らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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本間城 (南佐久郡小海町千代里)  

◆武田軍の佐久・上州に通じる軍用道と宿営地の監視砦◆

「ええい馬曳けい!、信州の城攻めは雪が降る前が勝負じゃ!、モノども我に続け!!」(ってか今日は一人だったし・・・・汗)

今回ご紹介するのは南佐久郡小海町にある「本間城」(ほんまじょう)

本間城(小海町) (1)尾根の先端にある東電の鉄塔旧保安道が登り口である。

一昨日は仁科口(大町市)に「ていぴす殿」と遠征し、雪混じりの悪天候をついて木舟城、丹生子城(にゅうのみじょう)に搦め手から攻め込む。返す刀で「城の峰城」に駆け上がるが、肝心の青木湖畔に佇む「猿ヶ城」は吹雪で断念する。

昨日は「年賀状でも書こう」と思ったのだが、同盟諸国のこの時期の怒涛の進軍に焦りを感じ急遽佐久へ進発した次第である・・(笑)

マイナーな砦で取り上げた記事すら無い本間城への登り口だが、宮坂武男氏のバイブルには例の如く「北側の尾根先から登るしかない」とだけある(汗)
国土地理院の地図には神社の記号があったのでそこから登るのだろうか??

たまたま近所を犬の散歩で通りかかったオジサンに神社の場所を聞いたら、「付いて来ナ!」と言われて教えて貰い「実はその上にある城跡に行きたいのですが・・」と事情を話すと「城址だったら、空き家になった工場脇に尾根に登れる東電の保安道があるからそこから尾根伝いに行きな!、車も無人の工場だからそっと駐車すれば問題ないよ。城跡の調査かい、感心だねえ~。」

バッチリそこまで案内してもらい、お礼を述べる。有り難い事です。

本間城(小海町) (5)
10分ほどで城域手前の地山に着く。何の加工もしていない。

本間城は以前に場所の特定が出来ずに小海高校付近を彷徨って断念したので、リベンジ戦である。

本間城見取図①
見張り砦なのだが防御はかなり厳しい。

【立地】

千曲川が険しい渓谷の旅を終えて佐久の平野部に出る場所である。南1kmには武田軍の宿営地であった「宮の上」(現在の小海高校)があり、対岸には高岩、北東1.6kmには蟻城。上州へ抜ける余地峠に向かう武田軍はこの先で渡河したという。

本間城(小海町) (13)城域堀切㋐の手前の平地。

本間城(小海町) (15)綺麗過ぎて堀切としては疑問符のつく㋐と㋑。

城跡は驚くほど整備されていて、正直なところ藪漕ぎを覚悟していたのでビックリした。最近の整備のようだ。

本間城(小海町) (16)堀切から見た千曲川の渡河地点。

本間城(小海町) (25)郭2から見た堀切㋒。

【城歴】

口伝や記録などは残っていない。三沢川に削られた尾根を利用した在地土豪の見張り砦程度だったものが、武田軍の佐久方面・上州方面への軍用道路の整備に伴い改修されたことは想像に難くない。

本間城(小海町) (23)土塁を構築する事で西側の沢(三沢川)に対して用心しているのが分かる。

本間城(小海町) (29)郭1は土塁が全周している。


【城跡】

狭い尾根先に作られた連郭式の物見だが、宮の上の宿営地の前進基地として武田の手が入ったと思われる。
三沢川からの侵入を意識した土塁が物語っている。
堀切㋐と㋑は別としても、四条の堀切はこの砦の重要性を物語っている。対岸には蟻城があり佐久平の情報はここを通して逐次宮の上の武田本隊に伝えられたのだろう。
搦め手と思われる城域から南に繋がる尾根筋には何の遺構も残っていない。

本間城(小海町) (32)土塁が廻るというよりは窪地のような郭1。

本間城(小海町) (34)主郭(郭1)の背後から続く一連の防御構造は密度が高く、在地土豪の設計では無いと思われる。

本間城(小海町) (38)東斜面に竪掘となって落ちる堀切㋓。

本間城(小海町) (39)郭3から見上げる郭1。堀底からは7mある。

本間城の比高は佐久甲州街道から僅か85mである。視界も北方面ぐらいしか見えないので北上する武田軍における前進基地で、場合によっては信濃から甲斐へ下る軍勢も監視の対象としていただろう。

本間城(小海町) (41)堀切㋔。西の沢に対して高さが稼げないのが見て取れる。

本間城(小海町) (44)
尾根最終の堀切㋕。

「信玄さん、ここの街道を通って佐久や小県の平定戦、上州の侵略戦に出向いたのか・・」

宮の上の宿営地の次の場所は桜井山城(勝間反砦とも?)または内山城だったという。

現代の道路からは想像も出来ない戦国時代の山間部の軍用路とは何処にあったのだろうか?その研究だけでもライフワークになるのであろうか。

それにしても、こんな街道筋のゴミのような砦も「溜め息」の出る素敵な軍事工作物なのである。

本間城(小海町) (45)郭4の南側は何も無い。

≪本間城≫ (ほんまじょう)

標高:898m 比高:85m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:南佐久郡小海町千代里
攻城日:2013年12月8日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡の周回所要時間:15分 駐車場:付近に路駐
見どころ:郭、堀切、土塁
注意事項:鉄塔の保安道の登り口は私有地なので注意。
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:本間下の城など

本間城(小海町) (14)城跡から見る佐久平方面。

本間城(小海町) (98)東側の千曲川付近から見た本間城。








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Posted on 2013/12/09 Mon. 22:49 [edit]

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コメント

やっぱり初冬ですね

信州北部はもう雪ですか。
先日、福島に行ったら日蔭には雪がうっすらありましたので、雪国の城攻めの期間は短いですね。
この城、眺めただけで諦めましたが、やはり葉がない今のシーズン、遺構も明確に確認できてきれいですね。
典型的な連郭式尾根城ですなあ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/12/10 20:31 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

師匠、佐久地方も広いので、つまみ食い程度で攻め込んではアップする繰り返しです(笑)
白馬、大町ももうダメでしょう。アイゼン付けてチャレンジするのも有りですが、真っ白な城跡に何を見に行くのか疑問です・・(笑)
佐久地方の連郭式の山城は、実直な佐久平の人々の人柄を示しているようにも思えます。

らんまる #- | URL | 2013/12/10 20:48 * edit *
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