らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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須立之城 (長野市篠ノ井山布施)  

◆平林氏の中興の祖「布施冠者忠頼」の築城と伝わる狭すぎる詰め城◆

例年この時期は同盟国の皆さまをご案内し山城ツアーを敢行するのですが、今年は天候不順で予定したスケジュールが消化出来ずに苦悩の日々でございます・・(汗)

遠路はるばるお越し頂く猛将に信州の手土産を沢山お持ち帰り頂きたいのですが、雨天の無理強いは禁物(汗)

とりあえず明日は中止。まあ、城が逃げる訳でもないので、タイミングをお待ちいただく事になりました。

んで、今回ご紹介するのは「須立之城(すだてのじょう)」。得体の知れない伏兵に怯えまくりでした・・(怖)

須立之城 (1)城跡へは篠ノ井山布施の布制神社(ふせいじんじゃ)に看板がある。

城跡と神社は密接な関係にあるようで、小生の攻城戦記にも鳥居の写真は常連である・・(笑)

小生がご無理を言って常連の読者となられ、神道や神社関連に造詣の深いお取引先会社の支社長F氏に色々とご教示願えれば良いのだが、この神社のご祭神は天照大神と「大彦命(おおひこのみこと)」らしい。

大彦命とは第九代開化天皇の兄らしいが・・・ダメだ・・脳が破綻しそうだ・・・(爆)

須立之城 (2)神社脇の看板。これだけでは分からない。

安和二年(969)にこの地に移り住んだ滋野系望月氏の分族は布施氏(ふせし)を名乗り統治したという。

東信濃の名族である滋野氏三家(祢津・海野・望月)は朝廷に献上する馬を飼育する牧場経営に長けており、東信濃から中信濃、北信濃へと勢力を拡大していったらしい。

須立之城 (3)神社の脇の細道を辿り集落を抜けるとこの場所が見える。この道を進み十字路を突っ切ると城跡に入る。(右の小山が城っぽく見えるがお墓しかない)

【立地】

山布施集落の北西の丘の上に城跡がある。犀川の対岸には笹平城が見え、七二会地区及び犀川沿いの見通しは良い。

須立之城見取図①

畑作業をしていた近所の方にお話を伺うと、近年までは城跡周辺も耕作地として林道が通り城跡も老人会の方々が手入れをしていたが、過疎化が進み現在では全く手入れが出来ず荒れ放題になっているとの事である。
城跡の看板も朽ち果てるのは時間の問題と話していた。

須立之城 (32)東端からみた須立之城。藪酷過ぎ・・(汗)

【城主・城歴】

平林氏と中興の祖である布施氏については上尾城を参照願いたい。
この城は、布施忠頼(直頼とも)が築き、内紛ののち上尾城を本城とした平林正頼の支城となったらしい。

須立之城 (31)※写真では㋒になっているが見取図上は㋑の堀切。

平林氏は武田氏、上杉氏に仕え景勝の会津転封に伴いこの地を去り、須立之城も廃城になった。

須立之城 (11)主郭登り口から見た堀切㋐。道路の普請により改変されてしまった。

須立之城 (15)15×17の主郭。想像していたよりも狭い。

【城跡】

城域は全体が藪と熊笹に覆われてしまい、看板のある主郭のみが辛うじて見てとれる。近所の方の話だと、昔は老人会の皆さんが手入れをして看板も立てたりして保存に力を入れていたが、過疎化で周囲の耕作地も放棄され城跡も放置され荒れるに任せた状態だという。

郭2も見たかったのだが、腰まである笹と得体の知れない生物が物音を立てて逃げて行くのを見てしまい断念した(怖)

須立之城 (13)昭和五十四年に地元の老人会によって立てられた城の説明板。朽ち果てる前に教育委員会で何とか再生して欲しいものだ。

須立之城 (16)敵が潜んでいた郭2.まだ近くにいるようなので探索を諦める(結構小心者です、ハイ)

城域全体としては150m×70m程度で物見の類である。布施冠者忠頼の本城とは考えにくく別の場所にあった本城の支城と見るべきであろう。

居館跡については、近所の方の話によると布制神社の北側一帯に土塁や堀の痕跡が残る場所があるという。今回は時間が無くパスしたが近日中に再訪してみたいと思う。

須立之城 (20)城域北側の廃道からアプローチ。何か出そうで怖い(笑)

須立之城 (24)堀切㋔。二重堀切だったようだ。

砦としては狭いが、対岸の春日郷や犀川流域の監視場所としては最適で上尾城の支城として番人が置かれたのであろう。

≪須立之城≫ (すだてのじょう 山布施城・簾立城)

標高:602.5m 比高:200m(犀川より)
築城年代:不明
築城・居住者:布施氏(平林氏)
場所:長野市篠ノ井山布施
攻城日:2013年9月22日 
お勧め度:★★☆☆☆  
城跡までの所要時間:15分(布制神社より)
駐車場:神社入り口手前に路駐。(城跡まで道があるが荒れている。軽トラなら大丈夫か)
見どころ:切岸、堀跡など
注意事項:不審な動物に注意
参考文献:「信濃の山城と館➋更埴・長野編 宮坂武男著」
付近の城址:戸屋城、笹平城、上尾城など

須立之城遠景対岸の笹平城から見た須立之城遠景。



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Posted on 2013/11/09 Sat. 21:23 [edit]

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コメント

しょぼい!

しょぼい の一言。
解説板まであって期待して行ったら裏切られたのはこの城。
おまけに墓地をさまよってさあ。
これ、犀川筋を監視するだけの城ですわねえ。
やっぱ、居館は神社付近にあったと思うけどねえ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/11/09 23:38 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

いやー、書きかけの記事にコメント頂きありがとうございます(笑)
朝起きてビックリ!!下書きのはずが・・・・(汗)
慌てて完成させて上書きしました・・(爆)

師匠もお墓ツアーしましたか。小生なんぞ道を教えて貰ったのにお墓へ直行するおバカぶり!!(爆)
規模は小さいしケモノに歓迎されるわ散々でした。
居館跡はちゃんとあるみたいです。宮坂神の手からこぼれ落ちたみたいですね。

らんまる #- | URL | 2013/11/10 08:42 * edit *
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