らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0427

火燃山狼煙台 (木曾町福島関山)  

◆木曾谷の情報を集約した重要な狼煙台◆

宮坂武男氏が調査したのが平成13年4月と記載してある。今から14年前の当時は笹藪が無かったのだろうか?

それとも藪すら見通せる「スケスケビーム」の眼力をお持ちなのだろうか??・・(汗)

「ヤブの城」=「火攻め」という短絡思考しか持ち合わせない小生には危険な遺構であろう・・・(笑)

火燃山狼煙台 (1)
木曾蒼峰高校グランド(上之段城跡)の隣にある関山公園から尾根伝いに遊歩道がある(途中で不明瞭になるが・・)

※木曾養護学校の北側の伊谷の一の沢を詰める登城ルートは藪が酷くお勧め出来ない。


【立地】

木曾川左岸、福島町の東で、関山の東嶺973.3m火燃山(ひともしやま)の頂きに狼煙台がある。この山は根井山ともよばれるようで、木曾川と八沢川の間にある山の一角で、ここからは、木曾谷の谷内はもちろんのこと、黒川の谷や熊沢の谷を見通す事が出来る。西北西1.5kmには木曾氏の福島城が指呼の間にあり、西南西1kmには上之段城、その先には小丸山城があり、北方1.7kmの所には相図峯の狼煙台が見え、更に遠く南西8km弱の台ヶ峰も見通す事ができる。

火燃山狼煙台 (4)
高校のグランド横からも遊歩道が登っているが公園からも合流出来る。

火燃山狼煙台 (10)
10分程上ると「防空監視哨」の記念碑がた建つ場所に出る。戦時中の敵戦闘機の見張りが置かれていたようだ。

更に尾根上を10分ほどゆっくる登っていく。途中で猿軍団に遭遇し緊張が走るが撤退してくれたのでホッとする(笑)

雑木林も葉が落ちているし見通しも悪く無いので、遺構もキチンと見れるだろうと期待していたのだが・・・・

火燃山狼煙台見取図①

【狼煙台跡】

根井山の972mのピークに土塁で囲まれた主郭を置き、その前後に堀切で区画された郭を繋げた単純なものであるが、山吹山烽火台と共に重要視されたらしく作りはしっかりしている。
がしかし、この遺構のあるピークだけが身の丈もある笹藪に覆われてしまい、詳細の観察が出来ない・・(汗)

火燃山狼煙台 (13)
最初に現れる尾根の南の堀切。かなり埋没している。

信州の山城は大抵ブナやナラなどの広葉樹系の林なので、冬は落葉し非常に見易いのだが、どうしたことか笹藪や竹林、椿などの常緑樹に覆われてしまった城跡もあり難儀する。特に笹藪は表面観察すら不可能にしてしまうので脅威だ。

火燃山狼煙台 (15)
西側尾根を遮断する土手付きの堀切。何がなんだか・・・(汗)

火燃山狼煙台 (16)
北側の斜面から見た土手付きの堀切。堀底に残雪が残るので窪みが辛うじて分かる程度。

火燃山狼煙台 (17)
主郭に連結している削平地。ここだけが笹藪の猛威を回避していた。

もはや写真では何が何だかの主郭。何が飛び出してくるか分からない笹藪と格闘しながら、土塁の全周を辛うじて確認する。虎口もあるので、狼煙台といえども上位クラスの普請である。

火燃山狼煙台 (19)
以前に笹藪で蛇を踏んでしまい、恐怖のあまり全力でダッシュした苦い記憶が甦る・・・・(汗)

火燃山狼煙台 (22)
写真を撮影してもご覧の有り様。

火燃山狼煙台 (29)
ピカソも真っ青の落書き・・(笑)

こんな場所でも、景色が良ければ救われたのだか、全くもって見晴らしも悪いので特に言う事は無い・・・

火燃山狼煙台 (33)
場所が違っているかと思って確認しても、スマホは微動だにせず・・・・(笑)

火燃山狼煙台 (37)
こんな感じで攻め上がりましたが、ショック隠せず・・・・(汗)

甲斐の躑躅ヶ崎の館から、御親類衆の木曾義昌に対しての指令がここに来ていたと思うと、今さらながらその通信速度と正確さには驚愕せざるを得ない。無論、早馬や飛脚などの手段も併用されていたと思うが、美濃と国境を隣接する木曾は信玄にとっても武田領国の生命線となるべく重要視されていたに違いない。

火燃山狼煙台 (41)
関山公園から見た福島城。武田統治時代は麓の上之段城に情報を伝えていたものと思われる。

≪火燈山狼煙台≫ (ひともしやまのろしだい 根井山)

標高:972m 比高:200m (木曾川より)
築城年代:不明
築城・居住者:木曾氏
場所:木曾町福島関山
攻城日:2015年3月28日
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:30分
駐車場:関山公園の駐車場
見どころ:堀切、土塁など
参考文献:「信濃の山城と館⑦ 安曇・木曽編」(2014年 宮坂武男著 戎光祥出版) 
注意事項:降雪時は止めましょう(笑)
付近の城跡:上之段城、小丸城、木曾氏居館(山村代官屋敷)、福島城など
その他:木曾氏の経歴についてはぼちぼち調べてますが、進みません(笑)

木曽氏居館 (19)
木曾氏居館跡(木曾福島小学校)から見た火燃山狼煙台。









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Posted on 2015/04/27 Mon. 22:01 [edit]

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コメント

らんまるさまへ

非常に厳しい史跡ですね。
城フェチといえども敬遠したくなる写真が多かったです(^^;
でもこういう場所がデータ化される価値は、後世の人々の財産ですね(^^;
今後ともよろしくお願い致します!

まさはれ #iXQNhkLY | URL | 2015/04/27 23:57 * edit *

Re: まさはれ様へ

500年前はキレイに整備されていたんだろうなあーという妄想だけでした・・(笑)
「藪と戦う中年男」って周りから見たら見たら怪しいだろうなあー。
山吹山の烽火台が結構まともだったので、そのイメージが強すぎたのかもしれません。
めげずに頑張りたいと思いますw

らんまる #- | URL | 2015/04/28 06:07 * edit *

知りませんでした・・・

らんまる様 お邪魔させて頂きます。
 上之段城を訪問した際、背後からの尾根に何かあるのでは?と
少々登りました。
 この狼煙台のことを知っていたら、もっと登ったのにと、記事を拝
見して、悔しい想いをしております。
 やはり下調べは大切ですね。
 佐久オフのレポートを楽しみにさせて頂きます。

武蔵の五遁 #- | URL | 2015/04/28 20:19 * edit *

狼煙

こんばんは、らんまるせんせ。
せんせの補助線をもってしても難解な遺構。でも、面白いです。狼煙台は捕鯨の土地でしか見たことがなくて。
当時は笹の藪も木々もなく丸裸だったんですよね?(←衝撃的だったので覚えました♪)それなら狼煙を上げても山火事になることもなく、受信側も見えたのでしょうね。
ひとつひとつが楽しくて勉強になります。信州は広葉樹。今日、覚えました。

つねまる #pjmS0te2 | URL | 2015/04/28 23:36 * edit *

Re: 武蔵の五遁様へ

今年はツイッターを始めたお陰で更に人脈が広がりました。ウモさんやちえぞーさん、そして五郎さん。更に小諸オフ会では儀一さんやUさん、黒備え様やダイさん。皆さん熱い人ばかりで励みになりました。
ここぞとばかりに人見知りする「ていぴす殿」を連れまわしておりますが、信濃先方衆としては売名行為は必須かと思い・・・(笑)

この趣味は危険と隣り合わせなのですが、功名を焦ってはなりません。
火燃山狼煙台の途中で猿軍団の迎撃に遭遇した小生は退却するかの判断を強いられましたが、猿集団の動員数が把握出来ないので、いつでも撤収出来るように間隔を明けておりました。
まあ、まだまだ先は長いので「ゆるり」と参りましょう(笑)

らんまる #- | URL | 2015/04/28 23:53 * edit *

Re: つねまる様へ

昨晩は毎度の事ながら飲み過ぎでPCを前に椅子で爆眠・・(汗)
貴殿のコメントすら忘れてしまう体たらく・・・申し訳ありませんでした。

武家が台頭し始めた中世からの情報伝達手段って興味深いものがあります。特に戦国時代において版図を拡大した戦国大名は実際にどのような手段で隣国の状況や中央の情報を入手していたか?
「情報戦を制したものが天下統一を為す」
んーん、そう言われてもネ・・・(笑)
烽火台の守人は狼煙伝達手段の守秘義務を守り通して代々口外無用だったような気がします。
狼のウ●コを混ぜ合わせたイリュージョン・・・見てみたいなあー(笑)

らんまる #- | URL | 2015/04/29 17:19 * edit *

狼煙台番はたいへんだあ

山が荒れている感じですが、やっぱり過疎化の進行でしょうか。
笹薮、あれは最悪ですな。
広葉樹の林は冬場は綺麗ですが、年中、葉がある笹薮じゃ、堀の深さもちっとも分からず、最悪ですなあ。
写真を撮るとがっかりしちゃいますねえ。肉眼では遺構は見えているんですがねえ。

狼煙台って、どこにもありますが、常時番はいたのですかね。狼煙台の数も多いし、1ルート当たりの総必要人数ってかなりの数でしょうねえ。冬場もちゃんと番してたのかなあ?あんな山の中で。

あおれんじゃあ #- | URL | 2015/04/30 20:06 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

遊歩道のついている防空監視哨までの道も結構荒れてますし、関山公園自体も利用する人もいないようでした。
関所跡と宿場町目当ての観光客は結構多いのですが、それ以外の史跡は見向きもされません・・(汗)

笹藪は絨毯のように敷き詰められると強烈で何が何だか分からない状態にしてしまうので、ガックリきます(笑)
猿軍団を退けて見に来たのになんだよー(爆)

狼煙台の仕組みは謎が多いですよね、天気の良い日の日中は煙幕で夜は篝火とか。天候の悪い日は鉦とか銅鑼を叩いて繋いだんでしょうか。田舎集落では「半鐘」をおおく見るので狼煙台の伝達方法の一つが残ったようにも思えます。雪の日は敵も攻めて来れないのでお休みとか・・・(笑)

らんまる #- | URL | 2015/05/01 07:19 * edit *
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