らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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尾野山城2 (リテイク 上田市生田)  

◆五カ年計画で地元の整備が進む真田ブランドの山城◆

大河ドラマの誘致が決まると、一時的に関連する城跡が自治体や地元の方に見直され整備される。

挙句の果てに「旗差し物」が林立する有り様となる。

ブームが去ると朽ち果てた旗がゴミとなり、城跡は大抵の場合は元の藪に覆われる。

信州が関わった最近の大河ドラマでは「武田信玄」(1988)、「風林火山」(2007)、「天地人」(2009)

尾野山城② (1)
信州国際音楽村(上田市生田)からみた尾野山城全景。

そして2016年に放映決定となった「真田丸」。

上田市行政と上田市民の悲願達成のように扱う記事が多いが、実はかなりブレまくった。

時にヤケクソとなり北陸四県との「木曽義仲」に乗っかったり、架空の人物である「真田十勇士」で観光誘致してみたり、方向が定まらなかったのだ。

で、ようやく決まった「真田幸村物語」(笑)。

早速「赤地に六連銭の旗差し物」が上田市内に溢れんばかりに林立している・・全く進歩してない方々・・・(苦笑)

今回ご案内するのは、真田ブランドとして認知されている尾野山城。整備が進められているので再踏査してみた。

尾野山城② (5)
炭焼き小屋の駐車場から尾根を上がると配水池。ここも郭の跡だろう。

【立地】

大門峠の街道が走る依田窪を流れる依田川が千曲川と合流する手前の西側の山塊の尾根先。ここからは、遠く浅間山の山麓から海野平、依田川流域を始め上田盆地、真田の庄が一望出来る。

尾野山城② (8)
配水池を過ぎ鳥居のある辺りから勾配がキツくなり城域に入る。

【城主・城歴】

海野氏の幕下の尾山氏の居城と伝わり、北側の麓の春日神社付近が居館跡だという。
天文十年五月、武田信虎・諏訪頼重・村上義清の連合軍が海野氏の領土に侵攻。海野平を一望出来る尾野山城を確保すべくこれを攻め落城させた。その後、神川付近で合戦となり、海野氏は連合軍に敗れ海野棟綱の嫡子の幸義が討死。棟綱と真田幸綱(幸隆)は上野国へ逃し海野宗家は滅亡。
のちの武田による信濃侵略に伴い尾山氏は武田信玄に降り、武田滅亡後の天正十三年(1585)八月に徳川対真田の上田合戦が勃発すると、上田城攻めに敗退した徳川軍をけん制するために尾野山城へ真田昌幸が三千の兵を率いて入城。徳川と対峙した。

尾野山城見取図①
主郭手前の堀切㋑と堀切㋒えお横堀で連結させ南斜面に対して厳しい防御を施している。

【城跡】

五年前に訪城した時は、雑木林や藪が酷く遺構もキチンと確認出来ずに「何が何だかワケワカゾー」状態だったが、今回はスッキリしていて「別の城か?」と思うほどに整備が進んでいた。

では、ここからは写真のオンパレード。

尾野山城② (14)
堀切㋐と背後から見た愛宕神社。

尾野山城② (17)
100mほどの長さがある尾根。南斜面にも二段武者走りのように設営している。

尾野山城② (18)
尾根を大きく遮断する堀切㋑は緩い南斜面に向けて土手で遮蔽。主郭方面への移動を阻止している。

尾野山城② (19)
堀切㋑(南側)箱掘に近い仕様で、砥石城本城背後の堀切と良く似た造りである。

尾野山城② (21)
北側は傾斜が急なので竪掘としては短く終わっているようだ。

尾野山城② (25)
堀底の土橋は後世のものであろう。こんなもの付けたら土塁効果が無くなる。

●帯郭(段郭)2段と横堀の三段構えで南斜面からの侵入に備える

この辺の構造は武田時代か真田時代の改修であろう。㋑と㋒の大堀切二条の間に段郭を置きその下に横堀を入れる年の入れようで、㋑も㋒も長さ100mの長大な竪掘となっている。しかも南斜面は鉄壁の防御である。

尾野山城② (72)
堀切㋐と㋑を連結している横堀と帯郭

尾野山城② (82)
西側から見た横堀。かなり埋まっている。

尾野山城② (66)
尾根側の帯郭。

尾野山城② (63)
こんなに伐木しちゃって大丈夫かしら・・・(汗)

尾野山城② (73)
横堀との連結部分から見上げた堀切㋒。

尾野山城② (79)
堀切㋒の南斜面の処理。複雑かつ技巧的。

尾野山城② (78)
100m近く竪掘りとして捻じ曲げている。飽きないゾ!(笑)

●主郭と背後の二重堀切

この辺の処理は実にオーソドックスな手法で、村上時代のものであろう。
こんなに立派な二重堀切があったんだと感動するほどの景観に生まれ変わっている。

尾野山城② (29)
主郭の東側の切岸。

尾野山城② (35)
主郭。さっぱりし過ぎのような・・・。

尾野山城② (30)
往時のロケーションが堪能出来る景色が凄い!

尾野山城② (33)
徳川軍が陣を置いた陣場砦(カナツボの城)が見える。

尾野山城② (34)
ここを押えれば滋野一族軍(海野・祢津・矢沢)の動きが目に見える。

尾野山城② (7)
真田方面との連携も可能だ。

尾野山城② (37)
主郭背後の二重堀切。こんなに切り払って大丈夫かしら??

尾野山城② (54)
堀切㋓。これぞ信州の山城って感じ(笑)

尾野山城② (50)
堀切㋔。堀底を二重にする手法は信濃の山城い多い。

さて、如何でしたでしょうか?

感動して端から端まで見て写真撮りまくってたら、尾野山城整備保存会の責任者の上野様が登城されたおで、お話を伺う事が出来ました。

●山城の研究者の方に指導を受けながら、昨年より五年計画で尾野山城を整備している
●昨年は雑木林を伐採した。本年度も継続し遊歩道の設置を行う。
●あまり樹木を伐採すると夏場の雑草が心配なのでこの辺で止めようと思っている(ってか、刈り過ぎでしょう・・汗)
●昨年の秋に書籍を出版されたいる著者の方がお見えになったが、名前が想い出せない・・・(実は平山優先生でした・・)
●赤畑の居館跡から登れるようにしたかったが、道が不明で断念。畑を荒らす訳にもいかない。

小生も宣伝ぐらいしか出来ないが、情報発信する事をお約束させていただきました。

「Produced by Sanada」

この威力は凄い!! 尾野山城は間違いなく真田一族が手を入れた山城である。
が、果たして「真田丸」に登場するかは不明だ・・・・・。

尾野山城② (61)
夏場の手入れが大変になりそうな現状である・・(汗)


≪尾野山城≫ (おのやまじょう)

標高:733.7m 比高85m (居館跡より)
築城年代:不明
築城・居住者:尾山氏、真田氏
場所:上田市生田
攻城日:2015年2月1日
お勧め度:★★★★★ (満点) 平山優先生も推薦してました!
城跡までの所要時間:10分
駐車場:軽自動車なら配水池手前の炭焼き小屋の駐車場まで入れる。駐車スペース有り。集落内の道路は狭い。
見どころ:手軽に登れて戦国末期の実戦仕様の城が体感出来る。
参考文献:「信濃の山城と館③上田小県編」(2013年 宮坂武男著 戎光祥出版) 
注意事項:切株には注意。

尾野山城② (92)
くれぐれも禿山にはしないで下さい(笑) 森や林になったお陰で土塁や堀が保護されてきたという事実もあるんです。











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Posted on 2015/02/07 Sat. 16:11 [edit]

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コメント

すんばらすい

ここは地図にマーキングしているけど未到です。
いや、想像以上にメリハリがあって素晴らしい。特に堀切が!
地元の整備の賜物でもあるんでしょう。
多分、大河では無視されるでしょうねえ。
異常なる真田ワールド、上田、さてこれから異常が狂気になるか!
大河が終わっても真田人気は持続するでしょう。

あおれんじゃあ #- | URL | 2015/02/07 21:51 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

「何度も訪れて初めて気づく事がある・・・」

幸村さんの人生の半分以上は九度山と大坂城なので、上田市が期待するほどの成果は望んではいけませぬ。
されど、こういう現象を機会に地元の名も無き山城がスポットを当てられるのは、まんざらでもありません。

某国営放送局の宣伝が無ければ、訪問者数も期待出来ない観光地など「既に死んでいる・・・」(笑)

らんまる #- | URL | 2015/02/07 22:17 * edit *

刈り払われましたね~

らんまる様

 お邪魔させて頂きます。
 数年前は、私が訪問した際は、藪で判りにくい部分が多かったのですが、きれいになりましたね! 土の城が大切に扱われるのを拝見すると、嬉しくなります。
 私が昨日訪問した千葉の須賀山城も、長年藪に沈んでいたものが、昨年、地元の方により整備され、大変、写真映えする状態になっていました。
 こういう事例が少しずつ広がっていくと嬉しいですね。では・・・

武蔵の五遁 #- | URL | 2015/02/08 08:32 * edit *

Re: 武蔵の五遁様へ

なんだかんだ言っても最終的には地元の方がその気にならないと城の整備は無理でしょうね。
上田市には鳥屋城保存会や砥石米山城保存会などの先駆者団体があるので連携と広がりが期待できそうです。
ただ、あまり過激に雑木林を取っ払ってしまうと天候により地形が変化してしまう危険があるので注意して欲しいと思ってますが・・・(汗)

らんまる #- | URL | 2015/02/08 09:58 * edit *

地元の熱意に期待

お疲れ様です。
真田丸。。。。。。余り信州に関係はないですが、こういう便乗商法てきな感じの地元の活動に意外に恩恵を受けている。。。。。。趣味なんですよね。
一時的な熱意で間伐や整備を行い、次期が過ぎると熱意が冷めたり関係者が高齢化で整備が出来なくなり。。。。。。。元に戻るならいいですが、無計画な間伐により以前より酷い籔になっている所も多いですよね
一時的なものではなく地元の財産として末永い活動に成る事を願っています。
でも、今年中にいこっと。

ていぴす #- | URL | 2015/02/09 21:26 * edit *

Re: ていぴす様へ

丸子周辺は「木曽義仲挙兵の地」として最近まで上田市主体で史跡整備が行われてましたが、真田丸のドラマ化が決定したとたんに真田一色に切り替え(笑)

仰せの通り、しっかり自治体が次世代まで含めて管理していかないと打ち上げ花火で終わってしまい、「そんな事ならやらなきゃ良かったのに・・」と言われないようにしないといけません。
真田三代にしても木曽義仲にしても中世史跡の整備と維持は他の自治体に比べると異常にレベルの低い上田市。
保存会頼みではなく、自治体主導で計画性を持って対応して欲しいものです。

らんまる #- | URL | 2015/02/10 07:55 * edit *

真田ブランド

ご無沙汰しております。
以前訪城した時は藪だらけで良く分からず、ロケーションを確認しただけでした。後に宮坂図で確認し、信州らしい城だと思ったしだいです。
藪が刈払われたようで再訪してみたいです。
整備の仕方も難しいですよね。行政に任せた場合、しかるべき知見のある人が居ないと、予算が付きやすい公園整備なんかになってしまいかねません。

大河ドラマは、へたな公共事業より経済効果は大です。終わったあとが心配ですが、真田ブランド人気は江戸時代からで、老舗ですから。

のら #- | URL | 2015/02/10 19:33 * edit *

Re: のら様へ

五遁様の記事での被写体となっているお姿を見るたびに、「お元気そうだなあー」なんて思ってます(笑)

この城が「海野氏の家臣であった尾山氏の城」という城歴だったら忘却の彼方で見向きもされなかったでしょうが、真田昌幸が徳川相手に・・・・という注釈が付けばその価値は百倍以上になるでしょうネ。地元もようやくその価値が何たるかを知ったようです(爆)

整備保存会の代表の方のお話では、専門の先生のアドバイスを受けて作業をしているとの事でしたので心配無いとは思いますが、現場を見る限り、雑木林の伐採は度が過ぎていて心配になった次第です・・・(汗)
大河ドラマ終了と共に原野に帰る事の無いように願いたいものです。

らんまる #- | URL | 2015/02/11 20:46 * edit *
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