らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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鬼女紅葉伝説②  

◆戦国時代における戸隠と鬼無里の受難◆

戸隠や鬼無里(きなさ)が戦国時代の争乱に巻き込まれなければ、鬼女紅葉伝説は謡曲から変化する理由などなかったと思われる。

北信濃(川中島四郡)の覇権を巡る甲越合戦は、単に領土紛争だけでなく隆盛する信仰拠点善光寺と、戸隠山・小菅山の両修験道場を掌中に収める神仏争奪の戦いでもあった。

戸隠奥社201405 (3)

以下、戸隠周辺の動向について整理してみた。

●弘治三年(1557)
・二月 武田軍は第二次甲越合戦の講和を破り葛山城を急襲し落城させる。(越軍は雪で動けず)
     戸隠に恭順を迫るも拒否されたため、武田軍は戸隠へ侵攻。戸隠衆徒は上杉の庇護を求め越後の関山へ走る。
・四月 上杉軍出兵し北信濃の武田の諸城を攻め落とし尼飾城を攻めるが、武田軍は決戦を避け後退。
・六月 戸隠衆徒が関山より帰山
・八月 上野原の戦い

●永禄元年(1558)
・二月 将軍足利義輝の御内書を受け上杉と武田が和睦。
・八月 武田信玄は戸隠衆徒の内応を取り付け「戦勝祈願状」を戸隠中院に奉納する。以後戸隠は武田方となる。

●永禄二年(1559)
・四月 武田軍北信濃へ出兵。上杉軍は戸隠へ報復目的で侵入。衆徒は鬼無里及び小川へ避難。
・九月 飯山城を除く北信濃を武田軍が奪還。衆徒は戸隠に帰山。

戸隠奥社201405 (29)
奥社の手前の石仏。動乱の生き証人であろうか。

●永禄四年(1561)
・九月 世にいう川中島大会戦(第四次合戦)

●永禄七年(1564)
・八月 塩崎の対陣(第五次合戦)
     戸隠衆徒は謙信の侵略を恐れて武田方の武将の大日方氏の領地である小川筏ヶ峰に三院を移す。
     ※以後三十年間避難先の筏ヶ峰(いかだがみね)で信仰生活を送る

筏ヶ峰三院 (23)
小川村の筏ヶ峰に残る「奥の院」(長野県指定史跡)

筏ヶ峰三院 (22)
筏ヶ峰の奥の院からは、杉林が刈り払われて、遠く戸隠の山並みと戸隠神社を臨む事が出来る。

●天正十年(1582)
・三月 武田氏滅亡

●文禄元年(1592)
・十二月 秀吉、朝鮮出兵。
      上杉景勝は春日山城にいた前別当栄秀の弟子賢栄(永禄十年、別当就任)に戦勝を戸隠第権現に祈らせる)

●文禄二年(1593)
・十月 朝鮮より無事帰国した上杉景勝が戸隠山再興を命じる。

●文禄三年(1594)
・九月 三院の竣工。小川村の筏ヶ峰の衆徒も帰山する。

●慶長十六年(1611)
・徳川家康が千石の神領を寄進。

戸隠奥社201405 (38)
戸隠 九頭龍社。その名の通り、九つの頭を持つ龍の伝説がある。


【信仰の灯火を継続させた別当の決断と選択】

表向きは武田に屈した戸隠山とその衆徒という話に見えるが、最後のどんでん返しは賢栄別当の周到な生き残り策であるとされ、武田・上杉のどちらかが滅びても戸隠山は生き残ると云う戦国武将さながらの「究極の選択」だったらしい。
※別当とは寺務を統括する僧職の事。

何故に山間部の隠れ家のような「へき地」の戸隠・鬼無里で争奪戦が繰り広げられたかというと、往時の主要道は山岳地帯がメインであり、紛争も局地的なゲリラ戦による一進一退の攻防であった。
なので、千曲川流域の犀川以北の平野部が軍事道として機能するのは信玄の北信濃支配権が確定してからの事である。

そうは言っても、やせ細った耕作地で僅かばかりの農作物の収穫しかない戸隠・鬼無里の里人にとって、武田・上杉の抗争は迷惑以外の何者でもなく、「非業の鬼の所為」としてさぞかし怨んだ事は想像に難くない。

紅葉伝説201406 (122)
鬼無里の村の風景(松厳寺より)

さて、信玄や謙信を鬼とした戦国時代が終わり徳川幕府の世の中になった慶長十七年(1612)、「戸隠法度」が敷かれ戸隠山は天台宗の寺院組織に改められた。(上野の東叡山寛永寺の系列)
この結果、宗派意外の修験者や神官の住む場所が狭くなり周辺里へ移動し神社を新たに建立したと思われる。

「戸隠の鬼たち」(2003年8月 信濃毎日新聞社)の作者である国分義司氏は、「戸隠山を追われた修験者、神官にとっての鬼は「戸隠法度」に代表される徳川家による新しい秩序そのものだったのかもしれない」としている。

はじき出された才能豊かな修験者たちが、ささやかな抵抗として神社の縁起として「紅葉狩」を利用した・・意外とそうなのかもしれない。

何故紅葉伝説が「鬼女」に仕立てられたのか? 

女人禁制が戸隠山にも広がり、女性修験者が追い出された・・・彼女たちの怨みが鬼となった・・・のかもしれない(汗)

まあ、そんな背景を知って頂き、次回は「鬼女紅葉伝説」の史跡巡りでも・・・・。

紅葉伝説201406 (206)
紅葉とその部下の墓がある松厳寺(鬼無里)




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Posted on 2014/06/16 Mon. 07:42 [edit]

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