らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0826

根古屋城(上田市)  

◆大熊備前守朝秀の居城?◆

信州上田に住みながら、トンチンカンな時代考証では申し訳が立たないので「小県郡誌」などの郷土史料を読み漁っています、ハイ(笑)

真田氏に関連する山城群は全て掲載したかと思いきや、カテゴリを見ると半分ぐらいしか掲載していない。
既にボケが始まっているのかしら??

で、今回のご紹介は数奇な運命を辿った大熊朝秀(おおくまともひで)が城主だったと云い伝えの残る根古屋城。

根小屋 (3)
↑地元の方の愛が感じられる手書き看板が登城口です

【根古屋城】

本郭の平坦面は方約20mで北西側の低土居内は11m四方の方形をなしており、石積みが南側の腰郭から比高5mのところで方形の区割りを南方で切っている。本郭から東側の岩崖に沿ってのびる郭にも土塁が続く・・・・西側はW型の二重堀で堀切を越えて三の郭と思われる平坦部からその尾根は東太郎に連なる。
(参考:上田小県誌)

根小屋 (8)
↑東方面の腰郭。連続して数段に及ぶ

根小屋 (12)
↑本郭の土塁を囲む石積みが残る

根小屋 (18)

【大熊備前守朝秀】

もともとは代々越後国守護上杉氏の重臣だったが、上杉氏の力が衰えると長尾景虎(上杉謙信)に仕えた。
新潟県板倉町(現在は上越市板倉区)にある箕冠城を居城としたが、1556年の長尾景虎の出家騒動に嫌気がさして出奔し越中へ逃れる。
(※大熊朝秀が出家騒動の元凶との噂を不満に思い信玄と通じ叛乱を起こしたというのが真相のようです)
のち、武田信玄に出仕し山県昌景の配下となる。真田幸隆による砥石城陥落後は、村上方の支城であった根古屋城を与えられ城主となったようだが、武田信玄の直臣となり勝頼の代には遠江小山城代となり徳川との領土争いでは武功を挙げる。
最後まで武田家に忠誠を尽くし武田勝頼と共に天目山で果てるが、子孫は真田家に仕え重鎮となる。

根小屋 (19)
↑本郭跡

織田信長が武田討伐を敢行した際に古くからの武田家譜代の家臣が次々と寝返る中で、外様とも言える真田昌幸や依田信蕃、そして大熊朝秀が最後まで武田家に忠義を尽くしたのは異例かもしれない。
※依田氏だけは信長が探し出して殺せと家康に命じたらしいが、家康は匿ったという

根小屋 (24)

尾根伝いに砥石城、北側に洗馬城(せばじょう)、東側に尾引城、真田本城、天白山城を望むロケーションにあるこの城は松代街道を抑える重要拠点だったと思える。

根小屋 (26)
↑西尾根を断ち切る堀切(橋が架けれてます)。出丸のような郭の向こうにも堀切があります。

根小屋 (35)
↑W堀切から見る本郭の土塁。

本郭の南側には「低い城」と呼ばれる郭が存在し、更に1㎞南には陣場の畝と呼ばれる場所があるらしい。いずれも砥石城への連絡通路にあった砦のようだが、次回訪れてみようと思う。

根小屋 (39)
↑洗馬城側から望む全景。晩秋~初春でしか見られない城の威容。大堀切もハッキリ見えます。

≪根古屋城≫ (千小屋城とも)
場所:上田市真田町傍陽曲尾(標高740m 比高110m)
攻城日:2008年4月27日
お勧め度:★★★★★
時間:県道35号線の曲尾信号の手前を左折し洗馬川の橋を渡り左折し路駐。登りは少々キツイが徒歩15分。
見どころ;二重堀切、土塁、石積み、腰郭、本郭からの展望
注意:キチンと整備された遊歩道と変形した縄張りは必見の価値アリ

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Posted on 2010/08/26 Thu. 00:12 [edit]

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コメント

大熊朝秀

《箕冠城主・大熊朝秀》
1556(弘治2)年
 大熊家は父の代から越後国内の統治における要職を勤めるが、謙信からは次第に重用されなくなる。
この頃、北条高広の2度目の叛乱や家臣同士の争いが絶えず、謙信が出家する騒動が起こっていた。
その元凶が大熊朝秀という噂が立ち、それを不満に思い、武田信玄と通じ叛乱を起こす。
 叛乱は未遂に終わり、朝秀はその後に武田家の家臣となった。

謙信 #KVSV0Bf2 | URL | 2010/08/26 15:04 * edit *

Re: 謙信殿

コメントありがとうございました。正確な史実を教えていただき大変勉強になりました。
また何か粗相がございましたらご指摘をお願い致します。

らんまる #- | URL | 2010/08/26 19:15 * edit *

ねごや

いつも拝見させていただいております。
曲尾氏時代の館は耕雲寺ではないでしょうか。
山城のふもとの寺といえば
まあ、ありていですが(笑

丸馬出 #- | URL | 2012/04/05 20:59 * edit *

Re:丸馬出様

大塔合戦に登場する曲尾氏の出自もはっきりしませんね。
洗馬城の祖である千葉氏(せんばし)の伝承も謎のままです。
猫の額ほどの曲尾集落、横尾氏の領地と隣接する大庭区の千葉氏・・・いずれも横尾氏の系列か支流と考えるのが無難なようですが…(笑)

らんまる #- | URL | 2012/04/05 21:50 * edit *
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