らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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針木沢城  

◆十石城と連結する謎の崖淵城◆

全く関係無いのだが、何故か信州上田周辺はラーメン店が多く戦国時代の様相を呈している。

味覚は人により千差万別なので批評は控えるが、小生が食べてみたお店のラーメン達を時々掲載するのでご容赦願いたい。(ってか、小生の尊敬する城郭専門HPの城と古戦場のトップページのパクリであります・・汗)

信州麵屋 泰 本店
「信州麵屋 泰(ゆたか) 本店」(上田市)特製鶏白湯・塩 (900円)


さて、食べログではないので、本題を戻そう・・(笑)

今回ご紹介するのは前回掲載した十石城と何故か連結している「針木沢城」(はりきさわじょう)

針木沢城見取図①Yahooの地形図に書いてみた。何と今回は色付きです

【立地】

県道134号線の御代田町馬瀬口(ませぐち)から乗瀬地籍へ向かう途中の平原用水と針木沢(はりきざわ)に挟まれた崖淵台地上にあり、十石城と隣接している。北方には塩野牧(馬の牧場)がありその入り口に位置する。
馬瀬口城と混同されるケースが多いようだが全く別の城だという。(馬瀬口城は後日ご紹介します)

針木沢城 (8)北側から見た郭1。

針木沢城 (12)十石城との境になる巨大な沢を利用した堀切㋐。

【城歴】

築城年代も城歴も全く不明の城である。馬瀬口城にも近いので、塩野牧の入り口を防衛する砦が在地土豪により拡張と改修されたもの想定されるが、十石城同様に城域がデカイ。領民も交錯しながら居住していたのだろうか。想像の域を出ない。

針木沢城 (7)西側の堀である平原用水に接続していた堀切㋑は埋まっているが、針木沢側に堀の痕跡が残っている。

針木沢城 (3)デカイので歩くのも難儀する(汗)

【城跡】

十石城との境は「信濃の山城と城館➊佐久編」の宮坂武男氏の図を参照しているが、宮坂武男氏もハッキリしたことは分からないと述べている。県道の東側にもかつては堀切が2本あったようだが、耕作地による改変で不明となったらしい。
十石城と同じく平原用水という天然の外堀で西側を守り、東は針木沢が繰矢川(くりやがわ)合流するまでの深い天然の沢なので攻めるのは難しい。
戦国時代は平原城の依田氏の支城として機能したのであろうか。

針木沢城 (2)郭3の北隅には民家。

針木沢城 (23)城内を通過する県道と北側の郭群。農地の整地により堀も消滅したという。

東信濃は全国有数の「牧」があり古代から平安時代まで良質な馬を朝廷に献上している。

牧場経営で財をなした豪族も多く、滋野一族はその筆頭格であろうか。御代田町の塩野牧にも有力な土豪が存在した可能性は否定出来ない。

針木沢城や十石城の構築時代を平安末期から鎌倉、南北朝に求めるのはとても無理だが、在地土豪で築城者のルーツは牧であると見ても間違いなかろう。

針木沢城 (25)改変されたのが惜しまれる。

≪針木沢城≫ (はりきさわじょう)

標高:799m 比高:25m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:御代田町塩野
攻城日:2013年8月18日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡の周回所要時間:40分(十石城含む) 駐車場:県道脇に路駐
見どころ:郭、堀切
注意事項:耕作地には入らない事
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:十石城、上三田原城、宮崎城、塩野城、馬瀬口城など

十石城 (4)国道18号線から針木沢を挟んだ対岸が城跡。(工場のある場所の右奥の崖淵台地)



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Posted on 2013/12/07 Sat. 18:54 [edit]

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