らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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ケムリノ城(上田市)  

◆烽火台という名の要塞◆

「ケムリノ城」という名前は、アイヌのチャシに似た響きがあります。
小県郡誌にも名はありませんが、地元の伝承の城跡には間違いは無いようです。

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物見城から尾根を詰めるとNO26の鉄塔が現れます。鉄塔の先は和合城から高ツヤ城へ向かう登山道に交差。

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NO25の鉄塔付近がケムリノ城ということは事前の調査で分かっていました。
夏場の攻城は無理だというのが、先駆者の意見だったので、恐る恐る鉄塔の保安道を進みます。

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小ぶりながらも、しっかり遮断してある堀切を見てひと安心。何でだろう?(笑)

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烽火台と思わしき本郭は石積みで補強されています。

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岩場をくり抜いた堀切がこの辺の城跡共通の特徴です。

鉄塔建設である程度変形してしまったようですが、石積みはしっかり残っています。

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↑鉄塔の北斜面の奥には二の郭を厳重に囲む見事な石積みが見られる

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↑岩鼻と呼ばれる急峻な根小屋に立地する和合城。ここから20分程度の距離。

せっかくなので三の郭跡と思われる鉄塔をちょっと登って上田盆地を撮影する。

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尾根の稜線沿いに郭を連続させたような跡が続くが、どこまでが城域だったのかは不明。
拡張している途中で放棄されたのかもしれない。

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↑稜線を南に下がりながら続く人工的に加工された跡

城の名からは烽火台を想像するが、この場所は時々逆さ霧で覆われる事から「ケムリノ城」と呼ばれたのかもしれない。物見城と同様に砦だったと思われるが、厳重な防禦施設には驚く。

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≪ケムリノ城≫ 
標高:795m 比高375m
場所:上田市下塩尻
攻城日:2010年9月26日
お勧め度:★★★☆☆
時間:NO26の鉄塔からNO25の鉄塔を目指して約10分程度
見どころ;土塁、堀切、見事な石積み、鉄塔からの景色




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Posted on 2010/10/02 Sat. 10:50 [edit]

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