らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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霊泉寺城山砦 (上田市平井霊泉寺)  

◆砦よりも出湯の里の伝説に興味深々?◆

さすがに「上田・小県編」は居住地なので掲載数もダントツなのだが千秋楽にはまだ遠い(汗)

特に初期時代の記事はテキトーな写真とテキトーな文面なので「恥ずかしさ満載」。とても同じヤツが書いているとは思えない出来栄えである・・・(笑)
が、削除などせず、「わきげのひだり若気の至り」として残している・・(爆)

霊泉寺城山砦 (2)

今回ご案内するのは、上田と松本を結ぶ三才山峠(みさやまとうげ)へ向かう山間にある丸子温泉郷の一つである霊泉寺温泉(れいせんじおんせん)に築かれた「霊泉寺城山砦」。

「何かお寺に関係ある温泉なの?」・・実はその通りで、約1100年前に紅葉伝説で有名な平維茂(たいらのこれもち)を開基とするお寺が「霊泉寺」で、その寺領から湧き出た温泉なのだと云われる。

霊泉寺城山砦 (5)あそこが城山と言われてもさっぱりわからぬ(汗)

まあ、その時代の絶世の美女は訳ありの方が多かったようであり、万が一にも関わると「ろくで無しの人生に乾杯」という残念な結果となったようだ。紅葉伝説の鬼女「呉葉」もまたその一人であろう。戸隠を舞台とした紅葉伝説はそのうちまたご紹介するとしよう。

霊泉寺城山砦 (6)霊泉寺遊歩道はこの「稚児ヶ淵」の橋を右に入る。

せっかくなので遊歩道経由で城山を目指す事にした。(ってか他に行き方を知らなかっただけ)

700年前に霊泉寺は鎌倉の建長寺の末寺であり「稚児ヶ淵(ちごがふち)」は仏国禅師が鎌倉にちなんでつけた名前で別名「天狗の水汲み場」とも云われるらしい。

霊泉寺城山砦 (9)そんなに深い沢では無いが滝壺のような美しい景観の稚児ヶ淵。

調べてみると確かに江の島にも稚児ヶ淵があり、かなり有名な景勝地でスケールも違う(笑)
あちらには、稚児に対して一方的に恋い焦がれた坊さんがストーカー行為を繰り返し逃げ場を失った稚児が投身自殺するという悲劇の伝説があるようだ・・(汗)

分家のこの場所にも、淵の底から手招きする美女に魅入られた稚児が坊さんの警告と制止を振り切り入水し行方不明となったという伝説がある。

伝説も都会と田舎ではスケールも恐怖度も違うのだろうか・・・・(怖)

霊泉寺城山砦見取図①

「果たして年に何人あるくのだろうか?」という薄暗い遊歩道を歩く事10分でようやく尾根に登る道を見つけるが、何の目印も看板も無い。恐る恐る登った先に堀切を見つけて一安心(笑)

霊泉寺城山砦 (10)物見砦にしては立派な堀切㋐。

霊泉寺城山砦 (14)配水池も郭だったようで、前後を堀切が守る。

【立地】

松本市との境の山である三才山(1605m)をから流れる内村川と霊泉寺川の合流する手前の尾根に築かれている。
東へ約6kmで依田窪、南の熊沢峠を越えれば武石、北の梅ノ木峠、市峠を越えれば塩田平へ通じる要衝の地で、三才山峠や武石峠も充分監視の範囲となる。

霊泉寺城山砦 (21)城域への侵入を遮断する土塁。

霊泉寺城山砦 (22)土塁の先には若干削平したような跡が見られる。

霊泉寺城山砦 (23)尾根筋には三段の段曲輪が確認出来る。

【城跡】

縄張りを見ると西に対する防御を厳重にしている。深志(松本)方面に備えているので、依田窪方面を抑えていた大井氏か武田氏滅亡後の真田昌幸支配下で改修を受けたのだろうか。
鞍部に堀切を穿ち、北斜面に土塁付きの削平址がある。物見なので頂部に土塁で囲んだ単郭を置く簡素なものだが、周囲の斜面は急で人を寄せ付けない。

霊泉寺城山砦 (26)質素な小屋があったような削平地。

霊泉寺城山砦 (30)岩盤を刳り抜いた堀切㋑。

頂上部分は現在アンテナ中継基地が設置され、祠が置いてあり雑木林に囲まれ見晴らしは良くない。郭の周囲に僅かだが欠けた土塁があるので、往時は全周していたのだろうか。

霊泉寺城山砦 (35)主郭(18×9)に置かれた祠。

霊泉寺城山砦 (41)虎口付近には土留めの石積みが見られる。

霊泉寺城山砦 (42)東斜面の堀切㋒。通路も兼ねている。

東尾根に対して堀切㋒を付けているが、岩場の痩せ尾根なのでこの方面からの敵はあまり考えられない。

幸い、この尾根からの眺望が開けていたので、往時の景色を偲ぶ事が出来る。

霊泉寺城山砦 (44)東方面(依田窪方面)

霊泉寺城山砦 (49)山麓の霊泉寺温泉集落。

こんな鄙びた湯治場にも戦時に備えた物見が置かれ、敵の侵入を見張っていたんですね。

実はこの城山に登るには、霊泉寺手前の赤い橋を渡り右へ曲がるとボロい看板があるのですぐ分かる(笑)

霊泉寺城山砦 (56)橋を渡って右へ曲がり適当に駐車しよう。

霊泉寺城山砦 (55)林道はあるが車両は通行止めなので歩いて行こう。

取るに足らないちっぽけな砦も戦国の貴重な生き証人であり、後世に伝え残していかねばならいのです。


≪霊泉寺城山砦≫ (れいせんじじょうやまとりで) 

標高:764m 比高100m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:上田市平井霊泉寺
攻城日:2013年9月01日 
見どころ:堀切、郭など
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:15分 駐車場:霊泉寺脇の運動公園
注意:特に無し
付近の見どころ:水の手城(上級者向け)、鳥屋城、丸子城など
参考文献:「信濃の山城と館➌上田・小県編 宮坂武男著」

霊泉寺城山砦 (59)霊泉寺温泉入り口のバス停から見た砦。









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Posted on 2013/12/01 Sun. 11:47 [edit]

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コメント

湯治場

霊泉寺温泉、昔、泊まったことあったねえ。
うちの親は以後、気に入って湯治に行っていたっけ。
以前、この城の襲撃を企画したのですが、日没が迫り断念した覚えがあります。
行っていたら、美女?に惑わされそう・・・
まあ、それでもそれなりの遺構が残っていて幸いです。
それほど破壊はされていないようだし。
この平和でしなびた山郷の温泉地帯にも戦乱が迫った時もあったんですね。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/12/02 08:18 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

そうでしたか、湯治場なんて言葉も昭和の昔に消えそうですね・・(汗)
鹿教湯温泉、大塩温泉も含めて丸子温泉郷と言われた霊泉寺温泉も廃れつつありますが、秘湯ブームで何とか生き延びてるみたいですよ。
三ヶ所温泉が隣接しているのですが、大塩温泉だけが「信玄の隠し湯伝説」と伝わるのが不思議です。
小生も美女と混浴なら奈落の底に落ちても後悔しない自信はあります・・(笑)

らんまる #- | URL | 2013/12/02 20:42 * edit *
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