えないし・・・(笑)

高津屋城② (16)唯一北側の菱野方面だけ展望が開けている。

≪高津屋城≫ (たかつやじょう 高津谷城、高津奈城)

標高:913.7m 比高:100m(高速道路より) 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小諸市乙(甲との境)
攻城日:2013年7月15日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:- 駐車場:路上駐車
見どころ:土塁
注意事項:特に無し
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」「長野県町村誌」
付近の城址:丸山、東沢城、松井愛宕山城など

高津屋城遠景 (2)城の800m東側より撮影した遠景。抜群の立地であることが分かる。






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Posted on 2013/08/12 Mon. 11:08 [edit]

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コメント

呪われた・・・

6,7年前、ここ行ったのですが、変な所に迷い込んで、結局、主郭部分に到達できなかったのです。
というより、主郭がしょぼくて(藪状態で)を通りすぎ、はるか北まで彷徨するはめになりました。恐怖感さえ感じました。
ここ、何かいますぜ。
まあ、それはともかく、この尾根筋、しょぼい城並んでます。
こんなに沢山城、造ってもねえ。
まさか、数人で籠城?いや、やはり物見なんだろうねえ。
敵を発見したら撤収し、次の城の兵と合流!てな、具合に使ったんでしょうか?

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/08/18 16:30 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

やはり感じましたか。霊の通り道みたいですよ、くわばらくわばら・・・(汗)

菱野温泉にあるケーブルカーで行く露天風呂のある山も城跡で、やはり雲之助さんにゆかりがあるそうです。
なんか追剝ぎや強盗の親分みたいな名前ですが・・。
ここら辺の豪族はやはり尋常な姿ではなかったかと・・・・・(笑)

金持ってそうな旅人が通るのを見張っては、ひったくり強盗でもしてたんでしょうか。
盗賊のアジトだったみたいですね(爆)

らんまる #- | URL | 2013/08/18 17:27 * edit *
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