らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0613

鬼女紅葉伝説①  

◆紅葉伝説の基本「紅葉狩」と、いいとこどりの「北向霊験記」◆

「鬼」という言葉を聞くと、恐ろしさよりは興味というか探究心や好奇心で、なんとなくワクワクしている自分がいる。

世間一般では、昔話の桃太郎の鬼退治を思い浮かべる方が多いと思うが、小生は「泣いた赤鬼」が真っ先に浮かび、お次はTVゲームソフトの「鬼武者シリーズ」であろうか。第六天の魔王の化身である信長に、鬼の力を宿した主人公が挑むストーリーは結構面白かったと記憶している・・(笑)

忘れかけていた「鬼」への憧れが、戸隠奥社へのアテンドで復活するとは思いもよりませんでした・・(汗)

戸隠の鬼たち
↑なんちゃって鬼信仰の信者である小生には解説書が必要だったが、素晴らしい指南書を発見したのである。(平成15年8月刊行 国分義司著 信濃毎日新聞社) 

この本の著書である国分義司氏の解説を参考にしながら伝説の謎に近づいてみたい。

【一つではない鬼女紅葉伝説】

謡曲「紅葉狩」(観世小次郎信光 1435-1516))により広く世に知られるようになったが、この物語の主人公は「平維茂(たいらのこれもち)」であり、鬼は女装した「鬼神」であって「鬼女」ではない。また、「紅葉」は鬼の名ではなく季節と舞台を表している。

「紅葉狩」はその後歌舞伎や浄瑠璃などの演芸分野に影響を与え様々な類似作品を生み派生していったが、大部分の作品の鬼は男であったという。

では、「紅葉狩」が鬼女を主人公とする物語に変化したのはいつ?という疑問が募る。国分氏によれば、明治十九年に発行された鬼女紅葉伝説の集大成である「北向山霊験記」以前の伝説を紐解く必要があると云う。

紅葉伝説201406 (243)
北向山観音のある別所温泉。北向山霊験記ではここにある常楽寺で十七日間祈り、降魔の剣を得たという。

戸隠や鬼無里を訪れた方ならお分かりだろうが、こんな過疎集落(失礼・・汗)にしては神社仏閣の数が異常なほど多い。
そしてそのいずれも寺社の縁起には「鬼女紅葉伝説」が絡んでいて、平維茂が鬼女退治の祈祷を捧げている。

「安和二年(969)、京より来た紅葉と称する官女が悪事を働き、平維茂に滅ぼされる」

集落も形成されていない時期に辺境の地に神社寺院が建たるはずもないが、ほとんどがこの時期を創立期としている。

紅葉伝説201406 (1)
戸隠の柵(しがらみ)地区の入口にある十二社。例外なく鬼女紅葉の解説版がある。

戸隠・鬼無里の伝説では何故鬼女になったのか・・・

鎌倉時代には既に高野山、比叡山と並ぶ修験道の霊場として全国区となった戸隠には、全国から多くの僧が善光寺詣りとセットで訪れ、僧坊三千を数えたという。

そうした中で戸隠の僧侶も都へ上り、室町時代に上演された「紅葉狩」を観賞し地元へそれを伝えたのであろう。

そして戦国時代となり、鬼は本当に戸隠・鬼無里に来た・・・・武田信玄という名の鬼である。

地元による伝説の脚本はここから大きく変わったと思われる。


【鬼女紅葉伝説の集大成といわれる秀作「北向山霊験記」】

さりとて、伝説の世界の追っかけをするにも「鬼女紅葉伝説」を知らない方も多いと思うので、国分義司氏による「北向山霊験記 戸隠山鬼女紅葉退治之傳」(作者不詳、明治十九年初版)の概要を引用するので、ご一読願おう。
(小生は本編を読んでみたが、句読点がないので読み進めるのが大変難儀であった・・・汗)

清和天皇の貞観八年(866)、応天門の変の罪を問われ、伊豆に流された伴大納言善男の子笹丸は、その後、奥州会津に住む。妻菊代との間に子がなかったので、ある日第六天の魔王に祈願して女児を授かる。

紅葉伝説201406 (3)
産土社として建立された十二社。お参りして生まれた女子は貴女(鬼女)の如く美しく、男子は維茂の如く強くなると伝わる

呉羽と名付けられたその子は、美貌、理髪のうえ、琴を奏で、裁縫を能くした。成長した呉羽は、言い寄る富農の親子を第六天の魔王の助けを借りて、分身の術をもってだまして大金を奪うと、紅葉と名を変え、都に上る。
やがて琴の音に魅かれ、彼女に近づいてきた源経基(みなもとのつねもと)の寵愛を受けるようになり、まもなく身ごもると、妖術をものする彼女は、経基の正妻を亡き者にしようとたくらむ。
しかしそのたくらみは露見して信濃の国へ流される。戸隠の洞窟に着いた紅葉は、初めは読み書きや裁縫などを教えながら里人にとけこむが、息子の経若丸が成長するにつけ、再度上京の野心に燃えるようになり、平将門の残党や山賊の首領、女傑おまん等と戸隠の荒倉山の洞窟に身を潜め、旅人からの略奪を繰り返す。
彼らの悪行のうわさは、やがて京に達し、平維茂の紅葉退治となる。維茂は、初めは紅葉の妖術に苦しむが、やがて別所(現在の上田市)にある北向観音の霊験により力を得て紅葉を討つ。

※「戸隠の鬼たち」(2003年8月 国分義司緒 信濃毎日新聞社)の「鬼女紅葉伝説1 P112-113」を引用

紅葉伝説201406 (156)
鬼無里の根上にある内裏屋敷跡。紅葉の居館跡と伝わる。

【里人の紅葉への想いが鬼女を貴女に変化させ、悲劇のヒロインのストーリーへ】

「北向山霊験記」で完結されたかに見えた「鬼女紅葉伝説」は、地元の里人が口伝で語り継がれるようになると、語り部の主観(思い入れ)が強調され、中央集権に対する地方の反乱という図式に変化していったようだ。

以下は、戸隠・鬼無里の村人に伝わる「鬼女紅葉伝説」を国分義司氏が解説したもので、非常に分かり易いので、再度全文を引用させていただく。

十二歳で京に上り、源経基の寵愛を受けた後、正妻からの嫉妬に悩まされた末、京を追われ、当時「水無瀬(みなせ)」と呼ばれたこの深い山里に身を寄せ、ここに小京都と呼ばれるほどの都をつくったというから、彼女は政治的・経済的な手腕があり、建築家でもあったといえる。
西京、東京、四条、五条、内裏屋敷などの地名が、今でもここには残っていて、当時の様子を目の前に浮かばせてくれる。「咲く花のにおうがごとく」美しい都であったことであろう。

紅葉伝説201406 (140)
東京(ひがしきょう)にある加茂神社。

紅葉伝説201406 (152)
加茂神社から見た内裏屋敷方面。

紅葉伝説201406 (200)
西京(にしきょう)にある春日神社。ここの建立も紅葉伝説に関係しているという。

彼女は玉のように美しい容姿の持ち主であったという。彼女は笛、または琴の名人であったともいわれている。般若の面をかぶり、舞を舞って人の心をとかしたというから演劇人でもあった。また彼女は薬草に詳しく、医術もこころえており、村人の命を救うこと数知れなかったそうだ。

紅葉伝説201406 (157)
内裏屋敷跡の説明看板。訪れる人も少なく、看板も朽ち果てそうなのが寂しかった。

ここでの紅葉の生活は、結果的に経費がかかりすぎ、盗賊の首領とならざるを得ない原因をうみ、京の帝から鬼と名づけられ、その鬼退治のたjめの維茂派遣の糸口を作ってしまった、との説もある。
だが、武人で頭が良く、しかも多くの才能を身につけた少女は、村の人たちからも鬼とされる一面があったと説く人もある。なぜなのだろうか。

紅葉伝説201406 (170)
道路の反対側にある「月夜の陵(つきよのみささぎ・つきよのはか)」から見た内裏屋敷跡。

善意の医術も、ときには呪術とみなされることもあり、優れた才能は誤解されたり中傷を招くことさえある。並はずれて美しい女性が、美しい曲を奏でながらそこにいる。そのことは、仕事の手を休められぬ農民たち、特に男達にとっては、それだけで目障りであったろう、と想像するのも困難ではない。

紅葉伝説201406 (181)
供養塔の建つ北西側。この奥の丘に皇族の墳墓と伝わる「月夜の陵」がある。

生涯を通じて、貴族たちの世界に立ち向かう姿勢や、青春の時に受けた傷をいやすための理想高い行為そのものが、おそらく村の人たちの目には怖くさえ映ったことだろう。哀れとは思いながらも、彼女を鬼を名づけた都の権力に迎合するしかなかったのかもしれない。

紅葉伝説201406 (173)
天武十三年に遷都の為の調査を命じられた皇族がこの地で崩御され、亡き骸を葬ったとされる「月夜の陵」。

それでいてこの「鬼女狩り」のときには、土地の人々はこぞって紅葉の味方をし、維茂軍に対して壮烈な戦いを挑み、最後の戦場となった現在の戸隠中社付近は、棒や鍬を持って抵抗した農民たちの屍が山のように積み重なったといわれている。まるで史実ともとれそうなこの紅葉狩の民間伝説は、聞く人にある種のロマンをかき立たせる。

紅葉伝説201406 (168)
内裏屋敷跡に建つ紅葉の供養塔。(石碑の裏には戒名と享年33才と彫り込みがある)

戸隠を好んで題材にした詩人の津村信夫は、その著書「戸隠の絵本」のなかで、鬼女紅葉について、「この京から落ちのびてきた女性は、村人にとって一種のフェティシズム(呪物崇拝)の対象になっていたようだ」と書いている。
彼女のゆかりの地である、ここ鬼無里や戸隠を訪ねる旅人たちが、一種のミューズの神のごときものとしてこの女性と親しく接することは、鬼女とされてこの世を去らなければならなかったこの「もみじ」という名の女性の心を、少しでも慰めることになりはしないだろうか。

※「戸隠の鬼たち」(2003年8月 国分義司緒 信濃毎日新聞社)の「鬼女紅葉伝説1 P108-109」を引用

紅葉伝説201406 (176)
奥裾花自然園は裾花川の源流を遡るのだが、毎年その可憐な姿を見せてくれる水芭蕉も、今年は林道の土砂崩落で見る事が出来ず、復旧のメドもたっていない。

さて、一週間近くもかけて夜な夜な編集していたが、自分でも訳の分からない記事となり反省しきりである・・(汗)

やはり本業の中世城郭を語るのとは勝手が違う・・・(笑)

次回は「紅葉の岩屋とその攻防戦の舞台を訪ねて」 (ってか、まだ掲載するんかい!!)

果たしていつの記載になるでしょうか・・・


↑内裏屋敷はここです。





スポンサーサイト

Posted on 2014/06/13 Fri. 23:00 [edit]

CM: 6
TB: 0

« 鬼女紅葉伝説②  |  伝説に魅せられし者となるのか(序章) »

コメント

おもろいですねえ。

この伝説、面白いですねえ。
背景を想像するだけでも楽しいです。

小生は桃太郎と同じような山間にいた縄文人の子孫を大和朝廷側の坂上田村麻呂さんが征服した話と平家の落人との話が融合したんじゃないかと思います。

坂上田村麻呂さんの兜の鍬形が保科の清水寺にあり足跡があるし、この地の地名が平家の落人の事実を表しているように思います。

まあ、それはともかく、あの山間のド僻地、魅力的なところですね。
あんな場所はそんなにはないでしょう。
田舎であんなにワクワクする地も少ないです。

あおれんじゃあ #- | URL | 2014/06/13 23:23 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

よく出来た話で「ひょっとすると史実じゃないの?」と思ってしまいます。
さしづめ戸隠・鬼無里の民兵を率いて官軍と戦うジャンヌダルクを連想します(笑)
史跡も良く出来ていて、内裏屋敷跡は裾花川に突き出た河岸段丘を利用しているし、「月の陵」と呼ばれる場所はキチンと削平され軍事施設があったような雰囲気です。

屏風のような戸隠山に守られ平安時代より続く神々の隠れ里。
この場所に魅せられて都会から引っ越して住み込む作家や芸術家も多いと聞きます。
そうコメントを書きつつ、また来週あたり出掛けたいなあーなんて思ってます。
貴女紅葉の呪術にかかったんでしょうか・・(汗)

らんまる #- | URL | 2014/06/14 08:31 * edit *

一気に読んでしまいました。
鬼と聞くと、「中央集権に抵抗する地方の何者か」 と考えてしまうのですが、紅葉伝説は違うんですかねぇ。
戸隠には行ったことがないのですが、地名が美しいですね。
特に 「月夜の陵」
やはりどなたか高貴な人の御陵なのか?と思ってしまいます。
らんまるさま、攻城だけではなく、こういう伝説の背景も書いて下さると嬉しいです。

万見仙千代 #- | URL | 2014/06/14 20:14 * edit *

Re: 万見仙千代様へ

いつもコメントありがとうございます。
鬼女様貴女様のブログは読み逃げしており、心苦しく思うておりまする・・(汗)

信濃では室町時代の大塔合戦(1400年)に象徴されるように、中央集権の支配には抵抗する風土が土壌としてあるので、伝説も作りかえられていったと思われます。
同じような伝説として安曇野に「魏石鬼 八面大王 (ぎしき はちめんだいおう)」があります。
この物語も化け物退治で有名な(?)坂上 田村麻呂に関連していますが、やはり中央政権に対する里人の反乱として描かれ、八面大王は里人の救世主として奮戦するも最後は力尽きて討死するという壮大な物語です。
※大王わさび農場に史跡があるのですが、知らない方が多くて残念です。

信濃の民話や伝説も、結構面白いものが多いので「なんちゃって民話博士」になれるよう時々掲載していきたいと思いますので、ご声援宜しくお願いしますw

らんまる #- | URL | 2014/06/14 21:01 * edit *

こんにちは、らんまるせんせ。
もったいなくてコメントつけれなくて、ずーっと楽しんでましたー。
すごいなあ、木々の密度と大きさが、物凄いです。都から初めて足を踏み入れたら、さぞかし恐ろしいところだっただろうなあー。

戸隠神社に初めて行ったとき、木々に圧倒されて上向いて歩いてずっこけつつも感動した時の思いがよみがえります。一番奥までたどり着いたら、長髪おされ親父様がオカリナをぱへーっと吹いていて…恐怖二割増し。

横レスで申し訳ないのですが、坂上田村麻呂くんも出没してたのですか。どこへも行くんだなあー。東へ行くときに通ったのかしら。わくわくします。
たむーらまろくんは、能楽「田村」で、鈴鹿へ鬼神退治に行きます。京都の清水寺を大同2年に建てたのはたむーらまろくんだと語られる前場と、鬼神退治の後場が面白いです。

ぎしきはちめんだいおう、も、知りたい、な。うふ。

でも今はらんまるせんせ探検隊の紅葉狩話がすごく楽しいです。せんせに触発されて、私は只今迷走中。

PS☆謡で知ったから、ついつい節付きに、たむ↑ーら↓まろ、と呼ぶおバカさんです…f(^_^;

つねまる #- | URL | 2014/06/17 18:48 * edit *

Re: つねまる様へ

某国営方法の「軍師官兵衛」で、有岡城の虐殺現場で能を楽しむ信長の場面があったので、こりゃーまた「つねまるさん」がきっと解説してくれるだろうなあーなんて思いつつ現実となりましたので、期待を裏切らない誠実さに感無量でございます(笑)

さてさて、古事記を読み始めたものの、意味不明です(汗)
「そんなに神様作ったら、系図も何もさっぱりわかりません!!」
素っ裸で踊った神様が戸隠神社に鎮座なさってるとは驚きでした(笑)もう一回踊って欲しいなあー(爆)

坂上田村麻呂と聞くと、最近は「たむけん」がオーバーラップします。
最近の噂では、征伐に出掛けたのはデッチあげで、作り話というのが真相のようです。
でも、妖怪に立ち向かうドラクエ伝説宜しくレベルアップしていく物語は嫌いじゃありませんネ。

紅葉伝説、調べれば調べるほど面白かったですねえ。
貴女、美女、才女、不幸な生い立ち・・・そのキーワードが今も男達の胸を熱くさせる・・おバカです、ハイ。

らんまる #- | URL | 2014/06/18 00:51 * edit *
コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://ranmaru99.blog83.fc2.com/tb.php/612-e8c5d48c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top