らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0819

高崎城 (群馬県高崎市高松町 市指定史跡)  

◆上野国じゃ毎度毎度の雨男に変身だあ!◆

今さら何を?と思うかもしれないが、昨日とうとう慣れ親しんだガラケーを捨ててスマホに乗り換えた。

古き良き昭和世代の最後のガラケー戦士として最期の一兵となっても闘う所存であったが、商売上スマホが使えないと窓際族に追いやられてしまうのである・・・(汗)
 
かといって老人向け(?)の「らくらくスマホ」では、マッキントッシュ時代を知る武士の意地が廃るというもの・・(笑)

5S

幸い、ipodは操作出来るし、仕事ではipadを使いこなしてる?(ってか、使われてる・・・汗)のでiphoneならなんとかなるかもしれない。
(もうすぐ「6」が出るんだからそれまで待てば・・という意見もあったが新製品はとかく欠陥があるので5Sとしたが・・)

「習うより、慣れよ」  その通りであった・・・が、使いこなすというよりは、Siri様にコキ使われている一兵卒であった。

今回ご紹介するのは、「辿り着いたら、いつも雨降り」の上野国の高崎城。近世城郭には興味が無いので適当な解説になるが、ご容赦下さい・・・(笑)

高崎城(群馬県) (8)
三の郭の外土塁と水堀。これが残っただけでも「良し」としなければ・・・。

【立地】

鳥川と碓氷川の合流地点の南東河岸を利用した平城で、箕輪城から約9km南東に位置する。

高崎城(群馬県) (3)
しっかりした高土塁の上は遊歩道になっている。基本「土の城」のコンセプトを踏襲しているのは嬉しい。

【城主】

初代の城主は徳川四天王と呼ばれ、「井伊の赤備え」の元祖である井伊直政(いいなおまさ 1561~1602)で、のちの近江国佐和山藩主(彦根藩)の初代藩主でもある。
家康の命により、武田軍の猛将山県昌景の赤備えを徳川軍で復活させ「井伊の赤備え」として戦場ではその勇猛果敢な戦闘ぶりで名を馳せた。秀吉の信任も厚く、天正十四年十月、家康の上洛の際に豊臣姓を賜る。
天正十八年(1590)、小田原の役では、小田原城内に切り込んだ唯一の武将として名を刻み、北条氏滅亡後の慶長3年(1598)、家康の関東移封とともに上野国箕輪城12万石の城主となった。その後、家康の命により箕輪城を廃城とし、新たに高崎城を築城する。

また、謀略においても家康の懐刀として秀吉亡き後の反石田派の黒田如水(官兵衛)・長政父子を徳川方に引き入れ、関ヶ原合戦では東軍指揮の中心となり島津軍の追撃戦を敢行し島津豊久を討ち取った。(しかし、この時の傷が原因で二年後に死去してしまう)
戦後処理で真田信之の助命嘆願を聞き入れ、身を呈して昌幸・幸村父子を高野山配流としたのも彼である。

この戦功により近江国佐和山18万石(旧石田三成の所領)を家康より拝領し、徳川の譜代大名では最高禄となった。

この人がいなければ、某国営放送局の「軍師 官兵衛」も2年後の大河ドラマの「真田丸」も違うストーリーになっていただろうか・・・(笑)

高崎城(群馬県) (6)
土塁脇に建つ標柱と説明板。

【城歴・城跡】

箕輪城主井伊直政が徳川家康の命により、この地に城を築き箕輪より移転したのは慶長3年(1598)のことであった。築城にあたって直政は、当時和田と呼ばれていたこの地の地名を松ヶ崎と改めようとし、竜広寺の住持白菴に相談した。白菴は、諸木には栄枯があることを説き、「成功高大」の意味から高崎と名づけるよう進言し、これが採用
された。高崎の地名はこうして誕生したと云われる。(川野辺浩「高崎志」)

高崎城(群馬県) (12)
公園側からみた土塁。

この地にはかつて和田氏により和田城が築かれていた。直政により新たに築かれた高崎城は、和田城址を取り込む形で築かれたと云われており、坪数51,613坪に及ぶ広大な城郭となった(土屋老平「更正高崎旧事記」)。築城にあわせ、城下町の整備も開始され箕輪城下から多くの寺院や町が移された。連雀町や田町はこのとき箕輪より移転した町である。また、城下町を囲む形で遠構と呼ばれる土塁と堀も築かれた。

高崎城(群馬県) (13)
三の丸の一部は城址公園として整備されている。外側へ「コの字型」で突き出る折れの部分も残っている。

命じ四年(1871)の廃藩置県後、高崎城の敷地は兵部省、次いで陸軍省の管轄となり、乾櫓をはじめとする多くの建物が払下げとなった。さらに、兵営や練兵場を建設するために城内は整地された。このため本丸や二の丸の土塁や堀は現存しておらず、三の丸の堀と土塁がわずかに昔の面影を止めている。

高崎城(群馬県) (14)
土砂降りの雨の公園もオツなものです・・・(笑)

高崎城(群馬県) (19)
「土塁は立派な文化財です。大事にしましょう」と看板にあったが、その通りである。

しかし、上野国出陣は「辿り着いたらいつも雨降り」というケースが多い・・・・(汗)

岩櫃城なんか二度とも雨の攻城戦・・参った。

信濃ではピーカン男(決してノーテンキ男ではありません・・笑)だったし、三河・遠江・駿河の旅でも良いお天気だったのだが、どうも群馬県とは縁が無いらしい。

高崎城(群馬県) (25)
群馬県指定重要文化財の乾櫓。キレイ過ぎたので復元かと思っちゃいました(笑)

高崎城(群馬県) (31)

この城は本来「土の城」なのに、「なんちゃって石垣」を作る偽装工作には頭が下がる思いです。。。。。。(悲)

無骨ものの井伊直政だからこそ、土の城じゃないとダメなんです。しっかりしてくれ、高崎市!!


≪高崎城≫ (たかさきじょう)

標高:93.0m 比高:- 
築城年代:慶長三年(1598)
築城・居住者:井伊氏、その他
場所:群馬県高崎市高松町
攻城日:2014年8月16日 
お勧め度:★★☆☆☆ 
城跡までの所要時間:0分 駐車場:有り(市営有料駐車場)
見どころ:石垣、高土塁、堀、櫓
注意事項:特に無し
参考文献:城跡の説明看板、他
付近の城址:色々

高崎城(群馬県) (38)
乾櫓は土塁の櫓台の上に建てられてたのに、この組み合わせが常識になるのは時間の問題でしょう・・(汗)

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Posted on 2014/08/19 Tue. 07:55 [edit]

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コメント

和田城櫓台は・・・?

お邪魔します、以前 烏川沿いに和田城櫓台の遺構が良好に残っていたのですが・・・近年付近を通ったら様相が一変し櫓台の跡形も見当たらず・・・消滅したのでしょうか? 確かここも市指定の史跡だったと記憶しているのですが?

自分も次期遠征のターゲットに飛騨を考えていますが、来春にするか・・・数年前晩秋に訪れた際は あっという間に日没で松倉城と鍋山城しか踏査できませんでした、次回は丸三日使える日程で厳選12,3城をと考えていますが・・・かなり難儀そうなのがありますね。
それでは失礼いたします。

Butch #- | URL | 2014/08/19 10:54 * edit *

残っているだけましかな

お疲れ様です。
自分も先日、スマホにかえました。
使い方がさっぱり分かりません(汗)
高崎城は昔よく行きましたが、街中であれだけ残っていればいいほうなのでしょうね
それに引き換え前身の和田城櫓台は国道拡張で呆気なく破壊されましたが、重要性に違いはないと思うのですが、、所詮は知名度でしょうか。

ていぴす #- | URL | 2014/08/19 16:33 * edit *

Re: Butch様へ

信玄に与して箕輪城攻めを助けた和田さん、謙信方の厩橋城との対峙において武功を立てたらしいですね。そんな事も調べずにウロウロしてるなんてお恥ずかしい限り・・(汗)
和田城の櫓台跡は、発掘調査の結果、違う遺構と判定されて市指定史跡を取り消された挙句の果てに国道工事で容赦なく壊滅させられたようです。高崎市の仕打ちは酷いものです。

そうですか、飛騨は山の中なので日没との戦いがキツそうですネ。
城主がクーさんってのは勘弁だなあー(笑)

らんまる #- | URL | 2014/08/19 20:23 * edit *

Re: ていぴす殿へ

じゃあ、次はPCを買い替えましょうネ(笑)
スマホもナビアプリが充実してきたので、ぼちぼち国土地理院の地図を元にした登山ナビが登場しそうです。
それがあれば、山城の位置を間違えて隣の山に登る悲劇が激減出来そうです。

和田城の櫓台公園ですが、あそこにあった遺構は発掘調査したら別物だったようで、市指定史跡を取り消されあっという間に消えて無くなりました。高崎市の扱いも乱暴ですよね・・(汗)
まあ、石垣の無かった城に偽装した石垣を組みあげて「近世城郭」として遺構を作りかえるなんぞ何とも思わないのでしょう。
きっと井伊直政さんはあの世で「げきおこぷんぷんまる!」状態でしょうネ・・・(爆)

らんまる #- | URL | 2014/08/19 20:33 * edit *

水溜まり…

こんばんは、らんまるせんせ。ほんとにどしゃ降ってますねぇ。
万千代追っかけて井伊谷も、龍澤寺も、鳳来寺も走りまくり、年に何度も彦根に行くし、家老の木俣文書展も爆笑しながら見たけど、ここだけ行ってないんです。群馬遠い。温泉は行ったです。

やっつけ仕事とか言いながら、わくわくさせて下さって、さすがらんまるせんせ。
そうかぁ、高崎城、私には楽しいなぁ。案内の縦看板の「土居」見て、土塁のこと?とか、下水の共同溝の入口みたいな門みたいなもの、なんですか?とか、あたふたしてます。面白いなぁ。

私はまだまだガラケーです!機種変更したしぃー。と、のんきにしてたら会社からiの何かを持たされました。

つねまる #- | URL | 2014/08/19 22:06 * edit *

Re: つねまる様へ

せっかくの盆休みだし、どっか行きたいし・・と思って「そうだ、安中市にある後閑城へ行こう!」
思い付きでアドリブの人生ですもの・・(笑)

ここらへんの土の城で一番有名なのは「箕輪城」(みのわじょう)なのですが、一度も行った事が無い。でも夏草茫々のこの時期には行きたくない。後閑城は史跡公園で夏でも無駄毛はジョリジョリしてるんで大丈夫。
そのついでの前橋城(厩橋城 うまやはしじょう)、高崎城でございます。両方とも土砂降り。酷いなあー(笑)

そうでしたか、井伊さんフリークですか。直政さん「しちじつごうけん!」とか似合いそうです。武骨者って感じでトンボ殺しの本多忠勝さんと双璧ですね。
そう言えば親分役のルビーの寺尾さん、「シャドー・シティ」「ルビーの指輪」をレコード化したときに「あんなお経みたいな歌売れる訳ないだろう」って止められたそうです。今思えばラップの先駆者みたいなもんですか。既成の家康のイメージを打破する役作りは面白いので目が離せません。

スマホのLINEは画期的ですよ。アプリダウンロードしたら教えて下さいネ。

らんまる #- | URL | 2014/08/19 22:32 * edit *

ありがとうございました。

和田城櫓台は そういった 経緯がありましたか、とてもスッキリしました!(苦笑)
ありがとうございました。

Butch #- | URL | 2014/08/20 12:30 * edit *

Re: Butch様へ

身勝手な行政とはそういうものなんでしょうネ。
その場所から和田城時代の堀址と武田軍が補給した鉄砲玉が発見されたなら、名を変えて残せば良いものをバッサリ切り捨てるとは・・(汗)
高崎城天守閣復元プロジェクトも挫折しているようですが、どうせなら安中城を復元して欲しいものです(笑)

らんまる #- | URL | 2014/08/20 20:45 * edit *

【祝】スマホ

らんまるさま、こんばんは。

ついにスマホに代えられましたか!
わたしもスマホ新参者ですが、こいつは便利ですねーー。

城めぐりも捗ると思います。

あと、ツイッターで、城サイトの重鎮(UMOさま等)や、戦国史研究者(平山優さん、桐野作人 さん)が、ガンガンツイートしているので、日々、楽しく拝見しています!

スマホいいですね(^^*

城と古戦場 #- | URL | 2014/08/20 21:24 * edit *

がらけえ

ほお、ついにスマホですか。
俺なぞ、自慢じゃないけど、いまだガラケーさえ持っていません。
会社から連絡用のは渡されてますが、あくまで供与品。
そんな生きた化石のアナログ人間です。

この高崎城、行ったのはずいぶん前だったけど、まあ、何て言っていいのか?
よく壊しましたねえ。ちょっとは残っていますけど・・・。
和田城の痕跡を探しまわりましたが、疲れただけで見つからず。
印象に残らん城でした。勿体ない。

あおれんじゃあ #- | URL | 2014/08/20 21:27 * edit *

Re: マサハレ様へ

食わず嫌いで避けてましたが、イザ使ってみると凄い!
あとは高度計と国土地理院の地図が入るアプリが開発されれば云う事無しでございます。
バッテリーの消費がもう少し改善されれば文句無しでしょうか。

中世城郭研究会と豊織系城郭のバトルが最近凄いようですね。外野から見るとこの仁義なき争いは、冷静な学者さんや専門家の論争なのに感情的になってるのが笑えます。「もう一回現場をキチンと見て文献史料との整合性や時代考証を再考してみたら?」なんて余計なお世話を考えてしまいます(笑)
「丸馬出し」を巡る三・遠・駿における武田VS徳川の築改城論争は、終息する気配などありませぬ・・(汗)

らんまる #- | URL | 2014/08/20 21:42 * edit *

中世城郭研究会と豊織系城郭のバトル

らんまるさま、返信ありがとうございます。

中世城郭研究会と豊織系城郭のバトルなんてやっているのですか!
知りませんでした。
もし、参考になるサイトでもあったら教えてください。

”「丸馬出し」を巡る三・遠・駿における武田VS徳川の築改城論争”ってのも、何だか難しそうですね・・・。

そもそも「丸馬出し」っていう防御設備が、甲斐武田氏の専売特許だったのかは疑問もありますし、その辺りの土豪が、「それいいな、うちでも丸く掘ってみよう」なんてノリだったんじゃないかとも思ったりしています・・・。

ともかく、先哲たちの論争には興味深深です(^^

マサハレ #- | URL | 2014/08/20 21:54 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

ネットやスマホ、携帯電話から一週間離れて暮らしたらどうなるのでしょうか?
さらにTVや新聞すら見れない生活が一ヶ月続いたら、現代人はどうなるのでしょうか?
残念ながら小生も依存症から脱却して生きていく自信などありません・・・(汗)

でも、考えてみたら、師匠も小生もガキの頃はネットも携帯も無くて辛うじて固定電話があるだけマシ(?)って世界なので、固定電話も権利金10万円ぐらいしてたんで「固定電話=中流階級の証」でしたでしょうか(笑)

いつも思うのですが、碓氷峠を越えればそこから広がる台地は別世界です。
関東ローム層(古いなあー)に存在する城は別次元の城のように思えてなりません・・(笑)
山を見ないと安心出来ない田舎のネズミでございます・・(爆)

らんまる #- | URL | 2014/08/20 21:58 * edit *

Re: マサハレ様へ

最近お知り合いになった方のブログ記事やHPが凄いんです。
小生のような初心者にも分かり易く解説してますので、楽しく読めます。(最近小生もリンクさせていただきました)

http://blogs.yahoo.co.jp/chip3vanilla

色んな分野から考察する「戦国の城」・・・もうしばらく止められませんなあー(笑)

らんまる #- | URL | 2014/08/20 22:06 * edit *
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