らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0209

古御家 (下伊那郡高森町下市田)  

◆松岡城の東の見張り台◆

「そんなに降らんでも、ええんとちゃうか?」

昨日は終日降る雪に半ば呆れてしまった・・(笑) 上田市で30cmを超す積雪は数年ぶりであろうか。

今シーズンは除雪作業も無くこのまま終わるのかと思いきや、実のところ密かに貯金されていたようである・・(汗)

首都圏では降雪による死者が出たというが、もの云わぬ冬将軍の次の一手は「氷」だ。用心召されたし・・・。

今回ご案内するのは松岡城の東約600mにある「古御家」(ふるごや)

古御家(高森町) (1)
小学校南にある旧テニスコートに説明板があった。ここから南側が北曲輪(きたくるわ)。

【立地】

古御家は高森南小学校のある唐沢原の西南突端部にあり、南は急斜面、北西側は江戸ヶ沢の深い谷に面する要害の地にある。

古御家(高森町) (3)
北曲輪は住宅地の造成でかなり改変されたが、僅かな痕跡は残っている。(民家が多く撮影は注意しましょう)

※北曲輪から南曲輪へは私有地の敷地になっているので通行出来ません。南曲輪へは東の崖下の道路から参道があります

【城歴】

一説には松岡氏が最初に定住した居館(古城)とも言われているが、松岡城に本拠を構えた松岡氏の防衛拠点の一つというのが一般的な味方である。

古御家(高森町) (49)
東側の崖に残る堀切㋓。

【城跡】

城の構造は南北二つの細長い郭が並び、それぞれの北側に堀を設け、堀頭を土塁が取り巻いている。特に南の曲輪の土塁は高さ3mに及ぶ所がある。北の曲輪の西はずれから堀を渡る土橋が設けられ、南曲輪へ通ずる虎口・クランク状の通路が残されている。この土橋の左右の空堀は巾0m、深さ4mに及ぶ大規模なものである。

古御屋見取図①

この城郭は小規模ではあるが、堀は深く土塁は高く、周囲には腰郭・竪堀・竪土塁が設けられていて、城郭構造の複雑な城である。防御施設の整い方・展望の良さからみて、松岡城の東の監視所が置かれた所という説もある。
(定本 伊那谷の城 今村善興氏の解説より引用)

●南曲輪2・3
隣接する曲輪3と共に南方面への備えである。現在の参道は後付けで、本来の大手は尾根の南西から尾根伝いに曲輪3へ入ったものと考えられる。姫の化粧水と呼ばれる井戸が今も水を湛えている。

古御家(高森町) (13)
長方形の南曲輪2。沢側にL字の土塁が残る。一段下にも数個の腰郭が確認出来る。

古御家(高森町) (12)
城内の水の手「お姫様の化粧水」この辺の城の井戸はこの名前が流行っているようだ(笑)

古御家(高森町) (10)城跡には蜂谷氏神が祀られている。

古御家(高森町) (16)
郭3

●南曲輪1
背後に巨大な土塁が構築された実質的な城の中枢である。

古御家(高森町) (27)
南曲輪1の南西大手側より。

古御家(高森町) (29)
曲輪の中心部分には南沢氏神と城跡の標柱がある。背後の高土塁は圧巻である。

古御家(高森町) (33)
土塁の虎口から見下ろした曲輪1。土塁3mの高さを実感いただけるでしょうか(笑)

古御家(高森町) (31)
L字の高土塁の上は犬走りになっていて飛び道具の伏兵を置けば郭1は「狭間空間」となり押し寄せた敵を瞬殺出来る。

●堀切㋐と土橋
南曲輪の背後の大堀切㋐がこの砦の最大の見どころである。「定本 伊那谷の城」では堀底の計測で10mと表現していたが、宮坂流の上巾表記だと20mになる。北の曲輪が城館なのでここが防御ラインの要であったと思われ、東へ落ちる竪掘りにも松岡城や南城で多用された竪土塁が見られる。

古御家(高森町) (34)
江戸ヶ沢方面に落ちる堀切㋐。

古御家(高森町) (36)
堀底には土橋が残る。ここからクランクになって堀切㋒へ続く。(この先は私有地なので入らない事)

古御家(高森町) (35)
土橋から東方面への堀切㋐(ブリキ小屋が邪魔で雰囲気台無し)

この砦を訪問したら堀切㋐を歩いて探索していただきたい。北曲輪の周囲の横堀に竪土塁を連結させた複雑な作りは現地を歩かないと実感出来ない。

古御家(高森町) (39)
堀底を歩くと竪土塁がある。

竪土塁の上部は横堀㋑。土塁の残る北曲輪も横堀の北側も民家の庭先なので不法侵入となるので注意。

古御家(高森町) (44)

古御家(高森町) (43)
横堀㋑は途中で別れて1本は東の沢へ竪掘で落ち、もう1本は堀切㋐に竪土塁を伴って合流する。

古御家(高森町) (5)
崖下の東側の道路から見た堀切㋐。

残念ながら北曲輪の遺構は土塁の一部しか残っていないが、南曲輪は大堀切とそれを生かした独特の縄張が残る興味深い砦である。大事に残して欲しい遺構です。

≪古御家≫ (ふるごや 古御屋)

標高:515m 比高:65m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:下伊那郡高森町下市田
攻城日:2014年2月1日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:- 駐車場:旧テニスコート(北曲輪)、路側帯に路駐(南曲輪)
見どころ:土塁、郭、堀切、土橋、竪土塁
注意事項:耕作地、民間の住宅地なので注意。
参考文献:「信濃の山城と館⑥諏訪・下伊那編 宮坂武男著」「定本 伊那谷の城(1996年 郷土出版社)」
付近の城址:吉田古城の記事参照。

古御家(高森町) (45)
松岡城の東の監視所と呼ばれただけある見事なロケーション。





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Posted on 2014/02/09 Sun. 12:40 [edit]

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