らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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下畑城 (南佐久郡佐久穂町下畑)  

◆佐久平定戦において武田軍が築いたという巨大な軍事拠点◆

ラーメンの写真が最初に掲載されていると「らんまる食べログ戦記」と勘違いされそうである・・(笑)

そうそう、先週は禁煙を始めて1年目を迎えたお目出度い周でもあった。30年以上も続けた習慣をそう簡単に断ちきるのか?と不安だったが、副作用としてデブ化した事はさておき(爆)、健康にもお財布にも効果は絶大だった。

禁煙カウンター①
禁煙を頑張るためのパソコンのスクリーンセイバー。8760時間が365日であり最初の到達すべき目標でもあった。

別に長生きしたい訳で始めたのではないが、「行動を変えようと思うなら自分を客観的に見て不要な事(楽しくない事)は止めればイイ」という断捨離の思想を根拠としたら、労せず一年が過ぎた。

しかし困った事に仕事が楽しく無いので「辞めようか?」と思っている自分もいる・・・・(汗)そりゃマズイ。

そんな人生の断捨離の談義はさておき、今回ご紹介するのは佐久穂町(旧八千穂村)の下畑城(しもはたじょう)。
隣接する次回紹介予定の下畑下の城(しもはたしものじょう)と併せた城域は直線距離にして約800m。城跡に車を横付け出来るのは嬉しいが、だらだら尾根筋を歩くのは結構しんどい・・(笑)

下畑城(佐久穂町) (2)道路が貫通する堀切㋐に車を乗り捨てる。

ここは二年前に一度攻めたのだが、夏場の藪が背丈まで伸びていて突入を諦めた経緯があり今まで放置していた。
それでも遺構が明確に残る南佐久を代表する山城なので、敬意を表して再戦に及んだという訳である・・(笑)

下畑城見取図①
オーソドックスな連郭式の縄張り。


【立地】

蓼科山の支脈が北東に降り佐口集落を経由し千曲川に注ぐ手前の段丘崖の上に築かれている。東側の下畑集落(しもはたしゅうらく)に対しては比高80mの高さがあり、佐久甲州街道(現在の国道141号線)からは見上げる威容を誇るが、西側の大久保の台地から見ると比高20mの丘でしかない。
それでも上州に通じる余地峠、茅野へ通じる大河原峠、佐久・小諸への進出を抑える交通の要衝として重要な戦略拠点であった。

下畑城(佐久穂町) (5)主郭入り口から見た南方面。厳しい防御構造である。

下畑城(佐久穂町) (4)堀切㋒。箱掘に近い形状なので物資運搬の通路も兼用していたのだろうか。

【城主・城歴】

そもそも城主探しが中世城郭の研究の阻害要因なのだ・・と中世城郭研究の第一人者である西股氏は苦言を呈するが、下畑城は武田信虎(晴信の父)が佐久に攻め入った際に家臣の小山田信有の家来の小林宮内助が築いた城だという。
また一説には、佐久の小宮山丹後守の居城で武田に従い甲州に居を構えたが、信玄の命により下畑城の城主に任じられ、西上作戦の途中の二俣城の戦いで鉄砲に当たって戦死したとの文献もあるようだ。
なので、下畑城は城主の裏付け資料が取れる数少ない城だと云えそうだが・・(汗

下畑城(佐久穂町) (6)本郭は高さ1.5mほどの笹藪が覆う。嘗ては耕作地だったが放棄され原野に戻りつつある。

下畑城(佐久穂町) (9)本郭跡の標柱を発見。笹藪から掘り出して撮影したゾ(汗)

下畑城(佐久穂町) (13)主郭の藪の中に石積みを発見するが、往時のものとは言い難い。

【城跡】

千曲川沿いを通る佐久甲州街道からは見上げる形となり、威容を見せつける城だったようだが、中身は連郭式の単純な縄張りで面白みにも防御的にもイマイチである。
下の城を増設する必要があったのは「宿城」としての複合利用目的の欠点の補完が目的だったように思える。

下畑城(佐久穂町) (14)鉄塔の場所は主郭から見た東側の帯郭。

下畑城(佐久穂町) (18)主郭の北側の帯郭。思わず笹藪を焼き討ちしたくなる・・(笑)

下畑城(佐久穂町) (27)広大な堀切㋓(上巾18m)

さて、大手はどこか?という問題に直面するのだが、縄張り図や地形図を見る限りでは「下の城」を介した北尾根であろうか。
郭3の北側の高土塁が本郭を遮蔽する高さにあり、城の内部を見渡せない工夫があるので間違いないのだろう。

下畑城(佐久穂町) (32)郭2(18×23)。腰の高さまである笹藪をかき分けて進むのは勇気が必要だ。

下畑城(佐久穂町) (33)上巾15mの堀切㋔。既に埋まりつつある。

この城を歩いていて思い出したのは旧望月町にある天神城で、あの城も丘陵地帯をバンバン堀切で刻んだ単純形式の城であった。
尾根伝いに敵が攻めて来るという単一指向の防御構造だが、側面から攻められたら堀切なんぞクソの役にも立たない(汗)
比高80mの断崖の東斜面ならともかく、西側の対処は疑問符である。西からの攻城は想定外というのだろうか。

下畑城(佐久穂町) (35)周囲の計測だけで実地検証は諦めた郭3。過去に蛇を踏んで一目散に逃げたトラウマがある・・(汗)

下畑城(佐久穂町) (37)郭3側の切岸はほぼ垂直な堀切㋕。この堀の処理は、ここから南が城域の主要部であると物語っている厳重さである。

下畑城(佐久穂町) (40)堀切㋕の堀底と西側。

最終の堀切㋕から北に向けて鉄塔の刺さる部分も、曲輪又は武者溜りだったようだがハッキリしない。

下畑城(佐久穂町) (42)堀切㋕とその北側。

下畑城(佐久穂町) (46)鉄塔周辺は怪しいが、なんかしら施設があったのだろうか?

下畑城(佐久穂町) (47)鉄塔の先は痩せ尾根になり下の城へ続いている。

下畑城(佐久穂町) (48)

また例の如く文章力の無さを写真でカバーしようと姑息な手段に出てしまった・・(爆)

ある程度の兵力が収容出来る広さを持つので、宮の上やこの先にある桜井山城(勝間反砦)とともに宿城利用されたようにも思える。
もちろん、その展望の良さから常時見張りが置かれていたのであろう。

≪下畑城≫ (しもはたじょう)

標高:846m 比高:84m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:南佐久郡佐久穂町下畑
攻城日:2013年12月8日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:-分 駐車場:道路脇の堀切に駐車。
見どころ:堀切、土塁、連接する下の城
注意事項:特に無し
参考文献:「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:本間城、大石川烽火台、蟻城など

下畑下の城(佐久穂町) (85)千曲川方面から見た全景。









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Posted on 2013/12/20 Fri. 07:22 [edit]

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コメント

懐かしいです。

3年前ころだったかな、ここに行ったのは。
やたら長くて・・・下の城まで行って戻ってくるのが大変。
千曲川方面からは迫力がありますが、西側から見るとただの岡の城。
このギャップが面白いですわ。

あおれんじゃあ #- | URL | 2013/12/20 22:49 * edit *

Re:あおれんじゃあ様へ

結構なアップダウンと移動距離なのでヘタなトレッキングコースより鍛えられます(笑)
他の山城には「遊歩道」という名の登山道があるケースが多いのですが、ここは比高差が無いので認定されなかったのだと思われます・・(汗)
下の城まで合わせて全長1kmの連郭式の城は珍しいのですが、疲れました・・(爆)

らんまる #- | URL | 2013/12/21 08:13 * edit *
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