らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0605

古城 (長野市鬼無里上新倉)  

◆中世よりは神代の伝説が似合う桃源郷の里◆

「矢留め」したものの、先日家人に戸隠の奥社へのアテンドを頼まれたので、これ幸いとばかりに昼飯は鬼無里(きなさ)で蕎麦を食べようと強引にスケジュールを組む。

無論、そこにある城跡へ立ち寄ると云う計略である・・(笑)

古城(長野市鬼無里) (1)
鬼無里十割もりそば+掻き揚げ丼セット1,100円。(そば処 鬼無里) しっかりしたコシのある蕎麦だ。

戸隠奥社の珍道中はそのうち掲載しようと思うが、こんな山奥にも城が必要だったとは驚きなのでご紹介しよう。

その前に、「軍師 官兵衛」のウンチク。

古城(長野市鬼無里) (25)
改装の終わった姫路城のお披露目です・・・えっ、違うの?屋根をもっと白く塗れ?・・そうですねえ・・(汗)

織田軍団の播磨・丹波攻撃軍の軍団長が丸腰で荒木村重を説得する訳も無く、それ相応の軍勢を引き連れてある程度武力で威嚇しながら面談に望んでいたはずです。

官兵衛さん、殺されなかっただけでも儲けものでしょう。奇跡です、ハイ。

今回ご紹介するのは、戸隠神社のお隣の旧鬼無里村(現在の長野市鬼無里)にある古城(ふるじょう)。

古城(長野市鬼無里) (44)
自治体の宿泊施設「ふるさとの館」の隣の文道公園が城跡。

鬼無里支所から「ふるさとの館」までは車で約5分。所々に看板があるので迷う事は無く安心だ。

古城(長野市鬼無里) (43)
公園化されているが、遺構は比較的残されている。

【立地】

荒倉山の西麓上新倉集落から大沢、宮崎へ通じる山道の途中にある小山に古城がある。この辺は新倉山と小川の谷との中段にあたり、やや広い丘陵地帯が開け水田もあるところで、現在は山の北下の平地に「ふるさとの館」が建てられ、素晴らしい展望を誇っている。

古城縄張図(長野市鬼無里)
居館(ふるさとの館)+見張り砦というオーソドックスな古めかしい形式である。

古城(長野市鬼無里) (10)
朽ち果てた説明板には申し訳無いが、この説明に裏付けはない。

【城主・城歴】

「鬼無里村誌」によると「上新倉文道にあり、永禄の頃、小川城の家老大日方金吾直経の居城と伝えられる。天文七年七月二十六日夜 裾花川にて亡ぶ」とある。永禄の人が過去に遡って死ぬのはオカシイ。また、大日方金吾は小川村誌では大日方金吾介直経として大日方家の当主である。(武田に降るを良しとせず身内の謀略により斬殺されたらしいが・・)

城跡を見る限り、とても大日方家の当主の城とは思えないが、一族に関わる者の関連であるかもしれない。
※大日方氏については小生の力作「古山城」をご参照下さい。

古城(長野市鬼無里) (12)
東屋の立つ部分が郭3。(18×9)

古城(長野市鬼無里) (15)
郭3から見た居館跡と戸隠連峰。まさに「絶景」である。(写真の表示にある一夜山の位置は誤りです。お詫びします)

古城(長野市鬼無里) (18)
郭2との間の切岸と堀切。埋まりかけていてはっきりしない。

古城(長野市鬼無里) (19)
平削も適当な郭2.土塁があるようだが草茫々で確認出来ず。

【城跡】

山道に沿った小山に築かれた簡単な物見で、適当に削ったような雑な作りである。道路を挟んだ北側の「ふるさとの館」の場所は以前から平らな広い土地だったらしく、居住地だった可能性がある。
この山道を北へ上れば大望峠を越えて戸隠~黒姫へと続くので、往時は往来が盛んだったと考えられる。
郭4の場所は現在天守閣付きのステージ(?)がある。

古城(長野市鬼無里) (37)
楕円形の主郭(15×10)。

古城(長野市鬼無里) (22)
主郭から見た郭4方面。ここまでは何の変哲もないが、斜面を下りると驚愕する。

「おお!」 なんと三層の望楼があるではないか!(驚)

古城(長野市鬼無里) (36)

お隣の宿泊施設「鬼無里 ふるさとの館」のホームページには「各種イベントや発表会にご利用下さい!」とある。

いったいこの場所で何を発表すればよいものか・・(汗)

古城(長野市鬼無里) (33)
望楼の内部。ただ階段がついているだけで居住スペースは無い。展望機能だけのようだ。

古城(長野市鬼無里) (30)
せっかくなので最上部3階からの眺め(鬼無里市街地方面)。

高所恐怖症の方よりも、閉所恐怖症の方は充分注意されたし!(笑) しかも入城無料とはありがたい!(爆)

ここに上らなくとも、公園付近からは景色が堪能出来る・・・・・・(汗)

古城(長野市鬼無里) (27)
ステージ(郭4)から見た主郭方面。

こういうハチャメチャな建物をあっさりと建ててしまう県民性が好きだ・・・(笑)

≪古城≫ (ふるじょう)

標高:925m 比高:115m (上新倉集落より)
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:長野市鬼無里上新倉
攻城日:2014年5月31日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:-  駐車場:ふるさとの館の駐車場を借用
見どころ:模擬天守(笑)
注意事項:天守閣は入城無料だが、入口はキチンと閉めておこう。
参考文献:「信濃の山城と館 更埴・長野編② 
付近の城跡:大日方佐門館、蓬平城など

古城(長野市鬼無里) (45)
古城遠景(ふるさとの館より撮影)

古城(長野市鬼無里) (29)
おまけショット









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Posted on 2014/06/05 Thu. 07:38 [edit]

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コメント

あの模擬?天守・・

いきなりあの模擬天守に出くわした時は、不気味で「どきっ」としましたわ。
あの場所、野外音楽場とか書いてありましたが、意味不明の建物です。
夜に狸さんが集まって、ポンポコリンをやるのでしょうか?

しかし、こんな山中に住んでいたんでしょうかねえ。
牧場がこの付近にあったんでしょうかねえ。
それとも別荘?
あまりにセコイ城で、これじゃ用を足さないんじゃないかと?

あおれんじゃあ #- | URL | 2014/06/04 23:27 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

なかなか楽しかったですよ「怪しい城シリーズ」(笑)
この辺りは「鬼女 紅葉」伝説の里なので、紅葉が毎夜宴会を開いて鬼どもと踊っているのかもしれませんネ。
それにしても素晴らしいロケーションで、戸隠、鬼無里、小川と裾花川の流域はまさに隠れ家です。

砦もこんな粗末なもんで充分だったと思われます。
神話の里・・・・最近はそっち方面にハマってますので、オフシーズンは鬼とか神とか龍神とか探してみます(笑)

らんまる #- | URL | 2014/06/05 08:51 * edit *

ぽんぽこぽんぽこ

こんばんは、らんまるせんせ。せんせ地方は猛暑ですかー!?滋賀でドライブしたら35度でしたよー!なので、涼しくなった今日は「あらまあ、すっかり秋めいて…」とご挨拶したくなりました。

きゃー、素敵な…えっと。もごもご。天守閣の真ん中が、ひげ男爵みたいでかわいいです。

紅葉の里記事ありがとうございます。そうか、鬼女の紅葉ちゃんはお蕎麦でおもてなししてたのかぁ。いたわさとか出しながら、早くつぶれてしまえっと?
お蕎麦の味を噛み締めてもっきゅもっきゅと食べたいので東京ではきっと叱られるのかなぁ…。

鬼無里、いいなー。行きたいなー。地図を見たら、いろんな鬼無里があるのですね。紅葉ちゃん、どんだけ怖がられたのか。

あ。姫路城。大修理の仮囲いが取れてきまして。漆喰の白さに「白すぎ城」の声多数。こらー。


せんせの記事がとても楽しくて楽しみです。ありがとうございます。

つねまる #- | URL | 2014/06/06 03:46 * edit *

Re: つねまる様へ


信州もイッキに梅雨入りしてしまいました。これからはジメジメベトベトでございます(笑)
貴女様の記事も最近は読み逃げばかりで申し訳ありません・・(汗)

昨年、戸隠周辺の山城を巡っていたら、あちらこちらで「紅葉伝説」の看板や史跡案内を目にしたので「いつかチャンと調べたいなあー」などと思っておりました。
鬼無里には他に「一夜山伝説」なども伝わり隠れ里っぽくてイイ処ですよ。
なので、山城のオフシーズンは「神話・古事記・ふるさとの伝説」なんかをテーマにほっつき歩こう!などと思っております。

信州へお越しの際はアテンド致しますので、声掛けてくだいね。信州の蕎麦も「つるっと流し込む系」「風味と味を楽しむ系」「しっかり食べる(噛む)系」があるのでお好みに合わせたお店をご紹介しますよ。

それでは、またラテン系の記事を楽しみにしております(笑)

らんまる #- | URL | 2014/06/06 06:20 * edit *

城跡について

鬼無里の山奥へお越しいただき、有難うございます。私はこの山の所有者の一人です。
この城は公園の活性化のため建てられた展望台です。なのでその昔当時の建物とは異なっていると思われます。あくまでもイメージとして昭和の終わり頃に建てられた城です。なので、無料で中に入ることができますので、皆さんお気軽に天守閣へ登り城の雰囲気を味わってください。ただし、管理がいまでは甘くなっているので、蜂には気を付けてください。

私の先祖は武田信玄に協力したものの一人です。
武田信玄から頂いた巻物(手紙)が代々受け継がれています。
それから、文道の城跡の東側の山中(城を眺められる所)に、殿屋敷という地名の場所があり、山中なのに平らに整地されてる所があります。この村は京都から逃げてきた落武者なので、殿様は城には住まず、その奥の殿屋敷に隠れて住んでいたのだと思われます。過去に私の祖母はこの地で茶碗を拾ったことが、あるそうです。この一帯は私の所有地となってますが、管理ができてないため探索はオススメしませんし、責任も取れません。

殿屋敷所有者 #- | URL | 2016/10/04 09:02 * edit *

Re: 殿屋敷所有者様へ

コメントありがとうございます。

昨年再訪する機会がありお仲間をご案内したのですが、2014年11月22日の白馬村神城地震の影響で「ふるさとの館」倒壊の危険があり閉鎖され、古城の天主も立入禁止となっておりました。
鬼無里村も小川村も結構被害が大きくてかなり心配しました。貴殿のお住まいは大丈夫だったでしょうか。

戸隠村、鬼無里村、小川村・・・小生の大好きな山村です。このような隠れ里も戦乱の世が容赦なく巻き込んでいった事には驚きを隠せません。鬼無里は「鬼女 紅葉伝説」について毎週のように通いました。村の方々にもとても親切にしていただいた記憶があります。

是非とも、ご自身のルーツについて調べていただき、鬼無里に残る山城の謎のヒントを頂戴したいと思います。
今年は荒倉山の大築城跡も訪問しました。信玄も謙信もこのような山村まで略奪の対称にしなければならなかったのか・・・その答えが「宗教」にある事が、最近少しづつ分かってきたような気がしますw

らんまる #- | URL | 2016/10/04 21:47 * edit *
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